京都府に住んでいた頃、Junk Cafe という店によく通った(2007年に閉店)。
ヒップホップがガンガン流れていて、ガラの悪いアメリカの店のような内装のボロ屋で、ボリュームたっぷりなジャンクフーヅを出す店だった。
そんなアヤしい雰囲気とは裏腹に、店員さんたちはみんな親切だった(そして、♀店員さんは嘘みたいにみんな美人だった)。互いの素性や名前などを教えあったことは無いけれど、いつも僕を温かく迎えてくれた。入店すると、目配せだけで僕をカウンターのいつもの席に座らせてくれた。
なぜ Junk Cafe のことを思い出したかというと、久しぶりに山本文緒を読んだからだ。Junk Cafe に通い始めた頃、山本文緒の小説にハマっていた。だから、なんとなく 山本文緒 = Junk Cafe なのである。
そしてまた、山本文緒の作品には「喪失感」をテーマにしたものが多い。
僕にとって、Junk Cafe を失ったショックは大きかった。詳しい事情は知らないのだが、店主が不慮の事故で亡くなったという。ある日出かけてみると、素っ気ない張り紙がしてあって、もう Junk Cafe のドアを開けることはできなかった。
あんなに仲良くしてくれた店員さんたちとは、それから二度と会うことはできなくなった。今思い出しても、ちと目が潤む。
Junk Cafe の喪失感も相まって、僕の中ではますます山本文緒と Junk Cafe の結びつきが強くなっている。
1つは2002年に発表されたもので、残り2つは2007年と2008年である。
5年間のブランクがあるのは、その間、著者がうつ病で休業状態にあったからだという。
僕が Junk Cafe で楽しい読書をしていた頃、彼女は仕事を休んでいた。
彼女が復帰した時、Junk Cafe が消えた。
とても暗示的な気がするし、些細な偶然に過ぎない気もする。
それがどうであれ、とにかく、『アカペラ』に収録された3本は僕の心を揺さぶり、思い出さんでもいいような記憶を呼び起こし、書かんでもいいような文章を記述させ、公にせんでもいい独白を発表させるだけの何かを僕に植えつけた。
表題作『アカペラ』は、中学3年の女子生徒が主人公で、問題のある家庭の中での家族への愛情をテーマにした物語。「家族への愛情」と書くとハートウォーミングな感じがするだろうが、騙されてはいけない。読み進めると、愛憎渦巻くドロドロとしたストーリーである。
中3女子の一人称視点で物語が始まり、ちと頭の弱そうな感じは、村上龍の『トパーズ』を彷彿とさせる。途中で語り手が変わる手法は山本文緒の代表作『恋愛中毒』を僕に思い出させた(よくある手法なのかもしれないが、僕は『恋愛中毒』の冒頭でガツンとやられたのを覚えている)。
最初はお馬鹿な中学生に見えていた主人公が、ラストでは一人前の女性と映るのも小気味いい。
『ソリチュード』は、38歳の甲斐性なし(げ、俺とほぼ同い年)が、家出以来20年ぶりに家に帰るという話。家出の原因に対するわだかまりと、それに対する反省とに逡巡しながら、ふと出会った小学6年生の女の子に複雑な思いを抱く。
『ネロリ』は、病気のため40歳を超えても無職の弟を、無償かつ献身的に養う50がらみの女のお話。そこへ、仕事を辞めざるを得なくなったり、本気で求婚する年下の男が表れたり、溺愛する弟になつく女子専門学生が登場したりと、何かとヤヤコシクなってくる。
全編を通して、一人称視点であること、ヘタレな男が出てくること、奇妙な三角関係が浮かび上がってくること、皮肉な血縁関係が影響を与えるなどの共通点がある。
悪く言えばワンパターンなのだが、逆に言えば、その共通テーマを3つの物語に派生させたと考えれば、山本文緒なかなかやるじゃんという感じでしょうか。
山本文緒の復帰作は十分満足できる内容でした。
僕の大好きな山本文緒でした。喪失感をテーマに、温かくて切ない気持ちになるという意味で。