終わるものもあれば、始まるものもあるってことですよ。
周囲からはナチュラルメイクの戦慄かなのと言われているとかいないとか。
わかるやつだけわかればいい。
強風で折りたたみ傘が手から離れて飛ばされてしまった上、会社帰りの薄暗い中でそれを見失ってしまい、そばにいた人に指さされたところを見ると10数メートル彼方に転がっており、恥ずかしい思いをしながら拾いに行った当方が、NHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』の第2回めをNHK+で見ましたよ。
隣町でコレラ患者が発生したという。しかし、宿屋の客がたった一人罹患しただけで、その宿屋はすぐに閉鎖して消毒処理されたという。
りん(見上愛)たちの暮らす農村には感染拡大はなさそうだということで、家族も村人たちも安堵した。
りんと妹・安(早坂美海)は、父・信右衛門(北村一輝)から初歩的な教育を受けている。信右衛門は娘たちを女学校に行かせたいと思っていたが、今の暮らしではそれが叶わないのだ。信右衛門は娘たちにすまないと頭を下げた。
娘たちは父から学べれば十分だと答えたが、信右衛門は学問の重要性を改めて説いた。
今のような変化の激しい時代には、一時の風に流されず、自分で本質を見極めることが重要である。そのためには学問が大事だと話した。
そして、「学ぶことは世をわたる翼となり、身を守る刀となる」と語った。
りんは、それに感じ入った。
母・美津(水野美紀)は、りんの妹・安を連れて東京へ向かった。
元々りんに持ち込まれた縁談であったが、本人が乗り気ではなく、むしろ安が大いに興味を示した。そこで安を嫁に出そうということになったのだ。その顔合わせのために上京した。
ふたりが東京の街を歩いていると、背後で騒ぎ立てる女と男の声が聞こえた。
振り返ると、直美(上坂樹里)がスリを捕まえて財布を取り返しているところだった。その財布というのが、美津のものだった。さっきすれ違いざまにぶつかった隙にスられたのだ。
直美は見事にスリの男を組み伏せると「貧乏な田舎者から金を盗むな。金を盗むなら金持ちから盗め」と罵った。スリの男は直美の素性を知っており、腕を締め上げられながらも直美のことを「耶蘇のみなしご」と罵り返した。
そのやり取りを聞いた美津は、親のないことをバカにした男のことが許せなくなった。男が持っていた木の棒を奪い取ると、身に付けている薙刀の技で男をしたたかに打ちつけた。男はほうほうの体で逃げ出した。
美津は直美に向き直ると、金持ちであっても金が盗まれていいわけではないと、直美の煽り文句をたしなめた。礼を言われると思っていた直美は面食らった。
美津と安が東京で騒動に巻き込まれている頃、りんの村でコレラ患者が発生した。
すぐさまその家は封鎖された。遠巻きに集まった村人たちは、コレラの家を冷ややかな目で見た。
りんと虎太郎(小林虎之介)は、好きで病気になったわけではないと声に出すが、村人たちの態度は変わらなかった。
その直後、虎太郎の母・栄(岩瀬顕子)もコレラに感染した。彼女は病院へ運ばれていった。
りんは医者に診てもらえるなら安心だと思ったが、村人の話によれば、彼女が連れて行かれるのは隔離病院であり、そこから生きて帰ってきたものはいないのだという。貧乏人はろくな治療も受けられず、ただ隔離されるだけだというのだ。
今シーズンの根性だめしを始める当方が、NHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』の第1回めをNHK+で見ましたよ。
明治15年(1882年)、文明開化によって東京府は目まぐるしく変化していた。人々は西洋の目新しいものをどんどんと取り入れ、競うようにそれを互いに見せびらかしていた。
そんな街の中で、大家直美(上坂樹里)は異彩を放っていた。
