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東直己『札幌刑務所4泊5日』

著者は、大泉洋主演の映画『探偵はBARにいる』(2012年2月10日にBlu-Ray等が発売される; amazon)の原作者である東直己。札幌出身、在住。
本書は、著者が作家デビュー前に経験したことに基づき、1994年に出版されたもの。

当時、売れないフリー・ライターだった著者は、刑務所の体験ルポを書こうとしていた。
その矢先、偶然にも原チャリの18キロオーバーで捕まった。これ幸いと、反則金の支払いに応じなかった。裁判で罰金刑判決を受けるも、さらに支払いを無視。晴れて著者の思惑通り、刑務所で懲役刑を受けることになった。

ただし、刑期は5日間だった。18キロの速度超過の罰金は7,000円だったという。法律により、刑務所での労役は2,000円/日と定められているそうだ。そのため、著者は4日間の労役で刑期を終えてしまう(途中、労役のない日曜日があったため合計5日間入所したようだ)。

実は、読み始めは少々イライラした。彼の違反は反則金7,000円というセコイものだった。著者自身もその点は何度も反省しているが、たったそれだけの額を踏み倒すために、何人もの公務員が事務手続きに動員されたのだ。一納税者としては、僕たちの税金が浪費されたように思えて腹立たしかった。僕の負担分は、1円にも満たないのかもしれないとしても。

ところが、著者のなかなか愉快な自虐的内省や、お役所的な刑務所内のお作法についての記述はなかなかに興味深い。そして、そんな四角四面な刑務所の中に見え隠れする、ほろ苦い人情話がなかなかに心を打つ。それらを読めただけで、浪費された自分の税金の元はとれたと思う。
刑務所内に響き渡るモーニングコールが「踊り明かそう」(映画『マイ・フェア・レディ』の挿入歌)だというのはなかなかに笑える。

セ・リーグの優勝争いの行方についてのちょっとした違反の話もグッとくる。刑務所内では消灯時間までラジオが流されているという。折しも、その日は巨人が勝てば優勝を決めるという大事な試合だったという(当時の道民の多くは巨人ファンだった)。9時消灯だが試合は延長線に入った。無情にも照明は消えた。そしてラジオの音も消えた・・・はずなんだけれど、ものすごぉく小さな音で流れ続けたという。延長線の末、巨人がサヨナラ勝ちした。その瞬間、ラジオの音がぷつりと切れたという。どこからか、小さな拍手の音が聞こえてきたという。
ウソかホントかは確かめようのないエピソードだが、こういう話は嫌いじゃない。

この著者のいいところは、受刑者のことを社会の不適格者として冷たく記述する一方で、彼らに対する人間愛に溢れているところだ。そういう視点があるところは読んでいて救われる(この点は、山本譲司の『極窓記』にも通じる)。

一番唸ったくだりは、著者が模範囚と小さな交流をするところだ。著者の労役である紙袋作りを丁寧に教えてくれた人や、休憩時間ごとにお茶を配りにくる親切な人などが登場する。彼らはいずれも模範囚として、一般的な受刑者以上に裁量が認められている人々だ。
彼らに触れた著者の思考が興味深かった。

著者は4泊5日だけの受刑者だ。それは実社会での罪が軽かったためであり、全犯罪者の中でも「どちらかというと良い人」である。ところが、そういった人物は模範囚になれない。なぜなら、模範囚になるためには「模範的である」という態度を示す必要があり、それはたった数日でアピールできるものではない。模範囚になるためにはある程度の刑期が必要で、時間をかけて刑務官の信頼を得る必要があるのだ。

刑務所の中では、著者よりも重い罪を犯した人が模範囚で、著者自身は模範囚ではないという奇妙な矛盾。

その矛盾に対する著者の見解が気になる人は、ぜひ本書を読んで下さい。
人生は無情だなぁ、と思うことしきり。

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