昨年末に井坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』を読んで、「きっと今後1年で一番面白い小説だろうなぁ」と思っていたのだが、その考えが改められた。
現在の alm-ore イチオシ小説は文句なく有川浩の『阪急電車』だ。
阪急今津線という、超マイナー路線を舞台に繰り広げられる、「ちょっぴりホロリとする人情話」のオムニバス。
各駅停車の列車は、1駅ごとに乗客を入れ替え進んでいく。入れ替わる乗客たちが繰り広げる、一期一会の人情の妙。
僕だけなのかもしれんが、とにかくいちいち(一駅ごとに)泣かされる。
本書を読み始めたのは、今週の木曜日、会社そばのサイゼリアで晩飯を食っていたときだ。
1章「宝塚駅」を読み始め、オーダーしたペペロンチーノが運ばれてくるより先に、僕は目が潤んだ。
周りには家族連れなんかもいて、一人で本を読んで目をウルルとさせてる僕はかなりアヤしい。その上、恥ずかしい。
1章の「宝塚駅」はこんな話・・・。
青年が宝塚駅から電車に乗り込むと、見覚えのある女性が乗り合わせている。図書館でよく見かける女性だ。青年が借りようと思っている本は、いつも彼女が同じ日に、目の前で先に借りていってしまう。本来ならそれだけでかなりムカつくところなんだが、彼女は青年のタイプであり、憎く思えないところもある。
ある日の電車。たまたま空いていた青年の横の座席に、その彼女が座った。自分は相手のことを意識しているけれど、相手はきっと自分のことを知らないはずだ。青年はドキドキしながらそっけないフリをしていると、女性が川の中州に「生」という字が書いてあると話し出す。それを2人で見ながら、生ビールだのなんだのと取り留めのない会話を始める。
いいね、このほのかな片思いの感じ。
そして、彼女が降りる駅に到着した。
「次会ったとき、一緒に飲みましょうよ。私、缶じゃなくてジョッキでいきたかったんです」
(中略
)
「中央図書館。よく来てるでしょう。だから、次に会ったとき」
唖然とした瞬間に電車は停まり、開いたドアから彼女は軽やかな足取りで出て行った。
呆ける青年。
ジョッキでいくなら—今日やろ!
征志は席を立ち上がり、ホームに飛び降りた。
恋が始まった!
なんだよ、片思いだと思ってた相手も自分のことを意識していたという、この都合のよすぎる展開。
都合よすぎるよ、と突っ込みを入れつつも、有川浩(ありかわ ひろ; 女性作家です)の柔らかな文体で語られると、自分の初恋を思い出すような感じになってきて、ほんわかとした気分になってくる。
そして、気付くと目にじわぁっと涙が溢れてきてしまった。
自分がおかしいと思いつつ、この時点で「この本は悪くない」と確信を得た。
以下、全編にわたって行きずりの人々が幸せのリレーをする
自分を陥れた男と女の結婚式に、純白ドレスで出席して復讐をする女性。その帰り道、電車の中で恋の芽生える男女を見かける。
電車の中にお姫様みたいに着飾った女性を見つけて騒ぎ出す孫娘と、その事情を察してたしなめる祖母。祖母は人生の先輩として、純白ドレスの女性にアドバイスを与える。
老婆の命令に従って、途中下車した女性。その駅の職員の素朴な気配りに心動かされ、落ち着きを取り戻す女性。
電車の中で痴話喧嘩を始めるカップル。男は勝手に怒って途中下車していってしまう。「下らない男ね」おせっかいばあさんの一言で自分を取り戻す女の子。
男が降りて行った後、多少の逡巡を残す女の子。女子高生のノロケ話が聞こえてくる。年下の少女が自分よりも良い恋をしていることを知って、別れる決意を固める女の子。
ある大学生がひょんなことから帰りの電車の中で、自分の名前にコンプレックスをもつ「権田原美帆」に出会う。恋人いない暦=年齢の男女が、如何にして出会い、打ち解け、恋を育んでいくのか。
ばぁさんのアドバイスはおせっかいだけど、正論で、人生の機微を反映していて、そしていちいち泣ける。
白いドレスの女が、人の優しさに触れることで、人の裏切りを赦し、新しい道を進んでいく様は清清しい。やっぱり泣ける。
自分の境遇を客観的に見つめなおし、もがき苦しむさまは応援したくなる。もちろん泣きながら応援だ。
不器用な大学生カップルが、ぎこちなく距離を縮めている様子は、頼りない。でも、僕らがなくしてきたピュアな何かがあるようでないようで、泣きたくなって、自分もピュアになりたい。
ちなみに、どうでもいいが、ゴンちゃん(権田原)の言葉、動作はいちいち可愛い。
思わず、「くぅ~」っと言ってしまう。
以上、往路のまとめ。
復路(彼らのその後)は本書を読め。
半分ウソで、半分ホント
冒頭の写真は、夜8時頃、近鉄奈良駅に停車中の難波行き急行の中で撮影した。
夜だし、電車内だし、別にサングラスなんてかける必要ないんだけど。
しかし、僕にとっては公衆の面前でこの本を読む場合、絶対にサングラスが必須だ。
マジで、目が赤く腫れるんだもん。
さすがに、冒頭の写真はヤラセだけど、午後に人と待ち合わせ前に時間調整で入った喫茶店では、本当にヤバくてサングラスのまま読み続けた。