彼女は誰も着ないような古臭い江戸風の装いで歩いていた。マッチ箱製造の手工業で糊口をしのいでいるが、そもそもが薄給のうえ、しくじって材料を無駄にするとその分が給金から引かれてしまう。しかも、親のいない孤児であった。そのようなわけで、好むと好まざるとにかかわらず、薄汚い格好しかできないのだった。
それでも、直美は自分の境遇を嘆いてはいなかった。
小綺麗な格好をした女学生たちにバカにされても
「いかにも、私がみなしごで耶蘇の貧乏女ですが、なにか?」
などと堂々と言い返す強気な性格でもあった。
同じ頃、栃木県那須の農村には17歳になる一ノ瀬りん(見上愛)が暮らしていた。そこは東京の繁栄とは正反対なのどかな田園風景で、彼女は百姓の娘として農作業に従事していた。
彼の父・信右衛門(北村一輝)は、藩の筆頭家老を勤めていたほどの名士である。しかし、ご維新の時に突如として武士を辞め、百姓になった。りんは当時3歳であり、父が武士を辞めた事情を知らない。誰に尋ねても理由を教えてくれなかった。
それでも、父・信右衛門は今でも周囲からの尊敬を集めている。旧藩の関係者は近所に大勢暮らしており、彼らは今でも信右衛門のことを丁重に扱う。家来の中村(小林隆)などは、今では県役人として立派に勤めているが、足繁く信右衛門を訪ねては政府への仕官を勧めてくる。
しかし、信右衛門は百姓の暮らしを変えるつもりはなかった。ただし、頻繁に農作業の手を休めては和歌を詠むなど、どこか浮き世離れしているところもあった。
一方、りんの母・美津(水野美紀)は表面では信右衛門に従っているものの、自身が旧藩主の一族出身ということもあり、内心は家名復活を望んでいた。今でも娘たちに薙刀の稽古をつけ、気位が高かった。
りんと、2つ下の妹・安(早坂美海)は年頃ということもあり、いつか自分たちが結婚する時のことを考えずにいられなかった。女の人生はどこに嫁ぐか次第であり、商家の妻はどうだ、宿屋の女将はどうだなどと、浮ついた話に終始していた。
そんな矢先、りんの縁談話が持ち上がった。相手は東京で手広く商売をしている商家の長男だという。妹がふたりいて、なかなかの男前だという。妹・安は滅多にない良縁だと言って、自分が嫁になりたいと騒ぎ出す始末だった。
しかし、りんは乗り気がしなかった。一ノ瀬家を継ぐためには婿を取らねばならない。大きな商家の長男が婿に来てくれるはずなどないからだ。家のことを思えば、今回の縁談は成立しないと思った。
けれども、父・信右衛門は婿を取らなくてもいいと静かに話した。りんが幸せになるのが一番で、家のことなど考えなくてよいというのだ。
その日は、結論は出ず、保留となった。
実はりんは、近所の百姓の息子・虎太郎(小林虎之介)のことが気になっていた。虎太郎もりんのことをいつも気にしている。農作業中にふと目が合うこともしばしばである。
本人たちはそれを表に出そうとしないが、端から見ている安にはふたりが惹かれ合っていることが明白だった。安が姉への縁談を横取りしようとしたのも、それが多少関係していた。
安から虎太郎に嫁げばよいと冗談を言われ、りんは怒ったものの、やはり彼のことを意識せざるを得なかった。百姓の妻になった自分のことを想像できないでもなかった。
翌朝、畑に向かって歩いていると、向こうから虎太郎が駆け寄ってきた。
真剣に何かを訴えようとする表情にりんはドキリとした。
そんな虎太郎から出た言葉は、コロリ(コレラ)が発生したという知らせだった。
別宅のそばにある定食屋の話なんだけど。
定食屋と書いたけれど、僕以外の客はたいてい酒飲んでる。週末の昼に行ってもほとんどの客が機嫌よく酒飲んでる。カウンターに並べられた惣菜を適当に選んで、それを肴にビール飲んでる。多くが常連らしく、客席側に置いてある冷蔵庫から勝手にビールと冷えたグラスを持ってきて好きに飲んでる。
