確かに、これは良い。
男女の後ろめたい過去と、決意を秘めた将来が、美しい日本語でゆっくりと語られていく。
読んでいて、本当に気持ちのいい小説だった。
10年ほど前に、スキャンダラスな事件に巻き込まれて離婚し、音信不通だった男女が、旅先の山形で偶然の刹那的な再会を果たす。女は、逡巡しながらも、正直な気持ちを打ち明けたくなって手紙を差し出す。
前略
蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。私は驚きのあまり、ドッコ沼の降り口に辿りつくまでの二十分間、言葉を忘れてしまったような状態になったくらいでございます。
有名な文学作品は、たいてい印象的な出だしであるものだが、この『錦繍』の冒頭文も僕は一生忘れないんじゃないかと思う。
以後、男と女の間で交わされる往復書簡の形式で物語が進んでいく。
書簡形式という制約の下で物語の状況が説明されなければならないので、手紙にしては妙な説明口調が多く、リアリティが無いと言えば無い。しかし、しばらく読んでいればそんなことは気にならないくらい、二人の来歴に引き込まれてしまった。手紙だと思って読まずに、たとえば芥川龍之介の『藪の中』や森見登美彦の『夜は短し恋せよ乙女』のように、語り手が次々に変わる一人称の物語だと思って読めば、まったく違和感は無い。
手紙をやり取りする二人が、少しずつ相手の意外な一面を発見し、それを通して自分の生き方をも発見していく様子は見ていて清々しかった。ついには、相手のことを赦し、自分に残された人生と向き合っていく姿には、不覚にも感激してしまった。
マジ、これは読んでよかった。
紹介してくれたトモエンジェルさんに大感謝。
【おまけ】
読書中、当方が行った脳内キャスティング。
・有馬靖明:佐々木蔵之介
・勝沼亜希:竹内結子
・星島照孝:夏八木勲
・瀬尾由加子:栗山千明
・令子:深田恭子
・勝沼壮一郎:生瀬勝久
・喫茶モーツァルト主人:愛川欽也
・喫茶モーツァルト妻:うつみ宮土理
・女子大生:佐藤めぐみ