【購入判断部門】 の課題図書、『10万年の世界経済史』の読書感想文です。
邦訳のタイトルは、嘘はついていないけれど、ちょっと中身を正しく反映しているとは言えないかもしれない。しかしこのタイトルだから僕は本屋で気が付き買いました。そして読んでみて、買ってよかったと思っているので、邦訳版の編集者は良い仕事をしたと言えるのかもしれない。原題の”A Farewell to Alms”だったら、仮に僕が英語ネイティブだったとしても、見落としていたかもしれない。
内容を簡潔にまとめましょう。著者の第一の主張は、農耕牧畜の開始などはあったものの、産業革命以前の世界において、人間社会を支配する経済原理はずっと同じであった、というものです。そういう世界を著者はマルサス的世界と呼んでいます(恐らく経済学での標準的な呼び方なのだろうが、僕は経済学者でないのでわかりません)。10万年前からごく最近まで、世界はマルサス経済だった。という意味で、邦訳タイトルの「10万年の世界経済史」というのは、間違いではありません。ただこういうタイトルだと、10万年の笑いあり涙ありの人類の紆余曲折の歩みが描かれていることを期待してしまうので、そういう点では肩透かしかもしれない。ずっとマルサスだった。そういう話なので。
さて、マルサス的世界とはどういう世界か。簡単に言ってしまうと、技術が発展して生産力が増加すると、その分、人口が増えるので,結局一人当たりの豊かさは増加しない。そんな世界です。技術革新が豊かさをもたらしてくれる現代社会に生きる者にとっては、ちょっと謎な感じがします。でも生物としてのヒトを考えれば、むしろこのほうが自然です。たくさん食べられるようになったら、数が増える。だから一人当たりが食べられる量は変わらない。そんなこと、地球上のいたるところであらゆる種類の動物がやってますね。そうした自然の摂理が、10万年間続いてきた。著者はそう言うのです。
しかし産業革命以降の社会は違う。そこでは技術革新によって一人当たりの豊かさも上昇する世界が現れた。本書の第二の主張はここにあります。むしろ、なぜ新たな世界が成立しえたのかという疑問こそが、本書の中心的な疑問である。その意味でも「10万年の世界経済史」という邦訳タイトルには、ちょっと正しくないところがあります。
それでは産業革命を可能にしたものは何だったのか。なぜ最初に起きたのがイギリスだったのか。そしてイギリスに続いて産業社会へと転換した社会と、それができなかった社会の違いは何なのか。いくつかのポイントが挙げられていますが、その中でひとつ、著者はドキリとする仮説を提示しています。それは「遺伝子=
文化共進化」と呼ばれるアイディアと、基本的には同じものです。そしてその主張には、恐ろしいことに説得力があると、私は思いました。どういう主張なのか。
それは本書を読んでのお楽しみとしましょう。最後に。冒頭、著者はこの本をして、ジャレド・ダイアモンドの著作にも通じる、Big Historyを扱ったものだと述べています。それは確かにそうです。しかし基本的には経済史の本です。ですから、僅かながらとはいえ、数式や図もでてきます。それは良いのですが、それらの数式や図の説明において、経済学における常識(基礎知識)がないと、理解に時間のかかる部分もありました。特に邦訳を読んでるために、自分が悪いのか、ひょっとして翻訳が間違っているのか不安に思う箇所がいくつか合ったことは述べておきましょう。その点で、ダイアモンドの本のように、一気呵成に読むことはできなかったことは告白しておきましょう。
ひょっとすると、英語で読んだほうがスムースに読めたのかもしれません。まずはGoogle Booksでお試し読みするのが良いかなとも思います。さて、本書。買うべきか、買わざるべきか。ふぅむ。
読むべきか、読まざるべきか。と問うならば、読んでみるべきです。その価値は
あります。
※文章中、原題が不正確だったので”A Farewell to Alms”に直しました。