僕はここで酒は飲まないけれど、楽しそうな酔客たちを見ながら定食食べるのが楽しい。
店は、腰も指も曲がった高齢のおばあちゃんがひとりで切り盛りしてる。
いつもカウンターの端に座っているおじいさんがいるんだけれど、どうやらその人が夫らしい。その人は店を手伝うでもなく、じっと座っていつもスポーツ新聞を読んでる。客が立て込んでおばあちゃんが忙しそうにしていても我関せずという感じで座ってる。
通いはじめの頃は「なんだよ、このジジイ」って思っていたけれど、見慣れてしまえばなんともないし、ドラマとかで見る「ヒモ」の実物を見たと思えば笑えてきて楽しい。
僕はいつもこの店で焼き魚定食(900円)を注文する。
魚の種類は選べるのだけれど、僕は鮭以外頼んだことがない。鮭大好きだから。素朴な味噌汁と、おふくろの味的な惣菜小鉢もついてきてほっこりする。
おばあちゃんがひとりでやってる店だから、閉店は早いし、日によって変動がある。そのせいか、仕事帰りによると頻繁に品切れにあたってしまう。
3回に一度くらいの割合で、僕が店に入るやいなや
「ごめんなさいね。今日はもう鮭終わっちゃった」
と言われたりする。僕も他のメニューを注文すればいいんだろうけど、そういう時は「また来ますー」とか言って踵を返しちゃんだけど。
今日は18時前に来た。だいたい20時くらいまでやってると言っていたので、十分間に合うだろうと思っていた。
他に客もなく、カウンターにぼんやりと座っていたおばあちゃんは、扉から覗かせた僕の顔を見るなり
「ごめんなさいね、今日はふつうの鮭ないの。・・・ただ、すごくしょっぱい鮭のアラならあるけど」
と言うじゃない。
いや、僕にとっては渡りに船。あのしょっぱい鮭の身をチビチビと口に含ませながら白飯をかっこむのがサイコーじゃん!
それを頼んで、今日はむしろツイてるなと思って椅子に座ろうとしたら、おばあちゃんが申し訳なさそうな顔をして話しかけてくるじゃない。
え?もしかして、ご飯や味噌汁がなくなったとか?前回来た時は、ご飯も味噌汁も売り切れたと言われて追い返されたばかりなんだよ。
「ちょっとすまないけれど、表の暖簾をはずしてくれない?アタシじゃ届かなくて」
サッと店内を見渡すと、いつものおじいさんがいない。なるほど、あのジジイは、元々背が低い上に腰の曲がっているおばあちゃんの代わりに、開店と閉店の暖簾の出し入れをするという重大な役割があったわけか。もちろんそんなことはお安い御用の晩飯前なのでサッと外してあげた。ていうか、飲食店の暖簾を外すなんて生まれて初めての経験だからちょっとワクワクしたよね。

ていうか、僕は減らず口なので
「この仕事は高く付きますよー。あとで100円負けてくださいね」
なんて言ったりしたんだけど。
でも、これまであまり話をしたことがないので、おばあちゃんの人となりがわからない。真に受けて本当に割引されたら心苦しいので、冗談だと付け足したんだけど。付け足しの付け足しで、「閉店間際に来ちゃってごめんなさい」と謝ったりしたんだけれど。
(実際に食べた焼き鮭定食の写真は取り忘れたので略)
食べ終わった頃、最初と同じようにカウンターに座って休憩していたおばあちゃんが話しかけてきた。
「最近は、豆まきの声も聞こえてこないわねぇ」
ああそうか、今日は節分か。
「昔はよく聞こえたもんなんですか?・・・実は僕は北海道で育ったので、近所の豆まきの声を聞いたことがないんですよ。この季節は真冬ですから家を締め切ってるじゃないですか。その中で豆まきをするから聞こえないんですよ」
なんて答えたり。
そこからは
「家の中が温かいって言いますわね」→夏より冬の屋内のほうがビール美味しい
「北海道は魚が美味しくていいわよね」→特に鮭が好きで、ここでいつも頼んでます
「ホッケもいいわよね」→形は似てるのに、アジの開きとは大違いです!
