自分の誕生日において思うこと

本日は当方の誕生日。おかげさまで、35歳となりました。

誕生日にblogに何か書くとするなら、普通ならそれまでの生涯を振り返り、自分の思い出のエピソードを披露するにあたって、ちょっぴり誇張を施しつつ、自虐的に面白おかしい出来事に仕立て上げ、それでいて人の一生に関する何かしら普遍的なテーマをさりげなく挙げ、語り口は軽妙なのだけれども、どこかしら深遠で独特な考察を述べ、読み終わった人に深い感銘と一滴の涙を誘うような、そんな文章を書くのが理想ではある。




そんな理想を胸に秘めつつ、それを実現する能力は有しない当方なので、困ったことにネタが思いつかなかった。
ネタ探しのために、ついうっかり厚生労働省の日本人の平均余命に関する資料(2007年版)を見てしまった。

この資料によれば、35歳男性の平均余命は45年だそうだ(同年齢の女性は51年)。
これから45年もあると思うと、何でもできそうな気もするし、何もできないような気もするし、なんだか複雑な心境。

さらに、もう一度平均余命に関する資料を見ていたら「平均寿命の年次推移」という表が掲載されている。
それを見ると、年々平均寿命は伸びる傾向にある。人類の営みで医療や食料生産、安全対策などの技術が少しずつ上がっているので、それに応じて寿命が延びているのは当然だ。昭和22年の男性平均寿命が50歳であるのに、現在では79歳にまで上昇している。
平成の世になっても、5年につき1歳くらいのペースで寿命は延びてきている。

それを見てはたと気づいたことには、さっき自分の平均余命は45年と知ったのだけれど、このまま技術水準が上昇していけば、自分が老人になる頃には寿命はもっと延びているかもしれない。
軽く計算してみたところ、僕が80歳になったころ(現在の水準での僕の平均寿命)には、技術の上昇分(5年につき1歳ずつ平均寿命が延びる)によって平均寿命が88歳くらいになってるっぽい。
僕が90歳になった頃、(僕の計算によれば)日本人男性の平均寿命がやっと90歳になっており、僕の期待寿命が尽きるらしい。

そんなわけで、僕の平均余命は45年どころではなく、55年くらいありそうだ。
その時、西暦2064年

ものすごく遠い未来で想像がつかない。
東海道新幹線開業100周年とか、もうわけわかんねぇ。
わけわかんねぇけど、その式典は面白そうだから参加したい。
「幻の0系が56年ぶりに走行!」とかいう事態になっちゃったりして。すげぇ楽しみ。

コメント (4)

  1. おめでとうございますなり!
    年を取るごとに余命が1年ずつ伸びていったら
    一向にあの世に行けなくて面白いですよね。

  2. おめでとう〜〜〜!!
    今年もいい年になります様に^^

    寿命ってまだ伸びてたんだ。。。そろそろ止まってるころかと思ったw

  3. 祝いのお言葉ありがとうございます。

    おふたりの分も入れて、現在のところ11名の方から祝福いただきました。
    内訳は、男性1名、女性10名。

    女性のうち、未婚女性率は30%でした。
    今年も1年、自称・人妻キラーとしてがんばる所存でございます。

  4. そうそう。平均寿命が延びるのは、実際には老人が長生きするというよりは、早死にする人(難病や事故)が減るという効果が大きいというのが正確なところ。

    本文にある「昭和22年の平均寿命が50歳」というのは、人々が50歳でぽっくり死んでいたのではなく、それよりも長生きの人はたくさんいた。
    むしろ、乳幼児死亡率の高さや、結核などの難病で若くして死ぬ人が多くて平均が引き下げられていたというのが正しい理解。

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