ギター歴5年

明日、4月19日(金)がなんの日かといえば、2014年に僕が趣味でギターをはじめたとカミングアウトした日です。

本当はこの数週間前の3月末にギターを買ってはじめていたんだけど。
購入した時点では「3日坊主で終わったら恥ずかしいな」と思っていたので黙ってた。4月中旬になって「この調子なら半年くらいは続けられそうだな。あれだけ大騒ぎした自転車は3ヶ月くらいで飽きちゃったけれど、その記録は抜けそうな予感がするから公表してしまえ」と思ってカミングアウトしたわけです。

半年くらいだと予想していたギターが、ついに5年を超えたわけです。みなさんにとってはくだらない話かもしれないけれど、僕自身にとってはかなりグッとくるわけです。

ただ、この時買ったギター(当時市価15,000円くらいだった Maestro のレスポール)は見事に半年くらいで飽きたらなくなって、その10倍弱の値段のギター(お高いことで有名なPRSのものだけれど、その中でも安いモデル)を買っちゃったわけだけれど。これはすごく気に入っていて、買い替え以来ずっと使ってる。出張などで物理的に無理(いや、時には出張先に持っていったこともあるけど・・・)な場合を除いて、2日と空けずに触ってるんじゃないかな。びっくりです。

これだけ続けてこられた大きな要因は、「人から応援してもらった」ということかなと思っています。みなさんありがとうございます。
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NHK『なつぞら』第4回

社会心理学研究34巻に掲載されている渡邊・城間『NHK連続テレビ小説に表れる男性役割:時代的な変遷、登場人物の年代、女性主人公との関係性による差異』を読んで、「分析対象は任意に選んだらしいけれど、なんで『てっぱん』やら『純と愛』なんだよ。その時代なら『カーネーション』だろ!」と思った当方が、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』の第4回めの放送を見ましたよ。

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第1週『なつよ、ここが十勝だ』

なつ(栗野咲莉)の姿が見えなくなったことで柴田家は騒ぎになるが、泰樹(草刈正雄)がついているらしいとわかって、すぐに落ち着いた。

なつの存在を疎ましく思っている夕見子(荒川梨杏)に対して、剛男(藤木直人)は なつを引き取った理由を話して聞かせた。
戦地で剛男はいつも夕見子のことを思っていたという。おそらく、なつの父もなつに対して同じ思いでいたと推察される。結果として剛男が生き残り、なつの父が戦死したのだが、紙一重で逆の境遇になっていたかもしれない。その場合、夕見子が なつの立場になるわけである。夕見子が世間から冷たくされると思うと、剛男は胸が押しつぶされる思いである。だから なつを引き取ったというのだ。
それを聞いて、夕見子は納得した。なつに対する態度も和らげるようになった。

その頃、なつは泰樹と共に帯広にいた。帯広は十勝で一番の繁華街で、闇市も立っている。泰樹はそこで長靴を見繕い、なつに買い与えた。今履いているズックでは仕事ができないからだという。

歩きながら泰樹は、なつの東京での暮らしについて聞いた。
両親の死後、なつは路上で靴磨きをしていたという。それならば、妹・千遥(田中乃愛)の面倒をみながらできるからである。兄・咲太郎(渡邉蒼)は他所で仕入れた新聞を倍の値段で売るほか、踊りの大道芸をやったいたという。兄の言いつけで、兄妹は一切盗みはしなかったという。
現在、兄は孤児院におり、5歳の妹は遠い親戚の家に引き取られているという。兄妹が離れ離れとなるが、なつを十勝の剛男に託したのは兄・咲太郎の願いだったという。

闇市の後、泰樹が向かったのは菓子屋・雪月だった。
そこには、泰樹と同じく開拓一世の小畑とよ(高畑淳子)がいた。泰樹と とよは、まるで喧嘩でもしているかのような乱暴な言葉で話す。泰樹が なつのことを「東京から来た弟子だ」と紹介すると、とよは「人さらいでもしたのかい?」と聞き返す。なつは驚くばかりだった。
それでも、菓子屋の小畑一家は、なつのことを温かく迎えてくれた。

とよは寡婦で、現在は息子の雪之助(安田顕)が店を任されている。
しかし、戦後の物資難で菓子の材料が手に入らないばかりか、戦中の金属供出で道具まで持っていかれたので店は開店休業状態である。何も品物がなかった。
それでも、泰樹が持ってきた牛乳と卵、それに偶然手に入った蜂蜜を使って、雪之助はアイスクリームを作ってくれた。