「ご両親は今も北海道?」→はい、両方とも生きてます。
俺「女性に年齢を聞くのは失礼ですが、おいくつですか?」
おばあちゃん「アタシ?アタシは80。昭和20年」
俺「あ、うちの母とひとつ違いですね」
おばあちゃん「実家には帰ってるの?」
俺「・・・いえ。親不孝なんで、もう何年も帰ってません。お母さんにお子さんは?」
おばあちゃん「50すぎになる息子」
俺「あ、ほぼ同い年。お孫さんは?」
おばあちゃん「いるわよ。でも、いたらいたでタイヘンよ。あなたは独身?」
俺「はい。ていうか、こんな身なりの家庭持ちいたらヤバいっしょwww」
おばあちゃん「ううん。人それぞれだわよ」
今日でおばあちゃんとの心の距離がずいぶん縮まった気がします。
今年の俺なりの「福は内」でした。
なお、焼き魚定食900円はびた一文負けてくれませんでした。
追伸:
僕には、神奈川にもうひとり母がいます。
[alm-ore] FIFTIES / 平塚のレストラン・バー(閉店してます)
タイトルは「もりのぶゥォーク」と読んでください。
2026年1月22日に元棋士にして「ひふみん」の愛称でも知られていた加藤一二三 九段が亡くなった。
彼は中学生の時にプロ棋士としてデビューしたのだが、京都府立木津高等学校に進学したという。
同校は木津川市にあり、木津川市民の当方としてはどうしても親近感が湧いてくるのである。なにか縁のものが木津川市(当時、木津町)にないかと少々調べてみたわけで。
わかったことは、彼は南口繁一の内弟子だったそうだ。師匠の家が木津町にあったため木津高校に進学したようだ。それ以上に加藤と木津川市を結びつけるような情報は見つからなかった。
なお、加藤はその後、南口と関係が悪化し、別の人を師匠としたそうだ。
続いて、南口繁一のことを調べてみた。グーグル先生に「南口繁一 木津川市」とお伺いを立てたところ、森信雄のブログ『日々あれこれ日記』がヒットした。森信雄は南口の弟子だったそうだ。
なお、森と南口の関係が悪かったという情報は見つからなかった。
それどころか、森は南口の墓参りなどもきちんと行っているようだ。
たとえば『木津川市に行く』という記事がある。
ていうか、同記事に掲載されている写真の風景にめっちゃ見覚えがある。つーか、当方宅のめっちゃ近所じゃん。これは森信雄の足跡を文字通りにたどるしかないと思ったわけで。
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あけましておめでとうございます。
最近は朝ドラ仕事もめっきり停滞しておるとことですが、いつもご愛顧いただきありがとうございます。
今年ものんびりと継続していくつもりですが、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
昨年は、我が最愛の山瀬まみをほんの50cm先で拝観したり(その時の記事)、そのちょうど1ヶ月後に当の山瀬まみが体調不良ということ以上の説明もなく急に休業してビビったり、子宮体がんと手術後の予後が悪くて危ない状態になったと発表されたのは半年後の10月で驚きと悲しみで泣くやら、元気に帰ってきた声をラジオで聞いて嬉し泣きするやらしてましたけど。
その他、おぼこい顔して激烈に激しい超絶ギターを弾くReiちゃんさんのライブを東京やら横浜やらで見まくったり、彼女のシグネチャーギター “Rei Stratocastedr R246“を買ったり。
あと、諸般の事情で関西にあまり来なくなっちゃった荒谷朋美さんも3回くらい東京で見たり聞いたり、おしゃべりさせてもらったりしたねー。
ていうか、ちょうど1年前の記事で
ところで、本日1月1日より、当方の勤務先が変わりました。その話はまたおいおい。よろしくお願いいたします。
