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剃刀の杞憂

「杞憂」: 無用の心配をする。取り越し苦労。

杞国に天が崩れてきたら、逃げるところもないではないかと、心を痛め、心配のあまり、食事ものどを通らないし、ゆっくりと眠ることもできなくなった人がいた。

やつれきった様子に、友だちが心配して、諭しにやって来た。
「天は大気の集まりで、そこいらじゅう大気だ。私らが体を動かしたり、息吸ったりするのなんかも、一日中天の中にいてやっていることだ。天が落ちてくるかもしれんなんて、心配することはない。」
すると、
「天は大丈夫だとしても、日や月や星は落ちてきたりしないか。」
と言う。

「日や月や星も大気の中で光っとるだけだから、落ちやしない。落ちてきても怪我することはないんだ。」
「それじゃあ、大地が壊れたらどうする。」
と、またその人が心配して言った。
「大地は土の塊だ、大地は四方の果てまで土でいっぱいで、ないところはない。私たちが地に足をつけ歩くのも、一日中大地の上でやっていることだ。だから壊れることはないから、心配はいらん。」
 それを聞いて、その人はようやくほっとして、喜んだ。諭した者もまた、大いに喜んだ。

【列子・天瑞(てんずい)】

http://www.katch.ne.jp/~kojigai/kiyu.htmより引用


精華町に、首まわりに絆創膏を貼ると、
「あらあら。どこの女の子ちゃんにキスマークを付けられたのかしら?昨夜は美女2人(あ、30歳のあんちゃんもいたような気がするけれど、とりあえず忘れることにする)とお酒を飲んでたみたいだし、そこで付けられたのかしら?」
と勘違いされるのではないかと、心を痛め、心配のあまり、剃刀で切傷を作っても絆創膏を貼ることができない人がいた。

血だらけになった様子に、飼い猫が心配して、諭しにやってきた。
「人々は日々忙しく、四六時中他に考えることでいっぱいにゃ。君が女の子に体を密着されたり、首に吸い付かれたりするのなんかも、いちいち気になんかしていにゃい。キスマークが付いてると勘違いされるにゃんて、心配することはにゃいにゃ。」
すると、
「普通の人は大丈夫だとしても、ゴシップ好きのオバちゃんとかいるじゃないか。」
と言う。
「人の噂も四十九日にゃ。ゴシップ好きのオバちゃんの言うことなんか誰も本気にしないから、ほっとけばいいにゃ。」

「それじゃあ、僕に対して、秘めた思いを持っている女の子が誤解して、僕への告白をあきらめて恋が実らなかったらどうする?」
と、またその人が心配して言った。
「君は未婚暦 32年にゃ。いまだに独身だということは、そもそも君は女の子にはモテないにゃ。モテにゃい君にキスマークを付けるような行為をする女の子がいるとは、誰も想像しないにゃり。だから、勘違いされるんじゃないかと心配する必要はにゃいにゃ。」
それを聞いて、その人はようやくほっとして、喜んだ。喜んで、あごに絆創膏を貼り付けて出社した。諭した飼い猫は、日向で丸くなって寝た。

この逸話を「木公憂 (きこうゆう):無用の心配をする。取り越し苦労。」として広辞苑に載せることが、当方の後半生の目標だったり、目標じゃなかったり。


とにかく、今朝、剃刀でヒゲをそっていたら、不幸なことに、あごにできていたニキビをサクッと切ってしまい、激しく出血した。
つーのも、当方はT字型剃刀 (シック トリプルエッジホルダー) の愛好者であり、普段からよく肌を切っている。
剃刀の刃は、メーカー推奨では10日くらいで取り替えるのがよいらしい。ズボラな当方は、刃を何日使ったかなんていちいち覚えていないので、大抵ヘタってきた刃によく肌を切られてしまう。
本当に剃刀の刃はよくできていて、新品の刃だと、多少のニキビクレーターくらいならものともせずに、きれいにヒゲだけをそり落としてくれる。しかし、ちょっと鈍ってくると、罪の無い肌まで切られてしまう。

