「JR札幌駅の<水の広場>の脇の喫茶店の奥の方が、もっと涼しいもんね。冷房からの直撃冷風が吹き付けて、セーターを着ても寒いくらいの極楽体験ができたんだ。知らないだろう?」
p.103 「熱い論争」
もともとが寒がりなため冷房はキライで、京都府に移住してからもクーラーなしの家に住んでいる当方なので、札幌市内で一番涼しいところはどこかなどという、酔っ払いの戯言には興味はないのだが。
しかし、そこで取り上げられている「JR札幌駅の<水の広場>の脇の喫茶店」は看過できない俺がいる。
その喫茶店は、要するに札幌PASEO地下1階のUCCカフェコンフォートだ。
別に、直撃冷風を求めたわけではないが、この店には何度も行ったことがある。
直撃冷風の当たる奥の方の席に座った記憶はあまりないけれど。
壁のない、噴水そばのテーブルで、ワッフルを女の子とシェアして食べた記憶が残っているよ。
つーか、学生の頃お付き合いしていた女の子がいて、その彼女の大親友という女の子がこの店でバイトしていたので、僕らは頻繁に出入りしていたわけで。
彼女らが無二の親友だということは分かっているんだけれども、僕はそれほどあっちの女の子と仲が良いわけではなかったので、なんとなく落ち着かない感じだった覚えがあるけれど。友達の目があるから、僕たちもおおっぴらにイチャイチャできるわけではないので、手持ち無沙汰になったり。かといってソソクサと帰ってしまうのも、バイトしている彼女に「機嫌を損ねるようなことをしたかしら?」と不安に思わせてしまうんじゃないかと、いろいろ気を使ったり。バイト中の彼女は油を売りまくるわけには行かないので、かいがいしく働いているが、時折僕の彼女の人とアイコンタクトを交わして「ウフフ」「アハハ」なメッセージを送りあい、その瞬間、僕は完全に蚊帳の外で、やっぱり内心居心地が悪かったり。
ところで、バイトしていた方の女の子にも、恋人がいて。僕の彼女経由で、その男の子の話は何度か聞かされた。しかし、僕は女の子の噂話には興味があるけれど、顔も知らないような男の噂話にはまったく興味が持てなくて。かろうじて、そいつの苗字は記憶することができた。あと、彼も僕も、同じ学科に進学したがっているという情報だけは忘れずにいた。
いざ学科に進学して、新歓コンパが開かれて。全員の座席がくじ引きで決められて、僕のテーブルには革ジャンをビシッと着て「私は、卒論の準備で忙しくて、こんな飲み会に出ている場合じゃないのよね」と遠い目で呟いている4年生のオネーサン(美人)と、卵型の顔面輪郭の上に超ショートカットを載せた3年生のオネーサン(都会派)と、オネーサン(美人)のコメントにいきなりビビりまくって恐縮している当方(新人)と、同じく挙動不審に陥ってしまった垢抜けない男(新人)の4人が配置された。
3年生のオネーサン(都会派)と、4年生のオネーサン(革ジャン)には太刀打ちできないという自分の能力を自覚している当方は、とりあえず横に座って空気に呑まれている彼に話しかけてみた。
それから卒業までの2年半は、レポート締め切りの前日には魚や一丁で「現実逃避飲み会」と題した会合を開催し、授業が休講の時には一緒に自主ゼミを行い(テーマは「タッチにおける達也と孝太郎の友情」)、「来年はエヴァンゲリオンをテーマに自主ゼミを行おう」と約束したものの果たせなかったり、生涯で3回しか合コンに行ったことのない当方の記念すべき第1回目の合コンに一緒に出かけたのが彼だったり、とそれはそれは筆舌に絶しがたい友情を育んだわけである。
卒業式もガッチリ肩組んじゃったり。
#懐かしくなって写真を探してしまったよ。
僕らも仲良しだし、彼女同士も仲良しだし、ここまで来ちゃったら、もう3Pだの4Pだのというプレイを楽しんでもおかしくないよね。いや、なかったけど。
おかしい、おかしくないの前に、アイツの彼女(つまり、僕の彼女の親友で、喫茶店でバイトしていた方)が、当方のストライクゾーンを大きく外れていたので、幸いにしてそういう倒錯した世界に踏み込まずに済んだという事情があるのだが(向こうの彼女が永作博美とか渡辺満里奈の系統だったらヤバかったかもしれない)。
にこやかに卒業式を迎えた僕らだったけれど、彼は就職に失敗してしまって(ご存知の通り、僕は大学院に進学)。しばらくは連絡を取り合っていたのだけれど、生活スタイルが乖離するに連れて、だんだん疎遠になっていってしまったり。生活スタイルが乖離したといえば、僕と当時の彼女との間も、そんな感じで歯車がおかしくなってきたり。まぁ、そういうのって、わりとよくある話だが。
1年くらい経って、彼に久しぶりに会ったら、俺の知らない年下の女の子とねんごろになってるって話だったし。僕も僕で「おいおいおい、俺の彼女の親友を裏切りやがって!」とは非難できるような状況になかったし。
そこはそこで、男同士で苦笑したら、話のケリがついたような、つかなかったような。
その頃、東急さっぽろ店の人気が少ない階段を登っていたら、向こうから親友(♂)の元カノ(かつ、僕の元彼女の大親友)が降りてきたり。何もかも気まずくて、僕は一目散に振り返って逃げた。
人生の中で、人の顔を見て逃げたのは記憶にある限り2回だけで、これは貴重な1回。
そんな、どうでもいいことを東直己のエッセイでつらつらと思い出し、よせばいいのに文章にして公表してしまう夜。
内容は暗いが、3週間半後に控えている札幌旅行が楽しみで、内心はハッピーな当方がいる。
時間があったら、水の広場横の喫茶店にも行ってこようと思う。
#さすがにもう、気まずい人物はいないだろうし。