なんて言っときながら、結局なんも書いてないんだけど。
端的に言えば、2025年1月から横浜の某社に出向しとります。事前の約束だと2026年12月までとのことなので、あと365日で京都に帰れるかなー、って感じです。
本年もよろしくお願いいたします。
本日は十二月九日である。この日だけはわたしにとって重要な日である。
そう、ずいぶん昔に交際していた女性の誕生日なのである。この事実からわかることは、終わったことにウジウジといつまでもこだわるというわたしの性根のせいで、そこにあったかもしれない大きなチャンスやら幸せやらをみすみす取り逃がしてしまったのかもしれないという悲しい現実である。どっかにいいオンナとか幸せとか落ちてませんかー。
そうそう、今日はジョン・レノンの命日でもある。ジョン・レノンが死んだのはアメリカでは12月8日だが、日本時間では12月9日であったのでジョン・レノンへの追悼は12月9日に行うのが正しいとされている。
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16年前、同僚が出勤途中に子猫を拾ってきた。周りに親猫が見つからず、そのままでは助からないだろうということで、会社まで連れてきた。
当時、僕もあるにゃんを飼っていたので、その同僚は僕に真っ先に相談にきた。会社のすぐそばに僕の行きつけの動物病院もあったので、すぐさまそこに駆け込んで健康診断してもらったり。
ただ、その獣医からは「きちんと飼えないなら、無責任に保護するな」と注意された。同僚と僕は少々しゅんとしながらも、社内で里親探しに奔走した。
そして、なんとか引き取り手が見つかった。当時まだ新婚(だったはず)で、夫婦ふたりで暮らしている別の同僚のところに貰われていった。
そこらへんの顛末は、当ブログに記録が残っている。
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2025年現在、我が最愛の山瀬まみのレギュラーは一つだけ、BAYFM it!!(火曜日のみ)というラジオ番組だけなんだけれど。
去る3月4日の同番組の生放送では、冒頭でメインパーソナリティの春原佑紀が突然、山瀬まみからの手紙だというものを読み始めた。その内容は、体調不良でしばらく休業するというものだった。どんな問題を抱えているのかは一切説明されることはなかった。その後、マスコミなどでも状況が報道されることはなかった。どんだけ心配だったことか。
それが、今日の同番組の生放送で山瀬が復帰した。実に7ヶ月ぶり。めでたい。
放送冒頭では、本人から休業理由が説明された。
そもそもの病状は子宮体がんだったそうだ。休業発表のその日に手術を受け、子宮、卵巣、リンパ節などを全摘出したとのこと。手術自体は上首尾で、通常なら1-2ヶ月で仕事にも復帰できるはずだったという。
しかし、運の悪いことに、手術と前後して脳梗塞を併発したらしい。がんのために血栓ができやすくなっており、それが脳の血管にまわったとのこと。そのため、麻酔から覚めなかったという。本人もずいぶん長い間の記憶がないと言っていた。一時は、医師から家族に向けて、もう二度と発話できない可能性もあると伝えられたらしい。
意識が戻った後は脳梗塞からのリハビリに取り組み、復帰に7ヶ月かかったとのことだった。
今日の放送を聞く限り、山瀬はすごく普通に喋っていた。二度と話せなくなると言われた人だとは信じられないくらいスムーズだった。
