ど根性5年目

僕があるにゃんと暮らし始めたのは、2006年7月23日だった。
命ある限り一緒に暮す予定でいたのだが、当方の転勤とそれに伴う住宅事情のため、別居生活とあいなってしまった。

毎年、7月23日にあるにゃんを胸に抱いた写真を撮影して掲載するのが当blogの恒例行事となっていたのだが、今年はそれもできなくなってしまった。

なお、昨年までの様子はこんな感じだった。

抱っこ抱っこ、抱っこ抱っこ、抱っこ、抱っこ抱抱抱抱抱*5
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Born to be Wild: 東海道五十三クリング(24)

今日、東海道五十三クリングの凱旋報告と愛車のメンテナンスのため、自転車を購入したちばサイクルに出かけた。

もちろん、自転車に乗車して向かった。中1日で筋肉痛の体には、ちょっと辛い片道16kmだった。
いつも(自転車旅行の1週間)と変わらないのは、道に迷う癖だった。数回行っている店なのに、行きも帰りも見事に道に迷った。帰りなんて、ちゃんと測ってないけど30kmくらい走ってしまったんじゃないかと思う。本当に参った。

それはさておき、ちばサイクルの担当のHさんが笑顔で迎えてくれ、早速僕のシャア専用TREK 7.3FXの調整を行ってくれた。出発前から、「帰ってきたら、絶対に自転車の様子を見せに来ること」と約束させられていたのだ。強引かつ親切にアフターケアをやってくれるお店で自転車を買ってよかった。

ところが、僕の自転車を見るなりHさんの顔が曇る。とても不審がっている様子なのだ。




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小指の想い出: 東海道五十三クリング(23)

そのチャランポランな衣類や風貌、向こう見ずで緩んだ行動傾向などから、当方は大学生か大学院生なじゃないかと思われることがよくある。しかし、すでにアラフォーのおっさんだ。

その証拠に、1日遅れで筋肉痛に襲われている。
16日(土)に、5泊6日の東海道自転車旅行を終えた。それから1日遅れて筋肉痛で全身がだるい。


その間、体が辛くて走れないという日は1日もなかった。精神的に参ってしまって足が止まったことは一度だけあったが(大迷子の後、掛川で意気消沈)、それ以外はとても快調だった。
ゴールの日は、京都でほとんど休むこともなく、新幹線と電車でとんぼ返りした。15kgほどある自転車を輪行袋に入れて電車に積み込むのは大仕事だったが、それでも何とかなった。
ゴールの翌日(昨日)は、一日中休養するはずだったのに、午前中にゴソゴソと起きだして、箱根峠のおさらいに行ってきた。さすがに自転車ではなく、自動車だったが。それでもカーブと急斜面の連続はエンジンが苦しそうだった(車載映像)。

さて、まだ夏休みは残っているし、何をして遊ぼうかな・・・と思っていたら、今日になって酷い筋肉痛に襲われている。
なかなかベッドから起き上がることができなかった。先週1週間は毎朝4時おきだったのに、今日は9時半まで眠っていた。実に5時間半も余計に寝ている。
体を動かすのが大義で仕方がない。




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夏の終わりのハーモニー: 東海道五十三クリング(21) -最終日-

これからここに書くことは、どれも嘘っぽいが本当にあったことである。
これが嘘なら嘘でいいけれど、それならば時間を巻き戻して欲しい。
せめて、昨夜22時に。



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太陽がくれた季節: 東海道五十三クリング(20)

最終日の朝です。
今日は亀山宿を出発し、午後には最終目的地の京・三条大橋に到着する予定です。

夜が開けました。
これまでの5日間は日照り続きだったのですが、今日だけは曇り空です。
もうここまで来たら、とことんまで太陽に付き合ってやろうと思っていただけに、少々残念です。

鈴鹿に雲がかかる

これから登る鈴鹿峠の方を見ると、低い雲に包まれています。
現地の気温は低いかもしれません。暑いのは平気な質ですが、寒いのは大嫌いな僕なので、ちょっと先行きが不安になります。主に雨対策として新調したウィンドブレーカーの出番がこれまで一度もなかったのですが、今日は鞄から取り出しやすい位置に収納して向かいたいと思います。
雲のガスの中に突入すると、視界がものすごく悪くなるでしょう。自分で道が見えなくなることももちろんですが、自動車の運転手からも僕の姿が見えにくくなります。そのために接触事故が起きやすくなると考えられます。LEDのテールランプがちゃんと点くか念入りに点検してから出発したいと思います。

もちろん、危険を感じたらその場で足を止めたり、引き返したりする慎重さもしっかり準備して出発したいと思います。

永遠にアムロ: 東海道五十三クリング(19) -5日目-

本日は、岡崎宿(38番)から亀山宿(46)まで移動。約93km。本当は関宿(47)まで行く予定だったのだが、そこには適当な宿がなかった。だから、一つ前でストップした。
そして、明日の夕方には京都に到着しそうだ。

* * *


今夜宿泊するカンデオホテルズ亀山は、亀山と関とのちょうど中間あたりだ。気分的には関宿に泊まったような気分になっている。

ネットで調べたら、朝食が付かない代わりに最上階の部屋(ベッドも大きい)が与えられるという宿泊プランがあったので即座に決めた。
さらに、僕がどこから来てどこに行くのか一切言っていないのに、ちゃんと鈴鹿の山が見える部屋をあてがってくれた。鈴鹿峠は、東海道において箱根に次ぐ難関だと言われている。僕もちょっと緊張しているのだが、興奮もしている。部屋から鈴鹿の山々を眺め、気分を盛り上げている。
なお、地理に暗い僕は、どこが峠だか知らない。唯一分かっているのは、右に見える道路は明日の朝僕が走るということだけだ。

