NHK『カーネーション』最終回(第151回)

「ついにこの日です。長いと思ったけれど、あっという間でした。最後は一部グダグダなところもありましたが、思い返せば総じて楽しい思い出です。本当にありがとうございました。」とひとりごちている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の最終回(第151回)を見ましたよ。

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最終週(第26週)「あなたの愛は生きています」

2010年(平成22年)9月。
今年も岸和田ではだんじり祭が行われている。
糸子が2階に作ったサロンには大勢の客が集まった。どの顔も笑顔で、明るく賑やかな雰囲気に包まれた。

サロンには糸子(夏木マリ)の肖像写真が飾られている。優しい笑顔をたたえた糸子は、まるでそこにいて、大勢の客をもてなしているかのようだった。

その喧騒の中、優子(新山千春)が直子(川崎亜沙美)と聡子(安田美沙子)を部屋の隅に呼びつけた。
テレビ局の職員が挨拶に来て、糸子のことを朝ドラにしたいと申し込んできたのだという。直子と聡子は大喜びした。糸子は朝ドラが大好きだったので、自分が主人公になることはとても喜ぶだろうというのだ。しかし、優子は、当然自分達も登場することになり、全国に恥を晒すのではないかと不安になるのだった。

糸子は死んだが、魂はまだこの世にあった。この世にあって、娘や親しい人達をいつも見守っている。
娘たちが朝ドラについて相談しているときにもそばにいた。彼女らに声は聞こえないが、糸子はしきりにオファーを受けろと説得するのだった。


2011年(平成23年)10月3日8時1分。
ある病院の待合室で、車椅子に乗った高齢の老婆がテレビを見ていた。彼女は以前からこの日を楽しみにしていたという。黙って画面に見入った。

尾野真千子という女優と、二宮星という子役が歌を歌っていた。


時は大正、岸和田に、生まれた一人の女の子。
名前を小原糸子と申します。
着物の時代にドレスに出会い、夢見て、愛して、駆け抜けた。
これはそのお話。

第1回に続く)
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NHK『カーネーション』第150回

英詞の意味がさっぱりわからなかった中坊の頃から、とにかく the Beatles の “Golden Slumbers; Carry That Weight; The End” のメドレー(アルバム”Abbey Road”に収録) が大好きで、かつ、いつ聞いてもしんみりしてしまう当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第150回目の放送を見ましたよ。

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最終週(第26週)「あなたの愛は生きています」

糸子(夏木マリ)の入院生活は明るかった。多くの見舞い客が訪れ、彼らの持ってくる花で病室内がいっぱいになった。糸子は人が来るのを何よりも楽しみにし、いつも化粧をして綺麗に装った。看護師長・相川(山田スミ子)に顔色がわからなくなるから化粧はやめろといわれても、糸子には馬の耳に念仏だった。

入院する前よりも若返って見える糸子について、吉岡(茂山逸平)は恋をしているようだと軽口を叩いた。糸子は静かに笑うだけで何も答えなかったが、それを図星だと思った。

ただし、糸子は特定の誰かに恋をしたのではない。世の中の全てのものが美しく綺麗に見えるのだ。
意識を取り戻した朝、糸子に変化が訪れた。カーテンの隙間から漏れる陽の光、外から聞こえてくる小鳥のさえずり、横で穏やかに眠っている娘たち。それらが綺麗に思えてしかたがなくなった。それからというもの、何もかもが綺麗に思えるようになったのだ。

糸子は穏やかな入院生活を送った。綺麗なものを愛で、周囲の人々のどんな小さなことにも感謝するばかりだった。


2006年(平成18年)3月26日。
糸子は息を引き取った。

奇しくもその日は、イギリスにおける母の日だった。聡子(安田美沙子)のパートナーのミッキー(エリオット・クロプトン)はカーネーションのブーケを買ってきて、楽しげにしている。まさにその時、聡子は糸子の訃報を知った。