「もっと長持ちする替刃を発売しろよなー。需要を喚起するために、わざとヘタりやすい刃を出荷してんじゃねーの?」
と思ったり、思わなかったり。
ていうか、思うんだけれど、
「剃刀の売り上げで妻子を養ったり、親の面倒見たり、マンガ買ったり、車乗ったり、もしかしたら、可愛い女子校生と¥交しているオッサンもいるのかもしれないし、メシだって食ってるんだろうし、家のローンも払ってるだろうし、ここは人助けだと思って、甘んじて状況を受け入れ、替刃を買おう」
と、自分を言い聞かせて、買ってるわけだが。

ところで、剃刀って我々の生活と非常に密接に関わっているわけで。

何も、男性がヒゲをそるだけではなく、女性だって日々剃刀のお世話になっているだろう。
気になるゾーンのムダ毛を処理したり、眉毛を整えたりするのに使っている人も少なくないだろう。
学校や職場で、気に入らないオンナがいたら、こっそりと机やロッカーの中に剃刀を入れて置いたりすることも日常的な風景だろう。

剃刀の贈答は老若男女を問わずわりとポピュラーだろうし、特にプチ過激派の人たちなんかは、政敵や気に入らない企業に剃刀入りの封書を郵送していたりするんじゃないかと、想像してしまう。
ただし、過去に安達裕美の事務所に爆弾入りの小包を送りつけられるという事件があり、それ以後は郵便物の通過地点に金属探知機が設置されているとの噂なので、現在ではあまり良い嫌がらせの方法ではなくなってきているかもしれない。

とはいえ、剃刀のプレゼントとかもらっちゃったら、悲しくて、悲しくて生きていく気力をなくしてしまうかもしれない。
そのため、中森明菜や宮沢りえよろしく、手首や肘を切って自らの生涯を閉じ(ようとして、失敗して、結局生きのび)るときにも、やはり剃刀がなくてはならないのである。

このように、剃刀は我々の生活になくてはならないアイテムなのである。

しかし、我々は、剃刀の多くを知らない。
「『オッカムの剃刀』って何?」
とか
「『キャプテン翼』で早田君の必殺シュートって “カミソリシュート” だよね。ところで、アニメの主題歌では『いつか決めるぜ 稲妻シュート』って歌詞があるけれど、結局、翼君の必殺シュートってドライブシュートだったよね」
とか
「映画『ビー・バップ・ハイスクール』に主演していた清水宏次郎が、『撮影でソリを何度も入れたせいで毛が生えてこなくなった。これって労災?』みたいな事を言っていたような気がするが、記憶違いだろうか?」
とか
「○枚刃とかって、たくさんの刃が付いた製品があるけれど、今は何枚くらい付いてるんだろう?」
とか、いろいろ疑問があるわけである。

全ての疑問に答えることはできないが、とりあえず、一番最後の疑問には答えておこう。
答えは、5枚。

でも、それだけではつまらないので、T字剃刀の刃の枚数と発売年度について調べてみた。

1901年 T字型替刃式安全剃刀の製造販売 (ジレット
1971年 2枚刃 (ジレット
1998年 3枚刃 (ジレット
2004年 4枚刃 (シック)
2006年 5枚刃 (ジレット

参考:
2003年までのジレットの歴史
5枚刃の発売

なんと、替刃の枚数が1枚から2枚に増えるのに、70年もの時間がかかっている。
それにも関わらず、その後35年で刃の枚数は5枚にまで増加している。
特に、2004年から2006年のたった2年で4枚だった刃が、5枚になっている。

グラフにしてみた。

なお、2000年問題を7年ぶりに思い出すため後の計算の誤差を小さくするため、x軸は西暦1901年からの経過年としてある(西暦のまま計算すると、Excel 君ではものすんごい誤差が出た)。
赤い実線が、経年(1901年からの時間の流れ)と刃の枚数の関係を示している。
近年の急激な枚数増加がとても特徴的である。