そして、生放送で自分の病状を説明する山瀬には全く悲壮感がなかった。「大好きでいつも買っていたお菓子がコンビニの店から消えちゃった」みたいな、日常のちょっとした残念な出来事を笑い飛ばしながら友達に軽く愚痴るような、そんな気軽さとカラカラした明るさがあった。内容は壮絶なのに、平日の昼下がり、聴取者をどんよりさせないトークを繰り広げる山瀬はさすが芸歴40年弱のプロ中のプロだと思った。
でも、明るく喋っているのに声がちょっと震えているように聞こえた。僕には最初、それが自分の辛い経験をこらえているからなのか、それとも脳梗塞の後遺症で口や舌がうまく動かないのか、ていうか山瀬はそもそも舌足らずで滑舌悪いから通常通りなのかもな、とかとか判断がつきかねたんだけれど。しばらく放送を聞いていたら、普通になってきたように聞こえるようになってきたので、1番目の原因なのかも。そうだよね、芸歴40年のプロでもしんどかったよね。ていうか、山瀬はよく泣く人だったしね。放送で一人で泣き出さなかっただけ大人(おばさん)になったね。人に人生ありだね。
なお、実際の音声はradikoでお聞きください。開始10分後から数分程度です。
いや、山瀬の声は可愛いから全部聞いてもいいけど。
明日放送の山瀬まみが復帰するというので今から胸がドキドキして落ち着かない当方が、NHK朝の連続テレビ小説『ばけばけ』の第6回めをNHK+で見ましたよ。
トキ(高石あかり)は婿をとることに決めた。一家の働き手を増やして借金を返すためだ。そうでもしなければ到底今のどん底の暮らしから抜け出せないと考えられるのだ。
トキは、紡績工場の同僚の女工・チヨ(倉沢杏菜)とせん(安達木乃)とともに、縁結びで有名な八重垣神社に参った。
そこで占いをしたところ、同僚のふたりは良縁が近いという結果が得られた。一方、トキの占い結果は、結婚相手はいつか見つかるものの、それは果てしなく遠い未来であるというものだった。
トキはすっかりしょげかえってしまった。夕食も満足に喉を通らない。トキの両親(岡部たかし、池脇千鶴)は占いは当たらないこともあると言って慰めたが、場の空気を読まない祖父・勘右衛門(小日向文世)は八重垣神社は由緒正しい神社なので占いのはずれるはずがないと追い打ちをかけた。トキはますます塞ぎ込んだ。
トキの両親は、良い見合い相手を近いうちにきっと見つけてやると約束した。見合いを成功させて、占いの結果を覆せばいいと慰めたのだった。
両親は、結婚相手に望むことを尋ねた。しかし、トキは働き者で金を稼ぐ男以外に希望はなかった。あくまで借金返済のための結婚だと割り切っているからだ。
ただし、もし叶うのならば、怪談の好きな人がよいと述べた。怪談好きであれば、たとえ人間以外の化物でもよいというのがトキの願いだった。
しかし、トキの見合い相手探しは難航した。
向こう見ずな父・司之介は勤めの牛乳配達にかこつけて県知事の屋敷に出向き、知事の息子を婿に欲しいと直談判した。身分違いをわきまえない失礼な要望ですぐに叩き出された。牛乳配達の親方からもこっぴどく叱られた。
母・フミは遠縁であり、トキの勤め先の紡績工場も経営している雨清水家の妻・タエ(北川景子)に相談した。自分で見合い相手を探しても見つからないと言ってなかば泣きついたのだ。するとタエはすでに見合い候補を探し始めていると答えた。トキが工場で婿探しをしていると喋っているので、夫・傅(堤真一)を経由して話を聞いていたのだ。
その返答にフミはいささか面白くなかった。トキの母親である自分になんの連絡もなくタエが独自に探していたことで、自分が除け者にされたような気分になったからだ。それを理解してタエは素直に謝った。
ある朝、工場に出勤したトキは、一緒に神社で占いをしたせんに結婚相手が見つかったと知らされた。確かに彼女の占い結果は早くに良縁に恵まれるというものだった。
占いがよく当たるという証拠を見せられたと同時に、せんが羨ましくなってトキの表情は硬くなった。