日本では、遺族が糸子の家に帰ってきた。
孝枝(竹内都子)は、優子(新山千春)と直子(川崎亜沙美)を2階のサロンへ案内した。2人がそこを見るのはこれが初めてだった。
2人はサロンを見て歓声を上げた。酒がたくさん収蔵されており、家の前を通るだんじりがよく見えるような作りになっていた。糸子の好きなものが全て揃ったサロンなのだと感心した。

直子は、壁に作り棚があるのを見つけた。その棚の前にはテーブルが置いてある。今はどちらも空いているのだが、直子はそこに糸子の意図を感じ取った。自分が死んだ後は、そこに自分の大きな写真と花を飾って欲しいという意味なのだ。無言の遺言を伝えた糸子の手腕に、優子と直子は自分達はまだまだ敵わないと舌を巻くのだった。

翌日、聡子が帰国した。イギリスから持参したカーネーションのブーケを棺に収め、糸子の亡くなった日はイギリスの母の日だったと話しかけた。そして、見送ることができなかったことを深く謝るのだった。
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NHK『カーネーション』第149回

Crazy Ken Bandの「ある晴れた悲しい朝」が1年ぶりに頭の中でぐわんぐわんと鳴り響いている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第149回目の放送を見ましたよ。

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最終週(第26週)「あなたの愛は生きています」

2006年(平成18年)3月ひな祭り。
糸子(夏木マリ)は店の者に言って、雛人形を店に飾らせた。春は糸子の好きな季節だ。何度来ても嬉しいと言う。平和で穏やかで豊かな時間だった。

糸子は軽いめまいを覚えた。水を飲もうとキッチンに向かい、そこで倒れた。
すぐに救急車で病院の集中治療室に搬送された。意識不明となり、命も危ない状態となった。

糸子の娘たちは連絡を受けるやいなや、岸和田に帰ってきた。
ロンドンで暮らしている聡子(安田美沙子)の到着は当然遅れた。糸子が倒れた翌日の夜にやっと関空に着き、そこから急いで病院に駆けつけた。ところが、聡子が糸子の病室に入ろうとすると、中の様子がおかしいことに気づいた。姉たちの笑い声が漏れ聞こえてくるのだ。
訝しみながらドアを開けると、優子(新山千春)と直子(川崎亜沙美)がパジャマ姿で簡易ベッドに寝転がり、冗談を言い合っていた。互いのすっぴん姿を見るのは久しぶりで、その姿がおかしくて仕方ないと言うのだ。そして、いつものように優子と直子が言い争いを始めた。優子は仕事の都合がつかずに、糸子が倒れた翌朝にならなければ来ることができなかった。その日のうちにやって来た直子は自分が一番手柄だといって優子をバカにするのだった。
緊張感のない姉たちの様子に腹を立てる聡子であったが、すぐに姉たちの雰囲気にのまれた。糸子は意識不明のままであるが、こうして親子がひとつの部屋で寝るのは子供時代以来なので、自然と嬉しくなってしまうのだ。

しかし、糸子の容態の話になると、3人とも暗く沈んだ。糸子は今夜がヤマなのだという。そんな話をしているうちに、姉妹はベッドの中でさめざめと泣いた。

ところが、翌朝、糸子が目を覚ました。それに気付いた3人姉妹は、嬉しくなって大声で騒ぎ始めた。糸子は自分が倒れた事情を思い返すよりも先に、娘たちを黙らせるのに躍起にならざるを得なかった。
糸子が無事に峠を越えたことで、3人姉妹は安堵し、すぐに仕事に戻ることにした。彼女らはすでに糸子の事を忘れたように、仕事の情報交換を始めた。糸子は完全に蚊帳の外に置かれたが、悪い気はしなかった。娘たちが活き活きとしている姿を頼もしく眺めていた。
そして、娘たちが明るく去っていくのを微笑みながら見送った。

ひとりになった糸子は、娘や店の従業員、病院スタッフの一人ひとりの顔を思い出しながら、心の中で感謝の言葉を送るのだった。そして、自分はなんと果報者なのだろうかとしみじみ思うのだった。
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NHK『カーネーション』第148回

Apple社のデザインや広告はそれほど好きではない中、唯一JETの”Are You Gonna Be My Girl”を使ったiPodのCMだけはチョーお気に入りだったわけだが、当のJETが活動停止すると知って落胆している当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第148回目の放送を見ましたよ。

