2日間の学術集会。僕は主催者のひとりとして参加。
初日の午前に、某大学のM2の学生さんが発表してくれた。後で聞けば、指導教員は入試業務とバッティングして会場に来れなかったとのこと。M2の学生さんがひとりで一見の研究会に参加するなんて、不安と緊張でいっぱいだったろうに。
偉そうなことを言って申し訳ないが、彼の発表自体はまぁ凡庸なものだった。M2の修論をとりあえず発表します、みたいなもの。よくある。
よくあるので、まぁ淡々と発表と質疑は終わった。
その後も彼は会場に残ってはいたけれど、置物のようにただ座っているだけだった。
2日とも参加するつもりの人なら、旅の荷物はホテルに置きっぱなしで会場に来るはずである。ところが彼は、荷物を全て会場に持ち込んでいた。
それを見た僕の心境を正直に言えば、「ああ、ホテルはチェックアウトして、自分の発表が終わったら変えるつもりだな。『縁なき衆生は度し難し』という言葉もあるし、まぁ没交渉で放っておこう」というものだった。よくある。いちいち気にしない。
夕方、有志で飲みに行こうという事になった。
知る人ぞ知る大彦、および数人は初めから飲みに行く約束をしていた。せっかくだから、何人か一緒に行く人を募集しようと思って会場で大声で募ったら、応じたのは件のM2の学生さんひとりだった。
「え?オマエ行くの?今日帰るんじゃねぇの?終電なくなるぜ。アリバイ工作で発表したようなやつが、俺らと話し合うの?まぁ、ここで断ると感じ悪いから連れてってやるけどさ。。。」
という後ろ向きな気持ちで一緒に飲みに行った。すまないけれど。
飲み屋での彼は、会場での置物風情とは打って変わって、彼なりにいろいろと僕ら(一応、業界歴20年以上)に話しかけてきた。質問の内容は拙いけれど、一生懸命さは伝わってきた。
「へぇ、なかなか見どころはあるじゃん」
と、ちょっと見直した。
しかし、彼は飲み屋にも旅の荷物を全て持ってきている。きっと、今夜の宿も決まってないのだろう。
正直、あまり深入りすると面倒だろうなと思ってしまった。冒頭に書いたとおり、僕は主催者のひとりなので、翌日の準備その他がある。彼の面倒と、学術集会全体の運営を秤にかけて後者をとってしまった。自分の身は自分で面倒みろ、って感じで放置して僕はドロンした。
2日目の集会会場に、彼の姿があった。行きがかり上話を聞いたら、電車で3駅くらいのところに宿を見つけて、そこに泊まったのだという。詳しくは聞いてないけれど、きっと自腹だろう。自分が院生だった頃を思い出せば、たった1泊のビジネスホテルだって金が惜しかった。彼も惜しかっただろうに、予定外の出費をしたんだなと思うと、少し不憫に思った。だからといって、補填してあげるようなことはしないけれど。
2日目のプログラムが始まると、前日まで置物だった彼とは見違えるようだった。多くの発表に対して、率先して質問していた。並み居る百戦錬磨の専業研究者を差し置いて、臆することなく発言していた。
立派だと思った。たった1日で人はこんなに変わるのかとびっくりした。
前日の飲み会の席では、僕と大彦に挟まれた場所だった。かわいそうに、会話のほとんどはゲスな話だった。
ゲスなふたりなので、学術集会の作法については何も話さなかったと思う。たとえば「参加するからには、単に聞いてるだけじゃなくて、自分からも積極的に発言しろ。研究発表に対しては何かしらコメントするのがマナーだ」とかなんとかは一切言ってないはずだ。それなのに、彼はそれをたった1日で自然に見抜いて実践した。すごいことだと思った。
彼ひとりのことなど、業界全体にとっては取るに足らない小さな事かもしれない。
けれども、ひとりの人間をたった1日であれだけ成長させたんだ。ケチな学術集会だけれど主催してよかったなと思う。
もちろん僕ひとりの手柄だとは思っていない。一緒にこの研究会の雰囲気を作って、彼を感化してくれた関係者みんなをリスペクトしたい。
ありがとう。そういう人たちに囲まれていて幸せな2日間でした。嬉し泣きしています。