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『聖の青春』(大崎善生)

村山は旅立った。どこからどういうルートで向かったのか大阪から函館に着くまでに、6日間を費やしたという。
 (中略)
「北海道って、花ばかり咲いていて、何もないところなんですね」
電話の向こうで村山は、とても晴れがましい声で言った。
それでいいんやと、口には出さなかったが森は思った。それを知るために旅があるんだ。

ガイドブックも何もない、行き当たりばったりの旅に憧れてしまいますな。
本に書かれていることを確認しにいく旅じゃなくて、自分で何かを発見する旅をしたいですな。


引用は、『聖の青春』(大崎善生)pp.201-202より。

村山聖と森信雄は実在のプロ将棋棋士で師弟。『聖の青春』は、幼い頃から不治の病に侵され、将棋にのみ打ち込み、29歳で亡くなった村山聖の伝記。

体が弱いせいで入退院を繰り返し、通常学級にも十分に通えなかった村山。対局の日に起き上がることができずに、不戦敗になることもしばしば。
酷いときには、自宅で飲み食いもせずに何日間も寝たきりになったりしたそうだ。こんなに大変な病状なのに、故郷・広島を離れて大阪で一人暮らしをしていたり。だから、師匠の森がちょくちょく様子を見に行くと、憔悴しきって発見されるそうだ。彼は寝込むときに、水道の蛇口をちょっとだけひねってわざと水滴の音が鳴るようにしていたそうだ。水滴の音が聞こえている限り、自分は生きていると実感できるからだそうだ。

そんなに壮絶な半生を生きてきた彼が、生まれて初めて一人旅をしたというくだりが、冒頭の引用。
病床と将棋盤くらいしか世界を知らない彼が、大冒険をしたのがすごいし。どこか滑稽で素っ気無い旅の感想を、肯定的に受け止めてやる師匠の懐の深さも素晴らしい。
そして、そのやり取りを読者として垣間見て、ちょっと感動している俺がいる。

まだ半分しか読んでないけれど、読み始めたら止まらなくなってしまった。

ちなみに、こう見えて、小学校時代は将棋少年だった当方(苫小牧・小中学生名人選で優勝したという過去もあったり)。ちょうど僕が将棋少年の絶頂だったときに、村山聖がデビューした。だから彼の存在は昔から知っていた。
羽生善治と同時期の人でライバルだと言われていたのだが、僕は羽生の方が凄いと思っていた。村山は中卒17歳でプロになったのだが、羽生は中学在学中の15歳にプロになったし。羽生は昔から寝癖こそ付いていたけれど、東京都下の中産階級の家の出だったので小奇麗だったし。それに対して、村山はむくんだ顔に伸ばしっぱなしの髪や爪で不潔な印象しかなかった。不気味な見た目なのに、少女マンガを読むのが趣味だと公言していたので、ますます気味が悪かったし。

そして、自分が健康児だったために、病気に苦しむ人の心境が理解できないどころか、社会の落伍者のように思う残酷さまで持ち合わせていたし。

それが、自分も30歳を超えて、「世の中にはいろいろな人がいるんだなぁ」という人生の経験を有したことで、ある日突然、村山聖のことが俄然気になりだした。小学生時代に、村山に対して持っていた偏見を反省し、恥入り、彼がどのように生きて、そして死んでいったのか調べてみようと思った。
それが、本書を読み始めた動機。

羽生善治が天才だってことは認めるけれど、今の僕は彼のスマートな人生よりも、村山聖のがむしゃらな人生の方が興味深いなと思う。

なお、羽生善治が天才だってことは認めるけれど、畠田理恵があの寝癖頭と結婚したことを未だに解せないことが、羽生に興味を失った理由の一つかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

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