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最終週(第26週)「あなたの愛は生きています」

2005年(H17)12月。
糸子(夏木マリ)は本業の他に地方公演などで忙しく飛び回っていた。マネージャーの孝枝(竹内都子)は、糸子の身体を心配し、できるだけ仕事を減らそうと苦心していた。

優子(新山千春)が東京の病院から講演を頼まれていたのだが、急に都合が悪くなってしまった。糸子に代理を務めて欲しいと連絡があった。電話を受けた孝枝は、その日は糸子の休養日だからと言ってきっぱりと断った。
孝枝では埒があかないと思った優子は、糸子の携帯電話に直接電話をかけて頼んだ。仕事となると後先を考えない糸子は、二つ返事で引き受けてしまった。

はたして、東京の病院での講演会は無事に終わった。
終演後、糸子は川上(あめくみちこ)という初老の女性と話し込んだ。川上は40年近く看護師として働き、この病院の前の看護師長も務めていた人物だという。若い頃に岸和田に住んでいたこともある。岸和田の知人から、糸子が病院でファッションショーを行った時の新聞記事を送ってもらって読んでいたという。それを読んでとても感動したと挨拶した。
だから、すでに病院関係者ではなくなっているのだが、裏方の手伝いをやらせてもらったのだという。

川上と話しているうちに、糸子は彼女の言葉が流暢な標準語であることが気になった。糸子の娘たちは20年弱しか岸和田に住んでおらず、その後東京で40年近く暮らしてもさっぱり岸和田弁が消えない。それに比べると、川上の言葉遣いがとてもきれいなのだ。

川上は少し言いにくそうに自分の生い立ちを語った。24歳まで岸和田に住んでいて、その後は東京で生活しているという。
そして、さらに言いにくそうに、自分は10歳まで長崎に住んでいたことがあると付け加えた。各地を渡り歩いたから、一箇所の言葉に染まらなかったのだ。

糸子は気づいた。川上の歳の頃や経歴に思い当たるふしがあるのだ。
糸子の複雑な表情を見て取った川上は、自分が周防(綾野剛)の娘だと名乗った。
糸子は黙って泣き出した。いたたまれなくなった川上は、その場を逃げ出してしまった。
別件が早く終わった優子が、病院まで糸子を迎えに来た。そして、糸子に声をかけようとした瞬間、川上の告白を聞いてしまった。優子は逃げていく川上を追いかけた。
ふたりは、生涯で2度目の対面をした。幼い頃、川上は小原家を覗きに来たことがあるのだ。その時に優子と出くわし、川上の弟が優子を突き飛ばして逃げた。口をきくのは初めてだが、両者の50年ぶりの再会である。

川上は、当時の暴力を謝った。優子も、親たちの問題とはいえ、自分の家が川上らに与えた苦しみについて謝罪した。

川上は包み隠さずに自分の心境を話し始めた。川上は糸子や小原家のことを憎んでいたという。そして、人を憎むという、自分の汚い心にも苦しめられていたという。
同時に、父の相手が糸子で良かったと思う部分もあったという。そして今日、糸子に会い、わだかまりが全て消えたのだという。糸子は今でも周防の事を思い続けているということが、糸子の目を見たらわかったという。それだけで、憎しみはすっかり消えてしまったのだと告白した。

糸子は、いつまでも泣き続けた。
糸子は歳をとり、たくさんの記憶を持っている。楽しい思い出もあれば、辛い過去もある。周防の件は、自分の心だけに潜め、このまま闇に葬り去るつもりでいた。ところがそれが、今、大きく糸子の心を支配した。それで糸子は打ちのめされてしまったのだ。
それはまるで、夜空に大きく華ひらく花火のようだった。暗い天空に一筋の記憶の尾が流れていき、ぱっと開いて大きな音がなる。次から次へと思い出の花が咲き、視覚全体を支配する。糸子はその光景から目をそらすことができないのだ。

しかし、糸子は同時に思う。
自分は、その記憶の花火を見るために生きてきたのかもしれない。
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NHK『カーネーション』第147回

