夢一夜: 文章教室

こんな夢を見た。

有名な小説家が文章教室を開いたというので入門することにした。
当世には珍しい畳敷きの日本家屋で、古めかしい文机が数列並べられていた。ひとつの机に2人ずつ、計7-8人が背筋を伸ばし、きちんと正座をしてまんじりともせずにいた。いつもだらし無い立ち居振る舞いしかできない僕も、さすがに緊張してしゃんとしていた。左手の障子は大きく開け放たれていて、松葉が目に青かった。




反対側の襖がすぅと開き、門下生一人ひとりを睨みつけるような眼光で、小説家が姿を表した。

庭の松があれほど鮮やかなのと対照的に、小説家の姿はどこか闇のようであった。ダークグレーの背広に黒い古風なネクタイを締めていた。顔色は病的かと思われるほど白いのに、七三にきっちりと分けた頭髪は漆黒のようだった。門下生から視線を逸らすと、彼の目は急に輝きを失ったようで、どこかぼんやりとして見えた。中央まで進み、黒板を背にして再び門下生に視線を向けた。豊かな口髭ばかりが、どういうわけか目立った。

これがあの有名な小説家か。古い人だけあって、モノクロ写真そのままの人なのだなぁと、少しぼんやりしながら彼の左腕に巻かれた布ばかり見ていた。

「諸君。」

僕はビクッとして、背筋をもう一回り上に伸ばした。

「本日、諸君らの文章訓練は以下の2つの規則に沿わねばならぬ。」

小説を書く心構え、もしくは概説などから講義が始めるのかと思いきや、かなり実践的なカリキュラムのようだ。

「ひとつ。昨夜諸君が見た夢を課題として執筆せよ。我らが見る夢というものは、曖昧模糊としていて、不合理、不条理なものである。そのような掴みどころの無い対象を的確に整理し、理路整然とした文筆に仕立てること。これ、すなわち文売業者たる第一歩なり。」

半分ほどの人間がゆっくりと、小説家に向かって頷いた。もう半分は、不安げに目を白黒させた。

「ふたつ。諸君らの中には、昨夜夢を見なかった、もしくは見た夢を覚えていないと訴えるものもあろう。だがしかし。文筆家たる者、たとえそれが空想の産物であったとして、いや空想であればこそ、それを悟られてはならぬ。つまりは、夢を見なかった者も、あたかも自分が見た夢を紙面にそのまま写実するかのように、今さっきその夢を見たばかりだという風を装ってマス目を埋めることができねばならぬ。」

さっきまで目を白黒させていた連中は、心に何かを得たように、力強く頷いた。

「では、書いてみ給え。」

僕の周りの者どもは、飛びかかるように机に頭をもたげ、われ先にと筆を動かし始めた。

僕も奴らに取り残されまいとして、まったくの出まかせを原稿用紙に書きなぐった。昨夜夢を見た覚えはないのに、どういうわけかスラスラと文章が浮かび上がってきた。

そうして出来上がったのが、この原稿である。

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コメント (4)

  1. 先の自分のコメント、大失敗ですね。

    模範解答は「文章教室の先生のご指導の賜物です」でしたね。

    自分で創り出した「世界」を自分でぶち壊わして、現実世界に引き戻すようなコメントをしてしまって、とても残念な気持ちになってしまいました。

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