おいしいカレーを求めて国会図書館へ

国立国会図書館とは、国会に属する機関であり、国内で発行された出版物を全て収集・保管し、国政および国民にサービスすることを目的に作られた唯一の国立図書館である。

東京の永田町の国会議事堂のすぐ横に東京本館があり、京都府相楽郡精華町には関西館がある。3月まで精華町に住んでいた当方は、自宅が関西館まで車で3分、徒歩で15分という至近距離だったので何度か足を運んだことがある(職場からも歩いて5分くらいだった)。関西館で女の子たちとデート(デート?デートなのか!?)したこともある。

一方、本家本元の東京本館には行ったことがなかったので、本日行ってきた。
関西館はアクセスの悪さのせいか、いつも閑散としていた。利用者よりも職員の方が多いと言っても過言ではなかった。
しかし、さすがの東京本館は、利用者の方が職員よりも圧倒的に多かった。ベンチで居眠りしている人も多かった。涼しいし、静かだし、昼寝にはちょうど良さそうだった。

さて、そんな国会図書館・東京本館に、当方が何をしに行ったかといえば、「おいしいカレーを求めて」行ったわけである。



本館3階に、ちょっとしたカフェテリアがあり、そこでカレーライス(390円)を食べた。
安くて嬉しかった。しかし、値段相応の味というか、
「ああ、昔、近藤真彦がCMをやっていたククレカレーが確かこんな味だったな」
という感想しかなかった。

国会図書館・東京本館のカレーライス(390円)



ライスを盛って、作りおきのルーをかけて、福神漬をちょっと添えるだけだろうに、出てくるまで5-6分待たされた。
「さすが国立。お役所仕事の何たるかをよく心得ておられる」
と、徹底した親方日の丸ぶりに深く感激を覚えた。


* * *


つーか、本当は、国会図書館の食堂でカレーを食べることが第一の目的ではなかったのだが。
雑誌記事の入手に行ったというのが本来の目的。

半年位前だったかと思うが、ネット上で「おいしいカレーの作り方」という論文が軽く話題になった。
コンクリート工学』という、料理とは全く関係のなさそうな学術論文誌に掲載されており、国立情報学研究所の記事索引データベース(CiNii)にもちゃんと収録されているというので小さな騒ぎになったのだ。

しかし、僕の知る限り、その内容について言及している人はいなかった。単にタイトルだけを見て、「うわ、こんなん載ってるでー」と茶々を入れるのに終始していた。
そして、ネットで探しても、本文にアクセスすることはできなかった。

半年前からずーっと気になっていて、当時は当方も国会図書館の関西館の至近に住んでいたので、そこで論文を入手しようと思っていた。しかし、データベースで調べると、該当記事は東京本館にしか収録されていないという。取寄せとなるとしばし時間がかかるし、まぁいいかという気になっていた。
それでもなお、なんとなく頭の片隅にはこびりついていた。そんなわけで、せっかく首都圏に引っ越したのだからと、永田町の物見遊山ついでに東京本館で該当記事を入手してきた。


コンクリートの学術雑誌に、馬鹿正直にカレーの作り方などが掲載されるはずはないと思っていた。カレーの作り方というのはきっと何かの比喩にすぎず、本文を読めば、何かしら深遠で普遍的で、古今東西、老若男女の琴線に触れる高邁な哲学的考察が繰り広げられているのだろうと期待して書庫から取り寄せた。

なお、書庫からの取寄せには15分くらいかかった。これは、混んでいる東京本館も空いている関西館も同じくらいの時間がかかるようだ。取寄せにかかる時間は待ち行列の量には依存せず、あくまでお役所仕事的適性時間に則って処理されるものと、本日当方は確信した。

閑話休題。
無事に該当記事を入手できた。

堂島昭人 (1997) おいしいカレーの作り方 コンクリート工学,35(4), 50




学術論文ではなく、コラム記事だった。
約1500字ほどの1ページの記事。

文章の半分は、本当にカレーの作り方が記述されていた。ただし、伝聞形で書かれている上、特に目新しいコツやテクニックなどは皆無だった。どうも筆者はあんまり自分では料理をしない人のようだ。

記事の中盤で、

カレーを作ることとコンクリートを製造することはよく似ているような気がします。

と、それまでの話を継承しつつ、話題の転換が図られる。

簡単にまとめれば、カレーもコンクリートも、良い材料を揃え、しっかりと仕込みをして、調理/練りこみをしっかりやれば良いものができるということだ。一晩寝かすとカレーが美味しくなるのと同様に、コンクリートも一晩寝かすと強度が高まると書いてあった。

まぁ、ごもっともと言えばごもっとも。
きっと、会社を大きくするのも、良い材料(東大とか京大とかの新卒)を揃え、しっかりと仕込みをして(会社の理念を叩き込む)、きっちり調理して(やりがいのある仕事を任せる)、一晩寝かす(休暇を与える)などすれば、業績が上がるんだろうな、と思った。そういう意味では、普遍的な話をしているなーと思ったり、思わなかったり。


まぁ、正直に言って、まったく面白くない記事だったわけだが。
しかし、こういうのを掲載するという懐の深さはいいかもしんないな、と。

バックナンバーをペラペラと見ていたら、「自分はアメフトをやっている。東京ドームで試合をやったのだが、人工芝、およびその土台のコンクリートに思いを馳せる」だの、「動植物の保護や生存権を認めようという運動が盛んになってきた。コンクリート建造物の生存権も認めるべきだ!」だのの、一部ぶっ飛んだ記事も載っていて、それはそれで部外者的にはいろいろ面白かった。
こういうカルチャーは残してもいいんじゃないかと思った。どーせ1ページくらいのもんだし。
#とある学術雑誌の、学会でちょっと偉いだけのオッサンの「巻頭言」の痛さに比べれば、当時のコンクリート工学のノリの方が僕は好みである。


そんなわけで、今でも『コンクリート工学』がそういうカルチャーを残しているのかどうかは未調査だが、今後もいろいろとぶっ飛んでいただきたいと思った次第。

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