ドラマの終了と共に俺のモテ期も終わる、そんな予感のする当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第147回目の放送を見ましたよ。

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最終週(第26週)「あなたの愛は生きています」

2005年(平成17年)5月。
2階の改装が終わり、パステルカラーで統一された可愛らしいサロンが完成した。糸子(夏木マリ)はだんじり祭の見物客が大勢集まった様子を想像し、一人でうっとりした。

そのうち、年に一度のだんじり祭だけに使うのがもったいない気がしてきた。そこで、和服を洋服にリフォームする教室を開催することにした。孝枝(竹内都子)は、ただでさえ忙しい糸子がこれ以上仕事を増やすことに反対したが、糸子は言い出したら聞かなかった。

生徒はたくさん集まった。どの生徒も、着物はタンスの肥やしになるばかりだが、だからといって捨てるのも忍びないというのだ。しかも、糸子のカリスマ性に憧れて集まる人もいた。糸子は、和服のリフォームは商売上の企業秘密だが、日本中で着物が死蔵されるのは大きな損失だと言い、1枚でも多くの着物が再生されれば嬉しいと、上機嫌でレクチャーを始めた。父(小林薫)が呉服屋だったことも、糸子の着物リフォームを普及させたい動機の一部なのだ。

その頃、生地問屋の河瀬(川岡大次郎)の元気がないという噂を聞いた。河瀬の父(佐川満男)が最近亡くなったことでしょんぼりしているというのだ。糸子は、河瀬の親友の吉岡(茂山逸平)に言って、河瀬を呼び寄せた。

河瀬は糸子の顔を見るやいなや泣き出した。45歳という年のせいか、父の亡くなったことが堪えるというのだ。
しかし、糸子は河瀬の言い分をきっぱりと切り捨てた。糸子の半分しか生きていない河瀬が年のせいなどと言うのはおこがましいというのだ。むしろ、河瀬が落ち込んでいるのは、自分一人の力で会社と家族を養う責任に怯えているのだと指摘した。河瀬の父は早くに妻を亡くしたが、それでもへこたれることなく責任を全うした。河瀬もそれを見習えと諭すのだった。

河瀬に話しかけつつ、糸子は自分の人生を振り返っていた。糸子自信も、早くに父が仕事を引退し、家業と家族の扶養を引き継いだという経験があったからだ。

後日、父の納骨が終わったといって、河瀬が挨拶に来た。
父の後ろ盾がなくなり、一時はメッキが剥がれたかのようになっていた河瀬だったが、今や自分ですべての責任を受け入れ、まるで別人のような良い面構えになっていた。
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NHK『カーネーション』第146回

「おはようございます!今日も、よっこいしょ。まとめ記事、ラスト1週間!」とつぶやいている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第146回目の放送を見ましたよ。

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最終週(第26週)「あなたの愛は生きています」

2005年(平成17年)4月。

病院でのファッションショーや奈津(江波杏子)との再会から2年経った。身寄りのなかった奈津は、現在老人ホームで暮らしている。それというのも、彼女のことを心配した糸子(夏木マリ)と病院長・龍村(辰巳琢郎)がしつこく説得したからだ。奈津は相変わらず気位が高く居丈高な性格だが、健康面では大過なく暮らしている。

91歳になった糸子は、新聞のインタビュー取材を受けた。そこで糸子は、相手のために何かをしてやった時は成功したが、欲深く自分のために何かをした時は失敗ばかりだったと語った。そのエピソードは「与うるは受くるより幸いなり」という聖書の言葉にまとめられ、記事の見出しを飾った。
記事を読んだものは皆、その言葉に感銘をうけた。しかし、糸子は、真に欲のない人間はそんなことは初めから考えもしない、自分の本性は欲深いからこそ言えたのだと笑い飛ばした。

