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今夜のちょっといい話: 相乗りタクシー

今夜は職場の忘年会だった。
忘年会の会場は、京都市内の伏見。

京都の土地勘がない人のために説明すると、僕は会社まで車で5分のところに住んでいる。歩こうと思えば20分くらいで着く距離に住んでいる。電車とかバスとか使う必要もなく通勤できる。
しかし、今日の忘年会はわざわざ電車に乗って20分くらい行ったところで行われたわけである。普段は利用する必要のない電車を利用せざるを得なかったわけである。

で、自宅の最寄り駅まで電車で帰ってきた。ここからはバスに乗らなければならない。
僕が最寄り駅に着いた時刻は21:30。バスの時刻表を見ると、21:20にバスが出発したばかり。次のバスは21:50までやってこない。この寒空の下、20分も待つ気にはなれない。


タクシーに乗って帰ろうと思った。

僕が20分バスを待たなくてはいけないのと同様に、同じくバスを20分待たなければならない人が辺りに何人かいた。
僕がしたのと同じように、腕時計とバスの時刻表を見比べて、「おいおい、20分待たなくちゃいけないのかよ」とがっくりと肩を落としている人が何人かいた。

僕はどっち道タクシーに乗ろうと思った。
僕以外にも、バスを諦めてタクシーに乗りたいと思っている人は何人かいるはずだ。そしてその人たちはきっと僕と方向は同じだろうと予測できた。それならば、タクシーを相乗りした方が合理的である。
ちょうど1年前、やはり忘年会の帰りに同じ境遇に陥ったことがある。そのときは、「タクシーを相乗りしましょう」という一言が言えずに、帰宅後はげしく後悔した。

今日こそは、その時の雪辱として、そばにいた人に「タクシーを相乗りしましょう」と勇気をもって持ちかけた。
幸いにして、相手の人も合意してくれた。

次に2人で相談したことは、タクシー料金をどういう割合で負担するかということだった。
僕は1人で自宅までタクシーに乗ると、およそ800円くらいの料金だということを知っている。
相手の人は、1人で自宅までタクシーに乗ると、およそ1300円だそうだ。

どういう負担割合にするかはいろいろとアイディアはあるけれども、もっとも簡便で分かりやすい方法として、最終目的地(相手の人)まで行くのにかかる費用を単純に2分しようということで合意を得た。
本来なら800円かかるはずの僕のタクシー料金が650円ですむので、僕は何も損をしない。
相手の人も本来なら1300円かかるはずのタクシー料金が650円ですむので、特に損をしない。

「じゃあ、最終的に料金を払うあなたに、僕は650円払いますね」
と言いつつ、財布を開いた。
財布の中には、5千円札が1枚と千円札が1枚、そして10円玉が1枚と5円玉が1枚しかなかった。

「千円お渡ししますから、350円のおつりをくれますか?」
と僕が持ちかけたところ、相手の人は「僕も小銭を持っていない」とのこと。

「じゃあ、タクシーの運転手さんに両替してもらって、それでお支払いしますね」
ということで、納得してもらった。

果たして、タクシーに乗り込み、僕は千円札を運転手さんに渡した。
僕は「100円玉10枚ください」と言うつもりだった。50円玉がなくてきっかり650円渡すことはできないのだけれど、700円渡せばいいと思ったから。
しかし、僕がそれを言うよりも早く、相手の人が
500円玉を2枚にしてくれればいいです
と言ってしまった。

そしてタクシーの運転手さんは、言われたとおり500円玉を2枚くれた。

僕は、相手の人に、「それでは、150円不足しますよ」と言ったのだけれど、相手の人はニコニコと「いいよ、いいよ」と言ってくれた。
つまり、最初の合意(最終的な料金を割り勘にする)を一方的に、しかも彼にとって不利になるように変更してくれた。

たった150円の話だ。
木公はなにをケチくさく、しみったれた話をしているんだと、読者はお思いだろう。

しかし、初対面の見ず知らずの僕に譲歩してくれたという、彼の人間性に惚れた。尊敬に値する。

タクシーに相乗りしている10分間、当たり障りのない会話しかしなかった。
「最近、この街も急速に発展してますね」とか何とか。

僕が本当に話をしたかったのは、彼がどこに住んでいて、何という名前の人かということだ。
そして、たった150円のことだけれど、彼にきちんとお金を返しに行きたかった。
それが人として正しい行動だと思うから。

でも、勇気がなくて、彼の名前も連絡先も聞くことができなかった。
まだまだ修練が足りないと思った。

タクシーから降りるとき
「今日は、多めに払ってくださってありがとうございます。次回、いつ祝園駅で一緒になるかわかりませんが、もしかしたらもう二度と会えないのかもしれませんが、もしもう一度タクシーを相乗りすることがあったら、今日の不足分をあわせて僕が負担します。ありがとうございます。」
というのが精一杯だった。

「一期一会」という言葉があるけれど、相手の人は一期一会でもっとも最適な行動をした。
僕は一期一会で、不適切な行動をしてしまったという負い目がある。
とにかく、すげぇ悔しい。
自分は高潔な人間だと信じていたけれど、今日一緒になった人の高潔さにきっと僕はかなわない。
本気で悔しい。

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