アダムス&カーワディン『これが見納め―― 絶滅危惧の生きものたち、最後の光景』を読んだ

『これが見納め―― 絶滅危惧の生きものたち、最後の光景』の著者ダグラス・アダムスはSF作家、マーク・カワーディンは動物学者。そんなふたりが、絶滅危惧の動物を観察に行くというノンフィクション作品。

1988年ころ、BBC(英国放送協会)のラジオ番組の企画として世界を旅し、その時の模様を書籍化したものだそうだ。原著は1990年に出版され、その後何度か版を重ねるベストセラーらしい。翻訳は2011年に初めて出たので、取材からは約四半世紀経っての出版となる。それを、取材から30年経とうかという今日、僕が読んだわけである。
翻訳の出版にあたっては、本書に取り上げられている絶滅危惧種のその後の状況について注が付けられている。著者のカワーディンのチェックを受けて掲載しているとのこと。真面目な本です。

その間、本書で取り上げられている動物のうち、保護活動が功を奏して個体数を増やしたものもいれば、完全に絶滅したと考えられているもの(ヨウスコウカワイルカ)もいるそうだ。
あと、文章のほとんどを担当したダグラス・アダムスも2001年に絶滅した。残念なことである。

ダグラス・アダムスといえば、ユーモアSFの金字塔『銀河ヒッチハイクガイド』で有名。同作品は、「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」は42と主張していることで特に有名。読んだことない人にとってはなんのこっちゃって話ですが、読んでみればなんで42なのかがわかるだろうし、その意味するところもわかると思うので(ついでに、なぜ我々の生きている地球があるのかもわかるかもしれないし、わからないかもしれない)、一読することをお勧めします。
『銀河ヒッチハイクガイド』を読んで気に入れば、本書『これが見納め』を気に入るだろうし、その逆もまた然り。

『銀河ヒッチハイクガイド』は究極の疑問の答えを巡る物語なのだけれど、そのほとんどが主人公たちの宇宙での珍道中に割かれている。
『これが見納め』は世界の絶滅危惧種を巡る物語なのだけれど、そのほとんどが著者たちの珍道中に割かれている。
そして、いずれもイギリス人特有の回りくどいけど知的なブラックユーモアが満載で楽しい。
#どこかで『東海道中膝栗毛』の弥次喜多珍道中になぞらえているのを見たような気がするけれど、『水曜どうでしょう』みたいな感じと言ってもいいかもしんない。

共著者のカーワディンと初めて会った時の描写であるとか、コモドオオトカゲの観察ツアーで一緒になったアメリカ人団体に辟易した話であるとか、ザイール(現・コンゴ民主共和国)の官僚的な入国審査に腹を立てることであるとか、中国でコンドーム(マイクに被せて水中の音声を録るため)を買おうとして苦労したことであるとか、イヤミなフランス人と同席してイライラしたことや、人嫌いの環境保護職員に嫌われたことなどが、これでもかと面白おかしく書いてある。

序文でリチャード・ドーキンス

わたしが一度も吹き出さずに読めるページは、この本にはたぶん一ページもないと思う。

と書いている。
最初僕はいくらなんでも大げさだろうと思ったのだが、実際に読んでみるとドーキンスの2倍は笑ったと思う。今日のお昼ころ、精華台のジョイフルの一番端の席で、声を押し殺しもせず本を読みながら笑っていたオッサンがいたら、それは僕だ。
ほんとうに、ほんとうに、ユーモア作品として秀逸だ。

そして、とても不思議な事は、一見すれば人間の滑稽さとか身勝手さをこき下ろしているブラックユーモア・ノンフィクションなのに、気付いたら環境保護に関してじっくり考えさせられていた。アダムスがどこでどんなトリックを使ったのかよくわからない。
前から順に読んでいくだけで、自然にそう仕向けられていた。こんな不思議な気持ちになったのは、アレン・カー『禁煙セラピー』を読んだ時以来かもしれない。

動物の話そっちのけで、アダムス本人の自虐ネタや面倒な人々にイライラさせられる話ばかり書いてあったはずなのに、ちゃんと動物の話に着地してくる。

ていうか、アレだ。
上のパラグラフは「動物の話そっちのけ」ってのが誤りなのかもしれない。だって、人間だって動物だもの。そもそも動物の話しか書いてないや。

コンゴには行ったことないので今でも入国審査がクソ面倒かどうかは知らないし、中国にも行ったことがないので現地でコンドームを買う(使う相手いないけどな!)のが今でも一苦労するのか知らないし、フランス人と接した経験はほとんど無いので彼らがイヤミなのかどうかは知らない。
けれども、そういう動物が今では絶滅してくれていたら、アダムスたちの時代で「見納め」になってたら、と思う。
世界はそれだけ豊かで、明るく、賑やかな場所になっているはずだから。

僕の読み方が間違ってるだけかもしれないけれど、この本は人間を含めた動物一般に関する本で、その良いところも悪いところもできる限り記録して、未来のあるべき姿を考えましょうという本だと思いました。
30年前からのメッセージを今受け取っても、何ら遅くなかった。