そのアイスクリームを食べながら、泰樹はゆっくりと なつに話をした。

開拓者の口が悪いのは、そうでもしなければ厳しい開拓作業に耐えられないからだと説明した。悪気があるのではなく、言いたいことを言い合える仲間がいることで互いに助け合えるのだというのだ。そうやって開拓者たちは生き延びてきた。

それから、人はちゃんと働けば、いつか報われるときが来ると話した。
もし、働いても報われないならば、それは働き方が足りないか、働かせている監督者が悪いかのいずれかである。そんな時は、その場を逃げ出せと教えた。
それから、人を当てにすることは最悪だと諭した。自分の力を信じて働いていれば、それを見ていた誰かが助けてくれるものだと話した。

実際、この数日、なつが懸命に働いた成果が牛乳となり、それがおいしいアイスクリームに姿を変えて、今まさに なつが報われている。泰樹も なつの働きを大いに評価していると言う。立派な働き手だと評価した。
そして、もう無理に笑ったり、卑屈になったりする必要はないと諭した。これからは堂々とこの地で生きていけと応援した。

なつは涙を一粒こぼした。
帰路の荷馬車から見た夕空がとても美しかった。

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NHK『なつぞら』第3回

朝のうちに放送を見てまとめ記事も書くだけの気力はない当方が、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』の第3回めの放送を見ましたよ。

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第1週『なつよ、ここが十勝だ』

なつ(栗野咲莉)が十勝の柴田家に来て数日が経った。なつは1日も早く酪農の仕事を覚えようと毎日早朝から必死に働いた。
酪農にとって最も重要で、かつ、最も危険な作業である搾乳はやらせてもらえなかったが、その他の作業は大人たちに混じってよく働いた。手が空いても休憩せず、牛舎の中で大人たちの作業を見て覚えようとした。

朝は4時から作業が始まる。まずは牛舎の牛たちにスコップで乾燥飼料を与える。続いて、大人たちは朝の搾乳を行う。
それが済むと、牛たちを放牧場へ移し、新鮮な牧草を食わせる。この頃、柴田家の子どもたちは学校へ向かうが、なつは休む間もなく働き続ける。牛舎が空になったすきに、牛たちの寝床の掃除をする。フンの混じった藁をスコップで掻き出し、新しい寝藁を敷く。これは大変な重労働であるが なつは大人たちに助けを求めることもなく働く。

ここまで終えて、やっと朝食である。食事は、なつにとって何よりも幸せな時間だった。
朝食を終えると、畑仕事を行う。柴田家では、酪農の傍らにマメやジャガイモの栽培を行っている。その間、家長の泰樹(草刈正雄)が牛乳を荷馬車に載せて出荷する。

夕方に牛たちが戻ってくると、2度めの搾乳を行う。
牛は臆病で見知らぬ人間を見ると怯えて緊張する性質があるが、最近は なつにも慣れてきた。搾乳中に なつが体を撫でても落ち着いているようになった。

それで1日の作業は終わりである。
なつはヘトヘトになってしまい、食べるのが大好きなのに夕食中に居眠りしてしまうほど疲れきる。疲労のせいで夜中の睡眠中にも大きないびきをかくようになった。同じ寝室で寝ることになっている柴田家の子供たち輝男(清原翔)と夕見子(福地桃子)は辟易した。
特に夕見子は、よその子である なつが家族からかわいがられているように思えてイライラしているところなので、ますます憎しみを強めるのだった。

里親の富士子(松嶋菜々子)は、なつを受け入れて入るものの、学校にも行かせずに働かせていることに多少の両親の呵責を抱いていた。
夫であり、なつを独断で引き取った剛男(藤木直人)は、なつ本人が望んでいるのだから、やりたいようにやらせようと富士子に話した。少しでも早く家族に認められようと彼女は必死なのだと説明した。
その意見に、富士子は剛男自身の願望が投影されていることを指摘した。剛男は婿養子であり、家長の泰樹に認められようと悩んでいることを富士子は見抜いているのである。

日曜日になった。しかし、牛を相手にしているため、酪農家に休日はなかった。その日もほとんどいつもと同じだった。

ひとつ違ったことは、泰樹が なつに搾乳をやるよう命じたことだ。
泰樹が簡単にやり方を説明するだけで、なつは見事に搾乳をやってのけた。大人たちの作業を熱心に観察していたので、ほとんど覚えてしまっていたのだ。大人たちは感心した。

