「死にたい」とか言ってる人に言いたいこと

他の人に比べて、僕が特にそういう場面に出くわす機会が多いとは思っていない。きっと、誰しも何回かはそういうケースに出くわしたことがあるだろう。たまにいるのだ、「死にたい」と口にする人。ネット上では「タヒたい」などと表記される場合もある。

幸いなことに、僕がこれまで経験してきた中では、そう言って本当に死んだ人はいない。たいていは冗談だったり、ごく瞬間的に心が弱っているだけだったり、ため息代わりにそう発言するのが癖になっていたりするだけだったりする。

しかし、そう言われるたびにこっちはドキドキする。
もしかしたら冗談じゃないかもしれないし、もう何日も神経が参っているのかもしれないし、深刻な心境の吐露かもしれない。本当に目の前で飛び降りたり、毒を飲んだり、頸動脈を切ったりするかもしれない。そんな様子を目の当たりにしたら僕はいったいどうすりゃいいんだ、とドキドキする。目の前ではなかったとしても、後日その人の自死を聞いたりしたら、それはもう、こっちまで「タヒたい」と言うほど落ち込むだろう。

だからもう、軽々しく「死にたい」なんて言わないで欲しい。マジで。そっちは「今日は天気がいいですね」程度の軽い挨拶程度の冗談のつもりで言ってるのかもしれないけれど、こっちはそれが本気か冗談かわからないんだ。いちいち振り回されてシンドイんだ。マジで。

* * *


けれど。
本当に心の底から弱っていて、「死にたい」と相手に伝えて救いを求めるという、「真面目な自殺願望者」が世の中には少なからずいるだろうことも理解している。

本気でそう思うなら、誤解が生じないよう、本気でそれを伝えてほしい。そういう場合には、こちらにも考えがある。

さっき、いいことを思いついたのだ。
その人に、僕はこう言うつもりだ。

「死ぬ前に一発やらせてくれ。どうせ死ぬんだから、避妊とか関係ないよね?生挿入・中出しでヨロシク」

ただし、女性限定。年齢容姿等の条件は別途協議することとする(色白ベビーフェイス八重歯が望ましい)。

* * *


問題は、彼女にとって当方が最期の性交相手としてふさわしいかどうか。

40歳を目前にして脇腹辺りに贅肉が付き始めたし、いい年して茶髪だし、最近はこ汚い無精髭だし、目はいつも眠そうな半開きだし、頬肉垂れてきたし、悲しいくらいの加齢臭を帯び始めたし、ニンニクをよく食うし、乳毛生えてるし、顔と頭皮が脂っぽいし、手はにちゃにちゃしているし、足の爪にはいつもゴミが溜まっている。さらに言えば、性器は短小包茎気味で早漏だし、おまけに性技にも長けていない。それどころか、「親しき仲にも前戯ありでしょ!」と罵られたこともあるとか、ないとか。

あまつさえ、「死人に口なし」を良いことに、セックスの具合をあることないことブログに書きそうだよね、俺。

そんなわけで、死ぬ前にやらせろ、と言ったところで、
「ああ、おぞましい。アンタと寝るくらいなら、死んだ方がまし!」
と、拒絶されそうだ。

僕も簡単には引き下がれないので、「どうせ死ぬなら、その前にやらせろ!!」と食い下がるだろう。

・・・始めに戻る。なんだかよくわからなくなる。

* * *


しかし。
「お互い興奮していては堂々巡りで結論が出ない。頭を冷やそう。来週もう一回この件について話し合おう」
と、1週間くらいは時間稼ぎができるかもしれない。

数日もあれば、中島らも『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』を読めるだろう。おみやげとして渡して、その日は別れよう。

ただ、こうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。


同書は中島らもが青春時代を回想したエッセイだ。
僕は「死にたい」と思った時、この一節を必ず思い出すことにしている。
確かにゴミクズみたいな毎日だけど、なんとか生きてる。

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