それでも、糸子は平和な日常を送っていた。
朝目を覚ますと、すぐに窓を開け家の空気を入れ替える。一人でラジオ体操を行い、朝食の準備をし、仏壇にご飯を供える。NHK朝の連続テレビ小説『ファイト』を見ながら、ゆっくりと食事をする。
糸子は朝ドラの大ファンだった。毎日の展開をハラハラと見、内容を孝枝(竹内都子)に話す。興奮してくると、自分を題材した朝ドラを作ってもらうよう働きかけろと言って、彼女を困らせるほどだった。

そんな毎日と並行して、糸子は2階にしまってある古いガラクタを全て処分することにした。子供時代に祖母・貞子(十朱幸代)からもらった外国の珍しいもの、若い頃に書いたデザイン画、子育て時代に着ていた衣服等、少しもためらうことなく次々に捨てていった。
糸子は2階を改装することを決めたのだ。2階の二間をぶち抜いて、だんじり見物用のホールにしようと計画しているのだ。バーカウンターも作り、だんじり見物客をもてなしたいというのだ。孝枝や優子(新山千春)は、たった年に一度のことなのにと言って呆れるが、誰も糸子を止めることはできなかった。

すっかり片付いた2階の部屋で、糸子は思い出に浸った。黒光りする柱を愛おしく撫で、広くなった畳の上に大の字になって寝転がった。
けれども、解体工事が始まると、糸子は誇らしげな笑みを浮かべて作業を見守った。むしろ、感傷的になって涙ぐむ孝枝を薄ら笑いながら、思い出などどうでもいい、今を、そして、これからの事を考えて生きていくのだと高らかに言うのだった。
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NHK『カーネーション』第145回

昨日は中村優子に完全に持って行かれちゃったわけだが、その後調べてみると、僕とドンパであることがわかったり、たまたま借りてきてまだ見ていない『まほろ駅前多田便利軒』に出演していることがわかったりと、いろいろ縁があるなぁと思う当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第145回目の放送を見ましたよ。

借りたDVD『まほろ駅前多田便利軒』


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第25週「奇跡」

病院ファッションショー当日の朝。

吉沢加奈子(中村優子)の夫(木内義一)と2人の息子(古城戸雄多、稲田都亜)が病室にやってきた。まだ準備を始めてもいない加奈子は、まさに入院患者然とした姿でベッドに座っていた。
弱々しい母の姿を見るやいなや、息子たちは身を固くした。それを感じ取った加奈子は、精一杯笑った。笑いながら、今日はきれいな姿を見せると約束した。それにつられて、子供たちも満面の笑みを浮かべた。

そして、モデルたちの準備が万端整った。看護婦も入院患者も、老いも若きも、みな綺麗な姿に変身した。モデルたちは互いに褒めあい、控え室は明るい雰囲気に包まれた。

糸子(夏木マリ)は出演者に向かって訓示を行った。客が見たいと思っているものは「幸せ」である。女性が綺麗に着飾って、楽しそうに歩くという幸せな様子を見に来ているのである。客に幸せを分け与えるためには、自分自身が一番幸せでなければならない。そのことを忘れずに出演しろと告げた。

それから、糸子はモデルの一人ひとりに、それぞれの演出の確認と心構えを念押しした。
最後に声をかけた相手は加奈子だった。全身ピンクでフリルの付いたワンピースとジャケットを着た加奈子は、どこから見ても重篤な入院患者には見えなかった。治療で抜けてしまった頭髪を隠すためのウィッグもそれほど違和感がなかった。化粧のおかげで、ずいぶんと血色もよく見えた。けれども加奈子は、糸子に声をかけられると思わず涙が出た。

糸子はショーが始まる前に泣くのは早いとピシャリと言った。そして、加奈子の役割を思い出させた。ファッションショーのテーマは「幸せ」を見せることであるが、加奈子にはより一層重要な枠割が与えられていると言うのだ。そう言われた加奈子は、引き締まった表情で「奇跡」を見せることが自分の使命だと答えた。

いよいよショーが始まった。
モデルが登場すると、看護婦なら受け持ち病棟、患者なら病状などがナレーションで紹介された。その他、モデル本人の一言コメントなども披露された。それを読み上げる役は、ステージ脇に控える糸子が担った。
観客は大勢集まった。モデルも観客の中にも、笑っていないものは一人もいなかった。その場にいる全員が幸せを分かち合い、会場は熱気と笑顔で溢れた。