しかし、その日、剛男がちょっと目を離したすきに なつの行方がわからなくなった。

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NHK『なつぞら』第2回

昨日、オープニングのアニメーションを見ながら、「北海道のキツネがかわいいのはわかるけれど、エキノコックスという質の悪い寄生虫を媒介するから触るんじゃねぇぞ」とブツブツ言っていた道産子の当方が、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』の第2回めの放送を見ましたよ。

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第1週『なつよ、ここが十勝だ』

東京で戦争孤児だったなつ(栗野咲莉)は、戦死した父の戦友だった剛男(藤木直人)に引き取られ、十勝へやって来た。
剛男は事前に家族に相談していなかったので、彼の家族は必ずしも なつを歓迎したわけではなかった。その雰囲気を感じ取り、なつは居心地が悪かった。ただし、食糧難の東京では見たこともなかったような豊かな夕食を前にして、ひとしきり感激した。特に、酪農家である柴田家の食卓にあがった新鮮な牛乳の美味さには特に感動した。

なつは、柴田家の娘である夕見子(荒川梨杏)とドンパの小学3年生である。剛男と妻の富士子(松嶋菜々子)は、なつを地元の小学校に通わせるつもりでいた。

着の身着のままで十勝へやって来た なつには通学用の服すらない。そこで、富士子は夕見子の服を なつに着せてやることにした。ドンパで背格好も似ているので、その服はなつによく似合った。
しかし、夕見子はそれが面白くなかった。実の娘である自分よりも、赤の他人の子がちやほやされるのは筋が通らないと思い、腹が立つのである。なつが戦災孤児になったことは夕見子の責任ではない。それなのに自分ばかりが不利益を被るのは不公平だとだはんこいた。
剛男と富士子がなだめようとしても埒が明かなかった。

一連のやり取りを目にした なつは、服をもらうことを辞退した。それに加えて、学校にも行かなくてよいと話した。自分はこの家の子供ではなく、使用人として置いてほしいと訴えたのだ。酪農の手伝いをするという名目で置いて欲しいと願い、いつか咲太郎(渡邉蒼)が迎えに来たら出ていくと言うのだ。

なつは誰にも話さなかったが、空襲後の東京でのひもじい日々が自分をそうさせたと自覚していた。生きるためにはどんなにズルいことでもしなくてはならないと学んでいたのだ。
たとえば、焼け野原の東京で幼い妹・千遥(田中乃愛)を連れて物乞いをしていたこともある。大人の同情をひくために、妹には餓死寸前の芝居をさせたこともある。そうすることで、行きずりの老婆(北林早苗)から1本のサツマイモをせしめたこともあった。老婆は「空襲で孫を亡くした。私の孫の分まで食べておくれ」などと言っていたが、なつは礼もそこそこに立ち去った。そうでもしなければ生きていけなかったのだ。
このことは、なつは自分の胸にしまっている。

家長の泰樹(草刈正雄)は、なつが働きたいというのだからそうさせればよいと言って受け入れ、翌早朝から なつは家業の手伝いを始めた。

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NHK『なつぞら』第1回

主題歌のスピッツには興味津々だけれど、広瀬すずさんにはあまり興味のない道産子の当方が、NHK朝の連続テレビ小説『なつぞら』の第1回めの放送を見ましたよ。

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第1週『なつよ、ここが十勝だ』

1945年(昭和20年)3月、9歳の奥原なつ(栗野咲莉)は東京に暮らしていた。実家は日本橋で料理店を営んでいるが、父は満州に出征しいる。母の他、兄・咲太郎(渡邉蒼)、妹・千遥(田中乃愛らと住んでいた。

ある晩、東京を大空襲が襲った。なつは家族とはぐれてしまい、一人で避難所である学校に向かった。しかし、校舎はすでに燃えており、焼けた木材がなつに向かって倒れかかってきた。危機一髪のところを、幼馴染の佐々岡伸哉(三谷麟太郎)に救われ、プールに飛び込んだおかげで助かった。なつを引いて守ってくれた彼の手のことをなつは一生忘れることはなかった。

翌日、実家に戻ると、あたりは焼け野原で、なつの家もなくなっていた。かろうじて、兄と妹は無事だったが、母は死んでしまったという。それからなつは、幼い兄妹だけで生きていかなくてはならなくなった。

しばらくして、父の戦友だという柴田剛男(藤木直人)が訪ねてきた。彼は父の遺書を携えていた。戦地でどちらかが戦死した場合、相手の家に届ける約束をしていたという。それで、満州からの引き上げの足で立ち寄ったのだ。
彼は北海道の十勝出身で、身寄りのなくなったなつを引き取って帰ることにした。

