NHK『カーネーション』第150回

英詞の意味がさっぱりわからなかった中坊の頃から、とにかく the Beatles の “Golden Slumbers; Carry That Weight; The End” のメドレー(アルバム”Abbey Road”に収録) が大好きで、かつ、いつ聞いてもしんみりしてしまう当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第150回目の放送を見ましたよ。

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最終週(第26週)「あなたの愛は生きています」

糸子(夏木マリ)の入院生活は明るかった。多くの見舞い客が訪れ、彼らの持ってくる花で病室内がいっぱいになった。糸子は人が来るのを何よりも楽しみにし、いつも化粧をして綺麗に装った。看護師長・相川(山田スミ子)に顔色がわからなくなるから化粧はやめろといわれても、糸子には馬の耳に念仏だった。

入院する前よりも若返って見える糸子について、吉岡(茂山逸平)は恋をしているようだと軽口を叩いた。糸子は静かに笑うだけで何も答えなかったが、それを図星だと思った。

ただし、糸子は特定の誰かに恋をしたのではない。世の中の全てのものが美しく綺麗に見えるのだ。
意識を取り戻した朝、糸子に変化が訪れた。カーテンの隙間から漏れる陽の光、外から聞こえてくる小鳥のさえずり、横で穏やかに眠っている娘たち。それらが綺麗に思えてしかたがなくなった。それからというもの、何もかもが綺麗に思えるようになったのだ。

糸子は穏やかな入院生活を送った。綺麗なものを愛で、周囲の人々のどんな小さなことにも感謝するばかりだった。


2006年(平成18年)3月26日。
糸子は息を引き取った。

奇しくもその日は、イギリスにおける母の日だった。聡子(安田美沙子)のパートナーのミッキー(エリオット・クロプトン)はカーネーションのブーケを買ってきて、楽しげにしている。まさにその時、聡子は糸子の訃報を知った。

日本では、遺族が糸子の家に帰ってきた。
孝枝(竹内都子)は、優子(新山千春)と直子(川崎亜沙美)を2階のサロンへ案内した。2人がそこを見るのはこれが初めてだった。
2人はサロンを見て歓声を上げた。酒がたくさん収蔵されており、家の前を通るだんじりがよく見えるような作りになっていた。糸子の好きなものが全て揃ったサロンなのだと感心した。

直子は、壁に作り棚があるのを見つけた。その棚の前にはテーブルが置いてある。今はどちらも空いているのだが、直子はそこに糸子の意図を感じ取った。自分が死んだ後は、そこに自分の大きな写真と花を飾って欲しいという意味なのだ。無言の遺言を伝えた糸子の手腕に、優子と直子は自分達はまだまだ敵わないと舌を巻くのだった。

翌日、聡子が帰国した。イギリスから持参したカーネーションのブーケを棺に収め、糸子の亡くなった日はイギリスの母の日だったと話しかけた。そして、見送ることができなかったことを深く謝るのだった。
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明日(最終回)臨終かと思ったら、まさかの本日死去。明日はどういう内容になるのか。葬儀の模様が描かれるのかもしれないが、すでに主要キャストや大物俳優はほとんどいないので、とても寒々した葬儀の映像になりそうで。ちょっと心配だ。河瀬(川岡大次郎)や吉岡(茂山逸平)が「先生ぇぇぇ~!」とか言いながら号泣している画なんて見せられたら、背筋が寒くなっちゃうぞ。

糸子の最後が一切描かれないという演出はよかった。いろんなものが綺麗だなぁと独り言を言い、孫の(小島藤子)のことを愛でるのが夏木・糸子の最後のセリフだった。
その後、ロンドンの聡子のシーンになり、電話で臨終を知らされるという流れだった。そこからは、遺族だけが映され、糸子の姿は一切映らなかった。そこは、しみじみとした余韻と味わいのある、いい流れだった。このまま明日の最終回まで、ヒロインが全く映らないという演出なら、シビレることだろうと思い、ドキドキしながら見ていた。

しかし、ラストで柩の糸子の映像が写った。
あーあ、と思った。

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