おともだちパンチ

森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」より。

「おともだちパンチ」を御存知であろうか。
たとえば手近な人間のほっぺたへ、やむを得ず鉄拳をお見舞いする必要が生じた時、人は拳を堅く握りしめる。その拳をよく見て頂きたい。親指は拳を外側からくるみ込み、いわば他の四本の指を締める金具のごとき役割を果たしている。その親指こそが我らの鉄拳を鉄拳たらしめ、相手のほっぺたと誇りを完膚なきまでに粉砕する。・・・(中略)
しかしここで、いったんその拳を解いて、親指をほかの四本の指でくるみ込むように握りなおしてみよう。こうすると、男っぽいごつごつとした拳が、一転して自身なさげな、まるで招き猫の手のような愛らしさを湛える。こんな拳ではちゃんちゃら可笑しくて、満腔の憎しみを拳にこめることができようはずもない。かくして暴力の連鎖は未然に防がれ、世界に調和がもたらされ、我々は今少しだけ美しきものを保ちえる。
「親指をひっそりと内に隠して、堅く握ろうにも握られない。そのそっとひそませる親指こそが愛なのです」

彼女はそう語った。


なお、同じ作者の「新釈 走れメロス」にはこんな記述も。

「芹名。俺を殴れ」
芽野はいきなり言った。「ちょっと手加減して殴ってくれ。・・・(中略)・・・君が俺を殴ってくれなければ、俺は君と一緒に踊る資格さえないのだ」
芹名は芽野をちょっと手加減して殴った。それから言った。
「芽野。俺を殴れ。同じくらい手加減して殴ってくれ。・・・(中略)・・・君が俺を殴ってくれなければ、俺は君と一緒に踊ることはできない」
芽野は芹名をちょっと手加減して殴った。
「ありがとう、友よ」
そうして二人はならんで踊り狂った。

芽野と芹名の友情に裏打ちされた拳は、はたして「おともだちパンチ」だったのだろうか。

どーでもいいけど。

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