こうして1946年(昭和21年)5月、なつは剛男に連れられて十勝へやってきた。
初めて見る広大な草原にはしゃぐなつであった。

しかし剛男は、なつを引き取ることを事前に家族に知らせていなかった。彼の妻・富士子(松嶋菜々子)や子供たちは剛男の帰還を大喜びするが、なつを連れていることには大いに戸惑った。けれども、剛男からなつの不幸な境遇を聞くと、放って置けなくなった。

ただし、剛男の義父・泰樹(草刈正雄)は反対するのだった。彼は自分の力で十勝の荒れ地を切り開き、なんとか牧場経営を軌道に載せた男である。働き手にもならないような幼女を引き取ることには大反対であった。ましてや、剛男はこの家の婿養子であり、泰樹に反対されると口ごもってしまった。

その時、助け舟を出したのは、泰樹の実の娘の富士子である。すでになつに情が移ってしまった彼女は泰樹に激しく口答えをして、なし崩し的になつを受け入れた。

一連のやり取りを聞いてしまったなつは落ち込んだ。しかし、富士子に優しくされると嬉しかった。同時に、自分はここで生きていくしかないと思うのだった。

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スピッツと俺のその後

2月に参加した音楽教室の発表会ではスピッツの『空も飛べるはず』を演奏したわけだけれど。

その時のレポートはここに置いてあるわけだけれど。何が書いてあったか簡単にまとめると、「大学の同級生のかわいこちゃんがスピッツの大ファンだった」って話がメインだったわけで。
ただし、肝心なところは

風の噂で彼女は結婚したと聞いたけれど、卒業以来一度も会うことはなかった。
そんな中、去年の初冬に僕らは卒業以来20年ぶりに再会した。その時、何があったかは、また別の機会に。

としてはぐらかしておいたりしたわけで。

機が熟したので、その続きを報告しておこうかと。
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足フェチのためのスモーク・オン・ザ・ウォーター by ざじょんくす

NHKの番組『ドキュメント72時間』でも取り上げられた、知る人ぞ知るスタジオペンタ新宿店において、心理学者バンド ざじょんくす のセッションが行われた。

メンバーは、いつもの俺(ギター)、ひぐちま(ギター)、みあたん(キーボード)に加え、ブランクがあるくせにギターの上手いFjsm氏(ギター)、ブランクがあるくせに涼しい顔でベースを弾くSituちゃん、とにかく超絶ドラムを叩くisiくんの6名。
手拍子係兼ボーカルのりえてぃは体調不良のため出演キャンセル。アクセル・ローズ並の大人物である。

みっちり3時間やったんだけれど、ここで紹介するのは最後にお遊び半分でやった超有名曲『Smoke on the water』。事前の示し合わせなしの一発だったのに、一番まともだったという皮肉。
画面には足しか写ってないけれど、何人の足が出てくるか数えながらご覧ください。

 

「ゴリラが出てくるのかな?選択的注意の実験でしょ」(Simons & Chabris, 1999)なんて穿った見方をしたあなたは考えすぎです。

OSK日本歌劇団の『獅子の星』

主演の天輝レオさんと同じ出身地の当方が、OSK日本歌劇団の公演『獅子の星 ~Stella Leonis~』を見ましたよ(於DAIHATSU心斎橋角座)。

のっけから景気の悪い話をするのもどうかと思うけれど、OSK日本歌劇団というのは、かつての関西では宝塚歌劇と双璧を成す少女歌劇団だったらしい。1922年に松竹が設立したという、伝統ある団体だそうだ。その後、近鉄の子会社として長く活動していた時期もあったけれど、2003年ころに近鉄からの支援が打ち切られ、一度解散。翌年ころから有志による存続が行われ、現在に至るらしい。
毎年、10名程度の研修生の募集を行う程度には、きちんと活動しているらしい(研修生募集案内)。今は40人ほどの劇団員がいるようで、宝塚歌劇に比べると規模はずいぶんと小さい。

どうなることかと思って観劇に出かけたのだけれど、思いの外楽しかった。
常設の劇場も有していないらしいけれど、小さめの劇場ならではの雰囲気が良かった。演者と客席が近くて、アットホームな興行だった。
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今日も桜が散る発表会その2

昨日に引き続き、僕が通っている音楽教室の発表会。
各パートの生徒が即席のバンドを作って演奏するというもの。1ヶ月前に一度だけ顔合わせを兼ねたリハーサルを行った後、本番。足りないパートは講師さんたちがサポートしてくれる。