いよいよ加奈子の出番となった。舞台袖に控える加奈子へ糸子が目配せをした。
すると加奈子は、自信ありげににっこりと笑った。それから糸子は、客席にいる加奈子の家族を目で追った。彼らもニコニコと笑い、加奈子の登場を今や遅しと待ち望んでいた。
それらの様子を見ると、糸子は感極まってしまった。ナレーションとともに加奈子を紹介しなければならないのに、それができなくなった。控えていた総婦長・相川(山田スミ子)が引き継ぎ、原稿を読み上げることで、なんとかショーは中断せずに済んだ。

相川のナレーションで、加奈子は3ヶ月前に末期がんと診断されたことが説明された。それにもかかわらず、幸せになると決めたというのが加奈子のコメントだった。家族を愛していること、病院スタッフに感謝していることなどを述べた後、これからも自分は幸せであり続けるだろうと締めくくられた。そのナレーションが終わると、加奈子はステージ上でより一層の笑顔を見せた。会場に集まる誰よりも大きな笑顔だった。
2人の息子もステージに上がり、3人で抱き合って手を振った。加奈子の泣き笑いと共に、ショーは大フィナーレを迎えた。

奇跡だった。


糸子にとって、もう一つの奇跡が起きた。
今日のショーは、行方をくらましていた奈津(江波杏子)もこっそりと見に来ていた。奈津はショーが終わると、誰よりも早く抜けだして、再びこっそりと消えるつもりでいた。
しかし、その姿を院長の龍村(辰巳琢郎)が見つけていた。糸子が奈津に会いたがっていることを知っていた龍村が、奈都を捕まえて糸子に引きあわせてくれた。
糸子は奈津に会えたことをとても喜んだ。天からの褒美だと思うほどだった。

2002年(平成14年)1月。
イブ・サン=ローランが引退を発表した。彼は「ファッションは女性をきれいに見せるだけではなく、自信と勇気を与えるものです」とコメントして身をひいた。
糸子は若い時分から、いつも彼のことを良くも悪くも意識していた。そのイブ・サン=ローランが引退することは糸子に複雑な思いを与えた。盃を2つ用意し、遠く、一度も会ったことのないイブ・サン=ローランのために一人で乾杯した。
そして、自分は彼とは違って、まだこれからも現役であり続けることを誓うのだった。
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NHK『カーネーション』第144回

Wikipediaに書いてあることが本当だとするなら、中村優子の役作りはなんと壮絶なんだと驚くとともに、奈良のスターミュージックも一度行ってみたかったなぁと思う当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第144回目の放送を見ましたよ。

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第25週「奇跡」

2001年(平成13年)10月。
病院のファッションショーまであと2週間となった。モデルたちのウォーキングの稽古も始まった。糸子(夏木マリ)も出演者たちも、素晴らしいショーを作り上げようと一丸となって取り組んだ。真剣な中にも楽しい雰囲気が満ちあふれていた。

そんな中、毎日練習会場に顔を出す吉沢(中村優子)という末期がん患者がいた。彼女はいつも部屋の隅に座り、誰と話すでもなく、じっと練習風景を眺めているだけだった。糸子も、見るからに重篤そうな吉沢の様子がずっと気になっていた。

その日の練習は終わったが、糸子と総婦長・相川(山田スミ子)だけが練習会場に残るかたちになった。
相川は、自分達のやれることには限界があると話し始めた。現代医学にも限界があって、全ての病気を治せるわけではない。もしかしたら、医学以外にも人の病気に役立つ何かがあるのではないかと、日々悩んでいるのだという。
その話には、ファッションデザイナーの立場から糸子も同意した。糸子は服には人を幸せにする力があると信じているが、その限界も目に見えていると言うのだ。仕事をやればやるほど限界が見えて悩む点は相川と全く同じだというのだ。

相川は、ファッションショーに出演するモデルを1人追加したいと言い出した。その人物は、いつも見学に来ている吉沢だった。相川は、医学的見地から吉沢の病状を考えれば彼女をモデルにするなどするべきではないと思っている。しかし、糸子に任せれば、医学では解決できない、何らかの作用をもたらしてくれると期待しているのだ。糸子は吉沢をモデルにすることを受け入れた。

