彼女と出会ったのは、僕が京都に住んでいた時分だ。もう何年も前の話である。
そして現在、僕は神奈川に住んでいる。彼女とは、いわゆる遠距離恋愛という関係だ。
さる3月25日未明、僕たちはいつものようにビデオチャットでおしゃべりをしていた。
数日前から、僕はブログのエイプリル・フールのネタを考えあぐねていた。ていうか、彼女にいくつか原案を提示したのだが、ことごとく却下されていた。ネタに対する彼女の査読はわりと厳しい。
その日はそれとは別に、「そろそろ結婚のことを正式に考えようか」という話になった。なんとなく。
両家の顔合わせはいつにするかとか、そもそも親には交際を打ち明けてないからどうしようとか、届出をするのはいつ頃で、一緒に住み始めるのはいつにしようかなどなど、半分真剣に、半分冗談めかして話していた。
結局、大事な話は一つも決まらなかった。けれども、ふたりの関係を電撃発表してみんなを驚かせてやろうということは合意に達した。こういうネタ好きなところは、僕と彼女は本当によく気が合う。
ふと、彼女が「木公のプロポーズ大作戦」とつぶやいた。
エイプリル・フールのネタとして、僕がブログでプロポーズの方法を募集すれば面白いと言うのだ。
(1) 僕に恋人がいるとは思っていなかった読者は驚く。しかし、4月1日だからウソだと思うに違いない。・・・でも本当のことなのに(笑)。
(2) 僕たちの関係に薄々気づいている人々は、「ああ、やっぱり」と思う。しかし、4月1日だから「いやいや、待て。これはウソかもしれないぞ。そもそも付き合ってすらいないのでは?」と悩む。・・・ザマアミロ(笑)。
(3) 裏の裏を読んだ読者はこう思うだろう: 木公がプロポーズしたいと思っているのは本当だ。しかも彼は、この記事をもって本気のプロポーズとするつもりに違いない!今頃恋人は、この記事を読んでびっくりしてることだろう。・・・黒幕は恋人本人なのに(笑)。
などなど、とても複雑な仕掛けのしてある、良いネタになると言う。
僕の恋人は、本当に賢くて愉快な人だと思う。僕はすぐに賛成し、採用を決めた。
ふたりで盛り上がっていたのだが、ビデオチャット画面に映る彼女の表情が少しずつ曇ってきた。
「もしかして、本当にそれでプロポーズを済ませるつもりじゃないでしょうね?読者からロマンチックなプロポーズを募集するのはいいけど、あなたはそれを上回るプロポーズ方法を考えて実行しなくてはならないのよ。」
と言うのだ。
俺、絶句。
しかも、ふたりの生涯の大切な瞬間を、公のブログで面白おかしく脚色することは人として許されるのだろうか?
もっと上品で、穏やかに、ふたりだけの思い出に残るような、それでいて親しい人々や子孫には「木公くんはこんなに素敵なプロポーズをしてくれたのよ」と彼女が自慢できるようなものにしなくてはならないのではないか?
僕は、とっさに、思わず、「今言います。結婚してください。」と口走ってしまった。
その日は休日で、髭も剃らずシャワーも浴びないボサボサ頭で、指輪もないし、ビデオチャット越しだった。セリフに何の工夫もない。
けれども、世間にネタを発表する前に、確固とした事実として、きちんと彼女に求婚しておく必要があると思ったのだ。
しかしそれは、どう見ても場を取り繕った、言い訳のようなプロポーズだった。
彼女はますます眉をしかめた。そりゃ、そーだ。
しかも、僕は
「あ、今のは練習。っつーか、プレ・プロポーズということで。本番はもっとちゃんとロマンチックなやつを行いますから」
などと、火に油を注ぐ始末。「プレ・プロポーズ」という言葉が特に悪かった。ますます怒られる俺。
その後はどうなだめたのか、実はちゃんと覚えていない。しかし、僕がどれだけ彼女のことを大切に思っているか、真剣に説明したはずだ。
その熱意だけは通じたようだ。
「こんな私でいいですか?嬉しいです。」
と言って、彼女は目を潤ませながら答えてくれた。
彼女の涙を拭いてあげられないのがもどかしかった。遠く離れている彼女を泣かせるなんて、自分はなんてひどいことをしたんだろうと反省した。
しかし。これは悪い涙じゃない。
「これから一生、あなたには絶対に悲しい涙を流させません。そのかわり、たくさんたくさん嬉しい涙を流させます。」
そう約束した。
みらいを明るくするべく、これから頑張る所存です。