僕は4年間で10曲くらいは出てるはずなんだけれど、毎回思うように弾けなくてとても悔しい。進捗はゆっくりだけれど、それなりに上達はしていると信じるのみだけれど。今日もいろいろ失敗をしでかした。
2ヶ月くらい一生懸命練習したのになー。

本番での緊張のほか、(1)立って弾くことに全然慣れない、(2)使っているアンプが自宅のと違ったり、家ではヘッドフォンだからスピーカーから直接聞くのは雰囲気が違ったり、ステージでは爆音だったりなど、条件の違いによる違和感が気になって集中できなかったり、(3)音源やメトロノームに合わせて演奏するのと、生身の人間相手ではこれまた様子が違っていろいろ戸惑ったり、などなどいろいろと問題があるんだろうなと段々わかってきた。場数で解決されるものと信じたい。

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スピッツと俺と発表会その1

スピッツのメジャーデビューは1991年らしいのだけれど、僕がその存在を知ったのは1997年だった。超有名曲の『空も飛べるはず』は1994年リリースとのことなので、テレビやカラオケなんかで耳にしていたことはあったかもしれないが、そういうバンドがあるとはっきり意識したのは1997年なのだ。

1997年の僕は大学4年生だった。
同時、スマホはなく、ガラケーでも満足にメールが使えなかった時代。電子メールはあったけれど、みながみなパソコンを持っているでもなく。卒論の執筆やら実験の分析やらはパソコンでやるのだけれど、学生たちは大学の研究室のパソコンを使ってそれらの作業をしていたわけで。様々な事情で、僕が研究室のパソコンのお世話係をしていたりしたわけで。

その頃、「ポストペット」というメールソフトがリリースされた。
もちろん僕はAL-Mailユーザーだったので、周りのみんなにもAL-Mailを使わせていたわけだけど。

それでも、「ポストペットという新しいソフトが出たらしい。クマやウサギなどのペットがお手紙を届けに来る。かわいくて女子に人気が出そうだ」なんて噂を聞けば、モテたい盛りだったわけで、当然使い始めるわけで。
ポストペットは、メールをやり取りする双方が使用しないとペットのお届け機能は使えない。一人だけ使っていても意味がないのだ。当然、同級生たちにも使わせた。なんてたって、僕が研究室のパソコンのお世話をしていたのだから。なんてったって、女子学生の多い講座だったのだから。

他のユーザーからお使いに来たペットは、自分のパソコンでアニメで表示される。
他人のペットをなでてあげたり、おやつをあげてかわいがってやることができる。お使いから帰ってきたペットは、相手のところで受けたおもてなしについて報告してくる。なでてもらって愉快だったとか、美味しいおやつをもらって嬉しかったとか。今にして思えば、LINEの既読機能みたいなもの。メールを開かないと相手のペットと遊べないので。

ポストペットでは相手のペットをもてなすだけではなく、「殴る」という機能もついていた。
殴られて帰ってきたペットは、飼い主にそのことを報告する。いくらパソコンの中の電子的なペットだとはいえ、自分のペットが殴られるといい気はしない。だから、通常、ペットを殴ろうとする人はいなかった。

さて、僕の同級生にハナザワさん(仮名)という女子がいた。
酒癖が悪くて、ちょっとガサツで、だみ声系の女子。けれど、色白丸顔ベビーフェイス。
お察しの通り、当方の好みのタイプである。

上記の通り、同級生同士でポストペットでメールのやり取りをしていたのだけれど、ハナザワさんのところから帰ってきたペットは疲弊しているという話が持ち上がった。ペットからの報告書に「ハナザワさんに殴られた。悲しい」というものが頻発したのである。
みんな研究室の中で、声をかければ届く距離で卒論を書いていた(その合間にポストペット)ので、ペットからの報告が来るたびに、「おい、ハナザワ!うちのペットを殴るんじゃねぇ」などと怒号が飛んだ。

しかし、ハナザワさんは完全に否定した。
「そんなことするわけないじゃない。ちゃんと撫でてるよ。リリースされたばかりのソフトだし、バグがあるんじゃない?おかしいね」
目を合わせようとはしなかったし、声も少し上ずっていたけれど。

けれども、天は悪事を見逃さないのである。
ある日、パソコンに向かっていたハナザワさんから悲鳴が上がった。
「きゃー!パソコンがハングアップした!」

パソコンのお世話係 兼 ハナザワさんファンクラブ自称会長の当方は、すぐさまレスキューに向かった。
そこで見た。
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