すぐに吉沢に来てもらい、糸子はふたりっきりで話をした。
ファッションショーに出演できると聞いて、吉沢は心のそこから喜んだ。しかし、その声は弱々しく、表情も能面のようだった。そして、静かに自分の身の上を話し始めた。

子供が2人おり、彼らに自分の晴れ姿を見せられるのが嬉しいというのだ。吉沢は、現代医療では治療不能な末期がんの状態にある。体はやせ衰え、髪も抜けてしまった。自分の体の辛さよりも、母が弱っていく姿を子供たちに見せるのが何よりも辛いのだという。彼らが病室に見舞いに来るときは、いつも怯えたような顔をしているという。その顔を見る度に、子供たちを幸せにしてやれない自分を悲しく思うのだという。
吉沢は、泣きながらそこまで話した。

糸子は、吉沢を慰めるように、つとめて明るく話し始めた。
自分は88歳で、体も弱ったし、いつ死んでもおかしくない歳だ。けれども、3年ほど前に気づいたことがあるという。歳をとることは、人々に奇跡を見せつける資格や使命を得たことになるのだ。若い子供が走りまわっても誰も驚かないが、100歳の老人が走れば驚かれる。そして、その姿を見てみんなが喜ぶ。そうやって、奇跡を起こして人々を喜ばせることを使命だと感じるようになったというのだ。だから、糸子は若い時以上に仕事に精を出し、力いっぱい遊びまわっているのだという。
そうやって、老人とは思えない行動をして人々を驚かせ、喜ばせることで人の役に立っていると主張した。

糸子は、吉沢に向かって笑ってみろと命じた。吉沢はぎこちなく笑った。

糸子は奇跡が起きたと喜んだ。人は、末期がんになると二度と笑えないはずだ。なのに吉沢は笑った。これは奇跡だと言うのだ。末期がん患者の吉沢が、きれいにお洒落をして、ステージを嬉しそうに歩く。それだけで奇跡であり、この奇跡は人々に勇気や希望を与える。
吉沢自身が奇跡となり、人々を喜ばせることこそが使命だと告げるのだった。
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NHK『カーネーション』第143回

本作において一番気に入っているエピソードは周防の話であるというロマンチストな当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第143回目の放送を見ましたよ。

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第25週「奇跡」

奈津(江波杏子)が突然病室から姿を消していた。糸子(夏木マリ)は彼女が急死したのではないかと肝を冷やした。しかし、彼女が退院したのだと知って、糸子はほっとするのだった。
けれども、奈津の行き先は知れなかった。高齢で身寄りのない奈津のことが心配になった糸子は、病院に彼女の自宅住所を尋ねた。しかし、患者の個人情報は他人に明かすことはできないと言われ断られてしまった。

糸子は、世の中が自分には理解できない世界に変化していることを感じた。幼馴染の住処すら、個人情報などという小難しい規則によって教えてもらえない。ルーズソックスやガングロ・ギャルなど、少女達のファッション・センスにもついていけなくなった。糸子はなんと小難しい世になったのかと嘆息するのだった。

それでも、だんじり祭りだけは昔と変わらない。
2001年(平成13年)9月15日、糸子はいつものように自宅で宴会を開いた。大勢の人々が集まり、賑やかになった。ただし、昔とは違って、近所の人はほとんどいない。糸子や娘たちが有名人になったため、付き合う人々も変わったのだ。業界の有名人ばかりが集まる社交の場となった。

糸子は、それら名士のほとんどを知らなかった。今さら一人ひとりの顔を覚えるのも難しかった。それでも、家が賑わうことは嬉しかった。今や、糸子にはひ孫もいる。その子たちに囲まれることはとても嬉しいことだった。

