NHK『マッサン』第2回

小学校高学年の時のあだ名は「まささん」だった当方が、NHK朝の連続テレビ小説『マッサン』の第2回めの放送を見ましたよ。

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第1週『鬼の目にも涙』

スコットランドでの2年間のウィスキー修行を終え、政春(玉山鉄二)はエリー(シャーロット・ケイト・フォックス)を連れて実家の広島県竹原に帰ってきた。エリーは、政春の母・早苗(泉ピン子)がふたりの結婚を祝福してくれていると聞いていたので、希望に胸を膨らませていた。

しかし、実際に会った早苗の態度はひどく冷淡だった。亀山家は酒蔵であり、早苗は政春を家の跡取りにするつもりでいた。家の伝統を守るのに外国人の嫁では不適切だというのが早苗の考えなのだ。政春のスコットランド行きを認めたのも、一時的に自由を謳歌した後は、きっぱりと跡取りにするつもりだったからだ。

政春は、自分は自分は日本酒造りを継ぐつもりは無いと反論した。自分の夢は日本で初めての国産ウィスキーを造ることであり、留学費用を負担してくれた大阪の会社社長の手前、それをなかったことには出来ないと主張した。すでに結婚している姉・千加子(西田尚美)の夫、もしくは妹・すみれ(早見あかり)に新たに婿を取って、その者を跡取りにすれば良いと提案した。実際、女きょうだいしかいなかった母・早苗も婿養子として父・政志(前田吟)を迎えたという前例がある。

しかし、早苗は全く聞く耳を持たなかった。翌日に祖父の17回忌があり、その準備に忙しいと言って早苗は席を立ってしまった。エリーは、政春と早苗の日本語でのやりとりをほとんど理解できなかったが、とにかく早苗がひどく怒っていることだけは理解できた。

そもそも、政春が早苗から受け取った手紙には、ふたりの結婚を祝福すると書いてあると聞かされていた。しかし、それは政春の嘘だったのだという。早苗は外国人を嫁にすることは絶対に認めないと書いていたが、政春は母もエリーに実際に会えば考えを改めるだろうと期待していたのだ。だから、エリーを実家に連れてきたのだ。しかし、そのアテは全く外れてしまった。

政春の次なる手段は、親戚一同を味方につけるというものだった。翌日に行われる祖父の法事には多くの親戚が集まる。彼らにエリーを認めさせれば、早苗も折れる他ないと考えた。妹・すみれと番頭・島爺(高橋元太郎)に協力を仰ぎ、エリーの和装の準備を進めた。

その準備の最中、すみれはエリーからふたりの馴れ初めを聞かせてもらった。それは以下の様なものだった。

ふたりは2年前、エリーの家で行われたクリスマスパーティーで知り合った。エリーの妹・ヘレン(アナンダ・ジェイコブズ)が政春と同じ大学で学んでおり、ヘレンが政春を家に招待したのだ。

みんなでクリスマス・プディングを切り分けて食べていると、政春のケーキから銀貨が出てきた。一方、エリーのケーキからは銀の指ぬきが出た。スコットランドの言い伝えによれば、銀貨の男と指ぬきの女は結婚する運命なのだという。周囲は二人のことをはやし立てた。しかし、ふたりは照れるばかりか、迷信だと言ってそれを否定しようとした。

それから、政春はエリーの弟・ウィリアム(タクマ・ウォーレン)に柔道を教えることとなり、頻繁にエリーの家に出入りするようになった。そうするうちに互いに惹かれ合って行き、ふたりきりで会うようにもなった。
日本で初めての国産ウィスキーを作るという政春の夢を聞き、エリーはそれが実現するよう心から願った。

しかし、ついに政春が日本へ帰ることとなった。エリーは政春に後ろ髪を引かれながらも、きっぱりと別れを決意した。
ところが、政春はスコットランドに残ると言い出した。エリーに結婚を申し込み、共にスコットランドで永住したいと言うのだ。

政春の夢を応援したいエリーは、それを否定した。結婚することに異存はないが、自分の方が政春に付いて日本へ行くと決意した。こうして、ふたりの結婚と日本行きが決まった。

しかし、話は簡単ではなかった。エリーの母・ローズマリー(インゲ・ムラタ)が猛反対したのだ。エリーが日本へ行くなら、親子の縁を切ると言い放った。
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えーと、えーとですね。

劇中のセリフによれば、政春(玉山鉄二)がエリー(シャーロット・ケイト・フォックス)にプロポーズしたのは、早くとも帰国の1週間前。「I have to go back to Japan this Saturday. (字幕: 日本に帰ることになった 今度の土曜日)」と言っている。
一方、政春は日本の早苗(泉ピン子)に結婚の報告を行い、さらに早苗からも返事を受け取っている。ふたりの結婚を絶対に認めないと書いてある、あの手紙である。

プロポーズ → 日本と手紙のやり取り → スコットランドを発つ までの一連の流れを1週間のうちに完了できるもんなのだろうか。現代だって外国に手紙を送ろうと思うと数日かかるのだから、今より交通事情の悪かった大正時代にそんなに早く手紙が届くとは思えないのだけれど。

考えられる可能性としては以下の2つ
(1) 政春はずいぶん前からプロポーズするつもりでおり、先立って早苗へ手紙を書いていた。だから、返事が届くまで時間的余裕があった。
しかし、政春はプロポーズの際に自分がスコットランドに残ると告げている。つまり、彼にとってエリーとの結婚とスコットランド永住は表裏一体である。当然、プロポーズ予定を実家に知らせるなら、それと一緒に永住のことも知らせるはずである。けれども、録画映像を一時停止して早苗からの返事を確認した限り、永住の件については何も書かれていない。ということは、政春は結婚のことだけは知らせているが、永住のことは書いていない。
よって、エリーにプロポーズするより前に故郷に手紙を送ったとは考えられない。

(2) 政春の帰国が予定より遅れた。エリーの母・ローズマリー(インゲ・ムラタ)と悶着があって、ゴタゴタして船に乗れなかったのかな。これは明日以降出てくる話だろうか。こっちの方がありえそうだね。

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