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一両目の真実

去る4月25日の福知山線快速脱線事故で一両目に乗り合わせ,大怪我を負いつつも救出された吉田恭一氏の手記.

奇しくも,廃線跡を旅するというサイトを運営していらっしゃる方で,鉄道運行に関する冷静な記述が参考になります.
それと同時に,事故に遭った時の感情的な回想が深く心に沁みてきます.

少々正視に堪えがたい内容もありますが,名文だと思います.
必読です.

現在,5章まで公開されています.6章は近日公開だそうです.


1章では,当日の朝,ほんの偶然で事故を起こす車両の一両目に乗り合わせることになったいきさつ,乗客として不穏な運転に気付いたこと,そして最後には事故の瞬間の状況までが記されています.

2章では,気絶から目が覚めたところに始まり,救出作業が難航する様子が淡々とつづられます.特に,お亡くなりになった方の遺体が支障をきたして,吉田氏の体がうまく引き抜けないという説明は,大変複雑な思いを抱きます.「いくら亡くなっているからといっても、できるだけ傷の少ない状態で、家族にお返ししたい気持ちは私とて変わらないし、私もそんなことをしてまで、早く救出されたいとは思わない。」という吉田氏の思いは,多くの人の心を打つのではないでしょうか?

3章でついに吉田氏は事故車両から救出されます.2章から3章にかけてのポイントは,レスキュー隊の懸命の作業です.TVの報道などを見ていると,米粒くらいの大きさでレスキュー隊が懸命に動き回っているのはわかるのですが,実際に何をしているのかはなかなか知ることができません(それに,幸いにも僕はレスキュー隊はもちろん,救急車のお世話にすらなったことがないので).しかし,ここら辺を読むと,レスキュー隊の息遣いまで聞こえてきそうな,見事な描写です.
担架で運び出される時の,「一刻も早くここを出たいという感情のほかに、限界状態の中で頑張った男達の仲間意識というか、熱い絆のようなものを感じ、もう少しこの場にいたいという、明らかに矛盾した思いも芽生えているのを感じた。」にひどく感激(といっては不謹慎ですが)しました.

4章は,救急車で病院に搬送される場面から,入院2日目の夜までが記述されています.言葉は悪いのですが,丸1日以上の出来事がかなりあっさりと書かれてており,前の章と比べると読み応えは少なく感じてしまいます.しかしそのことは逆に,彼の安堵を行間から読めるわけで,それはそれでいいコントラストを生んでいます.どれだけ事故直後が壮絶な状況だったのかが,改めて浮かび上がってきます.

5章で記述している時期ははっきりとしませんが,入院3日目から5月いっぱいの心情のようです.この章は,それまでの客観的な記述とは打って変わって,良くも悪くも,彼の主観的な記述に終始しています.事故のマスコミ報道に触れた彼が,自分の経験(鉄道オタク&事故の被害者)と照らし合わせて考察を行っています.
ここでの彼の視点は,ヒューマンエラーに対するバックアップの重要性を主張しているように読めました.事故の直前,異変に気付いた自分が運転手に対して何らかの対応をとればよかったという反省を下敷きにしつつ,列車に乗務していた車掌に対して痛烈な批判を行っている(1章においても,車掌がわざわざ遅延のアナウンスを行ったことは,運転手にプレッシャーをかけるのではないかと考察している).事件後,JR西日本たたきがどんどんエスカレートし,重箱の隅をつつくようなバッシング(非番職員の宴会とか)が続く中(僕も食傷気味だった),吉田氏は冷静に情勢を眺めていたのだなと,感心しました.

さてさて,僕がクドクドとサマリーを載せるよりも,本文を通読してもらった方がよっぽどマシなわけですが.
先にも書いたけれど,必読.

結びとしては,例の事故で亡くなった人のご冥福をお祈りしつつ,怪我をされた方や精神的苦痛を受けた方々の一日も早いご快復をお祈りしつつ,このような事故が二度と繰り返されないこともお祈りしつつ,すばらしい手記を発表してくださった吉田恭一氏に敬意を表するわけです.

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