俺の体調不良7日間戦争は、まあまあかわいい看護婦さんの生太ももを戦利品として終結の兆しを見せはじめていると信じたい

【1日目】
先週火曜日夜、38.2度の熱が出た。
数日前から肩と腰が凝っているなぁとは思っていた。軽い風邪かもしれないとは思ったのだが、鼻水もくしゃみも咳も出ないし、喉は痛くないし、寒気もしないので、風邪ってほどでもないかもしれないな、と思っていた。


しかし、この熱だ。念のため風邪に効くという漢方薬を飲んで寝た。

【2日目】
いつもなら、熱が出たら
「やったー!これで会社をサボって、機動戦士ガンダム バトルオペレーション三昧だぞ!」
と大喜びして家に篭るところである。

しかし、この日は、僕が担当で会社で実験を実施することになっていた。代替要員はいないので休むわけにはいかなかった。前夜、まだ気温は高い時期だというのに冬用の羽毛布団を出してきてかぶるという万全の睡眠体制の下、タップリと眠り、目が覚めたところで意気揚々と自信を持って検温した。
38.3度であった。ちくしょう。


「風邪(もしくはその他の感染症)を会社で撒き散らすわけにはいかない。やはりここは、会社に行かずに、家に篭ってバトルオペるしかないのではないか。不要な感染拡大を防止するためにも、それが正しい社会人のあるべき姿ではないか」
そう自問自答したものの、他に実験要員がいないことには仕方がない。1日中マスクを付け、他の人とはなるべく接触をしないという配慮をし、その日の仕事をこなした。
実験の実施については、オッサン1人と、当方好みのベビーフェイス系女子(ただし人妻)1人の計2名の優秀なアシスタントのおかげで上手くいったことをここに記し、感謝を述べたい。ベビーフェイス系女子(ただし人妻)は、指輪さえしていなかったらソッコーで飲みに誘っていたところである。

しかし、彼女は人妻であるし、折からの発熱で危険な情事どころではない当方は、実験が終わるや否や帰宅し、軽く食事をとってたっぷり寝た。


【3日目】
朝起きると、36.6度に下がっており、体も幾分軽い感じがした。
この日は実験はないのだが、会社の偉い人々の社内向けの講演会が開催されていることになっていた。我社の理念を理解し、その目的に邁進し、会社の利益を確保し、ひいてはそれを広く社会一般に還元するためにも、私はその講演会の内容を一字一句聞き漏らすまいと決意し、誰よりも前のめりになって拝聴させていただこうという熱い思いを内に秘め、出社した。

会社の偉い人々のありがたいお話は午後の予定であった。その時刻が近づくにつれ、当方の内なる熱い小宇宙コスモが大爆発ビッグ・バン・エナジーで我が身を焼いた。そのせいで、体温がみるみる上昇。ついには37.8度を記録した。
そのため、会社のエライ人々のアリガタイお話を心の底から聞きたかったにもかかわらず、ザンネンながらフホンイながらハンカチを涙で濡らしながら、家に帰って寝た。
おかげさんで、すげぇ熟睡できた。


【4日目】
この日も、実験の日であり、アシスタント2名はいるが、当方の代替要員はいないので休めない。
朝の検温では37.6度。2日目と同じ手順で、実験は無事終了。


夕方、さすがに熱が下がらないので病院に行く。
当方の家から歩いて3分の医院は、夏休み中だった。当地に住み始めて1年半、今まで病院にかかったことがなかったので、この病院の休みの予定など全く把握していなかった。

仕方なく、カーナビで病院を検索し、自宅から2番めに近い内科に行く事にした。
今までの人生で何度か転居し、行きつけの病院も床屋も、評判や腕前には頓着せず、ふらっと入ったところを無条件にひいきにするというのが俺の流儀だった。家からは歩けば20分、車でも5分とちょっと遠いのは気に入らないが、これも何かの縁だからこれからよろしく頼むぜ、という気分で診察を受けた。

しかし、ついに俺の流儀を曲げる時が来た。
基本的に他人のことを悪く思わない当方だが、ここの医師だけは話すだけでムカムカする。もう二度と行かねぇ。

別に僕は自分自身のことをそれほどエライ人間だとは思わないが、一応もうすぐで「四十にして惑わず」の年齢である。問診票にも生年月日と年齢を明記したので、医師はそれを見て当方の年齢を把握しているはずである。
そんな、もうすぐ「ワクワク・エイジ」を迎える当方に対して、
「どうしたね、木公くん?」
などと、いきなりフランクな君付けなのである。「親しき仲にも前戯あり」という言葉もあるし、ましてや初対面なら初対面なりの礼儀というものもあるだろう。初対面のアラフォーに対しては、さん付けするのがマナーってもんじゃなかろうか。

