原著者の Robert Crease が Physics World 誌上で読者に推薦を募り、300件もの実験の中から選び出して報告している(元記事はこちら)。
それを書籍としてまとめたのが、本書である。
本書で取り上げられている研究は以下の通りであるが、物理学の門外漢でもなんとなく聞いたことがあるようなものばかりだろう。
- エラトステネスによる地球外周の長さの測定
- ガリレオによる落体実験 (いわゆる「ピサの斜塔」)
- ガリレオによる斜面を使った加速度の測定
- ニュートンのプリズムを使った光の分解
- キャヴェンディッシュの地球の比重の測定
- ヤングによる光が波動であることの実証
- フーコーによる地球が自転していることの実証 (いわゆる「フーコーの振り子」)
- ミリカンによる電子の観測 (「油滴実験」)
- ラザフォードによる原子核の発見
- 現代科学者たちの量子力学の実証
ただし、やっぱり門外漢の当方にとっては、時代が下がるに従ってなんのこっちゃよくわからない実験になってきたけれど。
本書の優れている点は、単に教科書で終わっているのではなく、題名にもあるとおり「美」の観点から往年の研究をまとめている点と言えよう。
ただし、「実験に美がある」とか言うと、胡散臭い科学オタクっぽく聞こえてしまうことは筆者も容易に予想できたようで、何をもって「美」とするかきちんと定義してある。
「美しい実験」であることには3つの要件があり、それを「深さ」、「効率さ」、「決定的」としている。
「深さ」とは、実験結果が基本的であること。
例えば、エラトステネスが測定した地球の外周は、それまで人類が知りえなかった基本的な事柄を深く理解させてくれる。
「効率さ」とは、ある事を知るのに実験デザインが過不足なく経済性が追求されていること。
エラトステネスの例では、幾何学の基本的な知識と地表に影を落とす日時計さえあれば、簡単にできてしまう (正しくは、太陽の回帰に関する天文学の知識とか、距離のわかっている2地点間とか、その他いくつかのものも必要だね)。
「決定的」とは、それまでの世界観を覆すような大きなインパクトを持つことである。
同じくエラトステネスに関して言えば、彼の作業によって、図らずも「地球は丸い」という仮説の正しさを証明したことになるのである。
#太陽がものすごく遠いところにある限り、平坦な地上の2地点で日時計の作る影の大きさが異なることはないから。
この結果、人間の有する世界観が大きく変革されることになる。
この3つの観点には、激しく同意。
特に、3つ目の「決定」。
ニュートンのプリズムを用いた「決定実験」(と、彼自身呼んだらしい)以前の人々は、「純粋な光は白色をしており、そこに不純物が混じることによって他の色に変わる」と信じていたらしい。
現代人ならたいていの人が知っているように、この考えは全く逆で、光には元々”色が付いて”いて、全部混ぜると白色に見えるのである。
この事実を、プリズムを使ってデモンストレーションし、ニュートンは人々の光に関する考え方を180度変えてしまった。
この「決定さ」にしびれる。
現代物理学の最先端である、「量子」の話。
原子よりもっと小さい量子と呼ばれる “粒” は、「ここにあるけれど、ここにはない」状態になるとか、「粒を1個だけまっすぐに飛ばしても、何もないところで波のように干渉を受ける」とか、話だけ聞いたら “なんのこっちゃ?“の世界だけれど、2重スリットを使った実験を見せられると、量子の我々の常識を超えた振る舞いを信じざるを得なくなる。
狐につつまれたような印象だが、自分の想像を超えた事実にしびれる。
そんなわけで、この本を読んで「美しい実験(研究)」の一端を垣間見ることができる。
いずれも小難しい物理学の話だけれど、筆者の力量か、門外漢でも注意深く読めば実験の内容を十分に理解できるように書かれている。
また、単なる教科書ではないので、各研究者の生い立ちや変人ぶり(人付き合いが大嫌いなキャヴェンディッシュは、メイドと顔をあわせなくて済むように、屋敷の中に隠し階段を作ったとか)もバランスよく配置されていて、飽きずに読める。
ただし、各章末に挿入されている、著者 Crease の「美そのもの」に対するエッセイは、正直浮いてたし、どうでもよかった。
#そういう観念的な話についていくほどには、当方は成熟していないし。
ところで、この本で扱われているのは、あくまで「物理学」関連のみ。
募集の段階では、生物学や心理学の実験も寄せられたそうだが、本編には収録されていない。
同業者にはおなじみの、ガルシアによる味覚嫌悪学習 (通常、オペラント条件付けには複数回の学習が必要だが、嫌悪感を伴う味覚刺激ではごく少ない回数で条件付けが起きるっているアレ) とかが推薦されたらしい。
僕はとりあえず、Axelrod の「囚人のジレンマ トーナメント」に1票かな (厳密に心理学実験ではないけれど)。
利己的な行動主体同士の間で協力関係ができうるという結果は、基本的だし。
広く一流の学者から戦略を提案してもらうというやり方で、効率よく解の探索範囲を広げたし。
ホッブズ以来の「万人の万人による闘争」が、社会契約なしに解決されうると示した点で、それまでの常識を決定的に覆したし。
なお、この話を詳しく知りたい人は、「つきあい方の科学」が鉄板。
そんなわけで、話は戻って「世界でもっとも美しい10の科学実験」は超オススメ。
単純にお勉強として読むもよし、人生観とか世界観とかいろいろ考えるきっかけとしてもよし。
表紙の科学者たちのイラストもかわいい。