客室からの風景

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宿無し: 東海道五十三クリング(18)

5日目の朝。
何かと心配事の多い朝となった。自分の雰囲気があんまりよくない。

今日からいわゆる「休前日」である。しかも、18日(月)が海の日なので、明日から3連休である。ホテルが取れるかどうか不安になってくる。
毎日、実際にどこまで走れるかわからないので、いつも目的地直前でネットでホテルの予約をしている。今日もそのパターンで宿が取れるといいのだが・・・と考えると不安になってくる。
さすがに一日に100km弱走った後に野宿やネットカフェっつーのはキツイ。ていうか、僕の精神力はそういう状態に耐えられるように作られていないのだ。

同時に、スケジュールが1日早くなって、明日京都にゴールしそうなペースである。
明日は京都祇園祭の宵山で、京都が1年でもっとも混雑する夜だ。交通規制もしかれるし、歩くのすら苦労するし、自転車で上洛するなど自殺行為だ。そしてやっぱり、ホテルは壊滅的に取れなさそうである。

そういうことをつらつら考えると、めんどくさいやら、落ち込むやら。

あんまり気分が乗らなくなってしまった。
気分のせいなのか、足も昨日までよりも重い。確かに、2日目の朝なんかも足はしんどかったが、朝風呂にゆっくり浸かったら調子が良くなった。それから、毎晩大浴場付きのホテルに泊まり朝風呂で体を温めている。
今朝も同様だ。しかし、どうも足に力が入らない。

今日は関まで行く予定にしているのだが、走りながら様子を見て、もしかしたら名古屋あたりでストップするかもしれない。早めに名古屋で宿をとれば、きっとどうにかなるだろう。
翌日(17日)はきっちり関まで行くことにして、事前に宿を確保。18日(当初の予定通り)京都入りなら、祇園祭の混雑も緩和できる。


どうなるかはわからない。
今日、走りながら考える。夕方までに結論を出す。



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(I can’t get no) Satisfaction: 東海道五十三クリング(17) -4日目-

本日は、掛川を出発し岡崎まで94kmを走行した。

* * *


昨夜、予定を作る段階では、舞坂までの42kmで終わらせるつもりだった。弁天島(浜名湖)で息抜きに遊ぼうかと思ったのだ。

その予定を変更した根本的な原因は、昨日の大迷子の悔しさである。昨日、本来なら20kmたらずの道を40kmも大迂回してしまった。
済んでしまったことは仕方ないし、当初の日程に戻った(箱根で稼いだ分がチャラになった)だけだと理性では分かっていたのだが、どうにも腹立たしかった。体力&精神的な疲労で、22時前にはフラフラになって眠ったのだが、眠りに付くまでの間、止めようとしても歯噛みをやめることができなかった。0時過ぎに、汗ビッショリになって一度目が覚めた。また大迷子のことを思い出して、しばらく眠りにつけなかった。

4時に目覚ましをかけていた。ここ1週間の習慣だ。5時ころに日が昇るので、それまでに身支度を済ませて、外に出れるように毎日を習慣付けている。昨日のことが悔しかったのだろう、3:45には自然に目が覚めた。

それで5時半にはホテルを出て(大浴場に朝風呂に行ったり、ブログ書いたり、念入りに日焼け止めを塗ったりで、朝は意外と時間がかかるのよ)、出発することにした。

初めは、とにかく昨日のロスを取り戻そうと、足に力を込めてスピードを出した。悔しくて、悔しくて、前傾姿勢でちょっと遠く(接近する車や人物はいないか)とタイヤの先ばかり見つめていた。
今にして思えば、かなりダメな状態だった。

それが、ふと空の状態を調べようと頭をあげると、抜けるような青空だった。アクセント程度に白い雲が筋を引いていて、なかなか風情があった。
その瞬間、旅を楽しむ態度を取り戻したのだと思う。



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メロスのように -LONELY WAY-: 東海道五十三クリング (16)

「気の毒だがネタのためだ!」と猛然走行、たちまち、阿部川を渡り切り、読者が油断した隙に、さっさと走って宇津野谷峠を越えた。

一気に藤枝へ向かったが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、木公は幾度となく道を間違い、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ掛川まで走行し、ついに、がくりと自転車を降りた。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。

ああ、あ、箱根を登りきり、大井川も渡った韋駄天、ここまで突破して来た木公よ。真の勇者、木公よ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する読者は、おまえを信じたばかりに、やがてガッカリしなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしく「無理だ」と言っていた連中の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。

掛川駅前のホテルにごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。

読者よ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、読者。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。読者、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 

私は急ぎに急いでここまで来たのだ。箱根を突破した。大井川橋も、するりと抜けて一気に川を駈け抜けて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。

ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。
――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。

 ふとホテルに、爛々、美人なフロント係がいた。そっと頭を上げ、息を呑んで見つめた。すぐ足もとには、黒猫もいるらしい。それらに吸い込まれるように木公は機嫌を直した。ほうと長い溜息が出て、悪夢から覚めたような気がした。走れる。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。



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