熱が下がらないと訴えると、この医師は僕の体を触診し、
「熱はもう無いようだね」
と言ってのける。僕はまだ頭がボーっとしていたけれど、向こうはプロなんだし、患者の体を触ったくらいでおよその体温がわかるんだろう、すげぇなぁとその時は信じることにした。しかし、家に帰って体温計で自分で測ったら微熱(37.2度)があった。ざけんな。

「熱はもう下がってるし、熱以外の症状がないとすると、原因がよくわからないね。解熱剤飲んで様子を見ましょう」
ということで、5分くらいで診察終了。

コカールという解熱剤を処方され、その日はそれを飲んで就寝。


【5日目】
翌朝。解熱剤が効いたのか、熱は下がってきた。36.9度。


しかし、Tシャツにこすれる乳首が痛痒い。
第二次性徴を迎えた頃の女の子は、乳首が衣類に擦れて違和感を感じるという話を聞いたことがある。それを思い出して、当方には第三次成長か何かが発現し、環境ホルモンとか放射能とか電磁波とか宇宙電波とか黒魔術とか、なんかそういったものの影響があったりなかったりで、ついに当方も流行りの「メス化」の波にのったのかと思った。
つーか、今まで生きてきた中で乳首が擦れて痛いというのは本当に初めての出来事で、面白おかしくツイートすらできないほどビビったなど。

発熱の影響かもしれないと勝手に診断し、朝の内に解熱剤コカールを2錠キメた。鎮痛作用もあるとのことなので。
そんなこんなをしていると、午前のうちに腹中に蕁麻疹発生。痒い。どうも、乳首の痛痒さは蕁麻疹の前哨戦だったようだ。乳首の周りには特に蕁麻疹が集中して、赤黒く不気味な様になった。

かの解熱剤が合わないのかもしれないと思い、以後服用を自粛。
家で安静にすることにした。


【6日目】
前橋市でみうらじゅんのラジオ公開放送参加(まとめ記事はこちら)。
これの参加には、群馬県在住の某美人人妻が一肌脱いでくれた。彼女がペア入場券の抽選に当選し、僕を連れて行ってくれることになった。とてもありがたいことです。

熱はほとんど良くなっていたので、片道3時間かけて参加。
昨日発生した蕁麻疹は一向に引く気配はなかったけれど、蕁麻疹は感染の恐れもないし、大丈夫だろうと高をくくった。折角、彼女が一肌脱いでゲットして僕を誘ってくれたのだから断るのは男がすたるし。

とても美人な彼女なので、一肌だけではなく、一Tシャツとか一ブラジャーとか一パンティとかも脱いでもらっても良かったのだけれど、さすがに人妻だしなぁ。しかも、彼女の旦那は世間一般から見ればそれほど喧嘩に強そうなタイプではないけれど、少なくとも僕よりは腕っ節が強そうだしなぁ。

小鳥にもモテモテの美人人妻

ていうか問題は、当方が脱いだらスゴイことになってるわけで。ババッとかっこ良く衣類を脱ぎ捨てて、「いざっ」って話になっても腹一面に天の川みたいに大量の赤黒い蕁麻疹があるわけで。これはヒく、ヒかれるに違いない。そう思うと、危険な情事に及ぶわけにもいかず。
「恥ずかしいから、部屋を暗くして。きゃっ」
なんて言って、真っ暗にしてしまって蕁麻疹を隠すという手も考えないではなかったが、「暗くして。きゃっ」なんてのは10代の女の子が言うからこそ可愛くて、様にもなるっつーもんであり、アラフォー・ワクワク・エイジの当方が言ったところで
「黙れ、チンカス野郎」
とグーパンチ食らうのがせいぜいだ。

そういうアレコレを考慮し、彼女にはとても紳士的に接し、指一本触れること無く爽やかにみうらじゅんを楽しみ、食事を楽しみ、高崎白衣大観音を楽しむという1日を過ごした。

夜になっても体は痒いままだったが。


【7日目】
いよいよもって体が痒い。蕁麻疹の数も天の川とアンドロメダ星雲を合わせたくらいになってきた。君の瞳に乾杯。
辛抱たまらんので、自宅最寄りの内科医院に駆け込んだ。今日から夏休みがあけるとのことだったので。