一方で、糸子は奈津のことが心に引っかかっていた。
病院で再会した時、奈津は自分を見ても少しも表情を変えなかった。長い間に容姿が変わってしまったのだから、通常なら奈津は糸子の姿を見てもそうだとは気づかず、怪訝な表情をするはずだ。けれども、奈津はつい最近糸子に会ったかのような反応を示した。
糸子は想像した。奈津は、雑誌などで自分の活躍を見ていてくれたのではないか。記事に出ている写真を見て、自分の風貌をきちんと知っていてくれていたのではないか。表面ではよそよそしい奈津であるが、心では自分のことを気にかけてくれているのではないか。そう思うと、糸子はじんわりと嬉しくなった。
再び音信不通になってしまった奈津であるが、ファッションショーの時にひょっこりと姿を現すかもしれないと期待し、彼女との揃いの衣装の準備を進めるのだった。
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NHK『カーネーション』第142回

3月からヒロインを含めほとんどのキャストが入れ替わったことに関して「糸子が味わったのと同じ『喪失感』を視聴者にも追体験させるための壮大な演出である」という説のあることを小耳にはさみ、それならそれで仕方ないか・・・と納得してしまった当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第142回目の放送を見ましたよ。

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第25週「奇跡」

病院のファッションショーにおいて、患者をモデルとすることを糸子(夏木マリ)が強硬に主張した。患者に万が一の事があった場合を心配する総婦長・相川(山田スミ子)であったが、不承不承それを受け入れた。院内のあちこちに張り紙を出し、広く門戸を開いてモデルを募集することになった。

その病院に入院している奈津(江波杏子)もその張り紙を意味深げに眺めていた。しかし、そのことを誰にも知られないように注意していた。院内で糸子の姿を見かけても、奈津は特に話をしようともしなかった。むしろ、ふたりは早足で歩き、相手を抜いてやろうと無言で競い合った。

モデル募集には、15人の枠に対して54人もの希望者があったという。そのうち病院スタッフは13人のみで、ほとんどが患者であった。応募してきた患者の申込用紙には、カルテと照合した本人の病状の軽重が記されていた。総婦長・相川は、病状の軽い者の中からモデルを選ぶよう促した。

しかし、糸子の意見は正反対だった。より重い病状の者から優先的にモデルにすべきだというのだ。今はまだ夏であり、ファッションショーの行われる10月までは時間がある。病状の重い人が10月のショーに出たいということは、将来に対する夢を抱いたということだ。自分の病気を悲観することなく、夢を持った人々の希望を叶えてやりたい、彼女らを落胆させることはできないと主張した。

けれども、総婦長、および病院側にも言い分はあった。病院は、患者が治療に専念する場所である。それが病院の責任である。その責任を自ら放棄するわけにはいかないと言って、相川は譲らなかった。
結局、病院スタッフから7人をかき集め、残りは病状の軽い患者4人、重めの患者4人をショーのモデルとすることとなった。

糸子は応募書類をよく確かめたが、やはり奈津は応募していなかった。
それでも、糸子は奈津の洋服を作ることにした。自分のものと揃いのデザインにして、自分が赤、奈津が白の洋服にすることにした。そして、ショーの最後にふたりで並んで出演することとした。ワクワクしながらデザイン画を描きあげ、本番でふたりがにこやかに登場する場面を想像した。ふたりの長い腐れ縁の果てに、そういった晴れ舞台があることを思うと、顔がニヤケてしょうがなかった。

2001年(平成13年)8月。
ショーのモデルらとの顔合わせが行われた。糸子は膝とヘルペスを患っていることを自己紹介して患者たちに仲間意識を持たせつつ、ショーに関しては一切の妥協を許さないことを宣言した。その上で、今日から本番に向けて、モデル役には美しくなる努力をして欲しいと頼んだ。モデルが輝いてこそショーの価値が生まれるのであり、自分たちの輝く姿こそが観客に力を与えるのだということを肝に命じて欲しいと訓示した。
モデル役たちはその話に納得した。その後は、各人の衣装の打ち合わせや、採寸が行われた。終始、和気藹々とした雰囲気だった。

作業が全て終わると、糸子は帰宅前に奈津の病室を覗きに行った。
しかし、奈津のベッドはすっかり片付けられていた。病室の名札からも奈津の名前だけが消えていた。
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