破線で示してあるのは、経年を説明変数(x)とした剃刀の枚数(y)の予測式のグラフである(予測式は、R2乗値と共に、図中に示してある)。
グラフの形状を見れば、指数関数などの方がいいと思われるかもしれないが、指数関数の場合R^2=0.9202であり、グラフにある3次関数の方がよく当てはまっていた(R^2=0.99)ので、これを採用した。
予測式では、1930年代に刃の枚数が5枚などと計算されてしまうが、1990年以降の当てはまり方が非常に良いので、この式を採用することにした。
(指数関数では、x=100以降で小さめに計算される)

そして、この予測式から、いつころ「6枚刃」が発売されるのかを予測してみた。
すると、x=108 の時に、y=6.15 となった。
つまり、西暦2008年から2009年ころにかけて「6枚刃」が市場に出回るのではないかと思われ。

以下、同様に見ていくと、
7枚刃: 2011年
8枚刃: 2014年
9枚刃: 2016年
10枚刃: 2018年
11枚刃: 2020年
12枚刃: 2022年
13枚刃: 2023年 (←ついに、1年周期に突入)
14枚刃: 2024年中ごろ
15枚刃: 2026年
16枚刃: 2027年中ごろ
17枚刃: 2028年暮れ
18枚刃: 2030年初
19枚刃: 2031年春先
20枚刃: 2032年初夏
21枚刃: 2033年中ごろ
つまり、僕の予測では、今からおよそ25年後には20枚以上の刃が付いた剃刀が出回っているはずだ。
さらに、今から40年後の2047年には、35枚程の刃が付くことになる。


今後40年間の予測グラフも描いておいた。
先のグラフに比べて増加具合が鈍化しているように見えるのは、x軸のスケールが違うからであることに注意。

30枚以上の刃が付いた T字型剃刀。
たぶん、ヒゲをキチンと剃るのはせいぜい初めの10枚くらいで、残りの20枚は肌をなでる程度の働きしかないのではないだろうか。よくわからんが。

ムダだとわかっていても、生きていれば70歳を超えている当方は
「うぉー!カッコイー」
とか、馬鹿な雄たけびを上げつつ、買っていそうである。

刃が1枚1gだとしたら、刃だけで30gもある。他のパーツをあわせると100gくらいにはなってそうだ。
スムーズに操るためにも、ある程度握力とかを鍛えておかなきゃ、髭剃りだけで筋肉痛になりそうである。
10日間しか使えない替刃が、1個1000円近くの値になってそうである。
まともに年金ももらえないであろう世代の当方なので、替刃の数と価格が非常に心配である。

ところで、「剃刀の替刃の枚数は、2年で倍になる」ことを “ムダ毛の法則” (c.f. ムーアの法則) と呼ぶことにする。
今の調子で替刃の枚数が増えるならば、西暦1万年になっても、ムダ毛の法則による現象が起きることはないようです。
数学貧者の当方は、証明できないから、Excel で数値をチマチマ書き換えて調べたんだけど。

なお、Excel がはじき出した答えによると、西暦1万年における替刃枚数は 28,114,821枚。
替刃1枚が0.1mm だとしても、ざっと2.8kmくらいの大きさになります。
こうなってしまうと、手を動かして剃刀を操作することは不可能になりますね。
洗面所の壁に剃刀を立てかけておいて、大根おろしのように、自分の首を上下に動かさないとヒゲがそれない。
えらく疲れそうです。
西暦1万年を生きる子孫がかわいそうになってきた。

確かに空は絶対に落ちてこないだろうけれど、2.8km の剃刀が倒れてきて下敷きにならないかどうかを毎日心配して生きなくちゃいけなくなるね。
ますます、子孫がかわいそうだ。

そんな、「木公憂」。

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