先日行った病院よりも明るい雰囲気で、院内事務員や看護師さんの年齢が若く、数も多かった。とてもいい病院だ。
近所のジジババの社交場になっていて、朝1時間も待たされたのには辟易したが、その後の出血大サービスの存在を思えば、それもいい前座という感じか。

1時間待って、5分の診察の結果
「薬の副作用なのか、単なる体調不良なのかは判別はできない。いずれにせよ、体が弱っていることには違いがないので、点滴しましょう」
ということになった。

実は、生まれて初めての点滴をする当方。その一言に一気に緊張感が高まる。

高校生の時、それまで自分の血液型を知らなかったので、それを知るという目的で初めて献血をした(その後、したことはない)。学校に献血バスが来たので、そこで献血した。台に寝かせられ、腕に針を刺されチューブから血が抜かれていった。怖かった。不安だった。献血の間中、自分のお母さんと同じ年頃の看護師さんにずっと泣き言を言っていたことを覚えている。
「女の子が子供を産む時って、これよりずっと長い時間、もっと痛い思いをしなきゃいけないんですよね?僕は嫌だー!絶対に子供なんて産めない!!男でよかったー!!!」
とずっとしゃべり続けていた。
たった献血ごときで、そこまで泣きを入れるヘタレな当方である。点滴が恐ろしくてたまらない。

会社に入社する際、健康診断があった。採血がやはり苦手な当方だ。針を腕にさしたまま、真空管のカートリッジを3-4本取り替える方式の採血方法があるじゃないですか(名称知らない)?あれが苦手で、苦手で。採決の前に「今まで、採血で気分が悪くなったことはありませんか?」と聞かれたので、冗談半分で
「今日は何本採るんですか?え?4本?そんなに?いやだー、怖いー」
と言ったところ、「確かに時間がかかるのは嫌ですよね。じゃあ、注射器で一気に抜いてあげます」と、他の受験者が普通にやっている中、一人だけ特別待遇の注射器で抜かれたことがある。
オチとしては、真空管カートリッジよりも血が抜ける速度が早いせいか、軽い貧血のような状態になって、むしろ気持ち悪くなった。それ以来、僕は注射器で血を抜かれることをむしろ怖がるようになった。そういう痴れ者なのだ、当方は。だから点滴に恐怖した。

胃カメラだって苦手だ。いつも人間ドックで行っていた病院では、どうも病院スタッフの記憶に当方の顔と泣き顔がこびりついているらしく、いつも年かさの看護師さんに、おばあちゃんが孫をあやすかのように背中をさすられてしまう。カメラ係も僕が餌付いてばかりなので「はいー、そんだけ苦しかったら、一部目視を省略しますよー。いいですねー」とか言われてしまう始末。そこに胃がんが隠れていようがなんだろうが、僕は今の苦しみから解除されたいので、涙とよだれをボロボロと垂らしながら首をコクリと縦に動かすのだ。・・・そうやって顔を不用意に動かすと、苦しくなるんだよね。

そんなわけで点滴だ。
点滴は20分間腕に針を挿しっぱなしだと言うではないか。怖い、怖すぎる。

しかし、神様は僕を見捨てていなかった。これだけ怖い思いをした哀れな僕に、最後に少しだけご褒美をくれた。

ベッドに横になって点滴を受けており、点滴の管を挿している左手は自然に横たえた。その結果、手の先が少しだけベッドから飛び出す形になっていた。
若くてまあまあ可愛い看護婦さんが、僕の点滴をはずしに来てくれた。その時、ベッドの傍に近寄った彼女の太ももが、ベッドから飛び出していた僕の左手の甲に触れたのだ。

僕は怖くて目をつぶっていたのでよくわからなかったのだが、手に何かの感触を感じた。ぱっと目を開けて左手の先を見ると、彼女はノン・ガーター・ストッキングを履いており、布に覆われていない太もも部分がちょうど僕の手に当たっていたのだ。目をつぶっていたのでなかなか焦点が合わなかったし、一瞬のことでよくわからなかったが、彼女が履いていたのは白いストッキングで上端部分は黒いバンドになっていた。手に引っかかった加減で白衣のミニスカートが少しめくれて、ストッキングの上の生太ももの部分がチラ見できた。
とても良い眺めであり、良い手触りであった。

「ここがキャバクラだったら、もう少し太ももをスリスリと触っていいのだろうか?」
とか思って、手を上下に動かしてみようかと思ったものの、いやいやここは健全な病院だと思い直し、彼女に気付かれないようにそっと手を引いた。

こうして僕の体調不良7日間戦争は終結の兆しを見せ始めているのである。

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