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「細雪」谷崎潤一郎

文庫版の上中下巻を合わせて 900ページ強の長編小説。
谷崎潤一郎といえばエロ・マゾ・フェチ(特に足)である意味有名だし、本作の主題は大阪・神戸の上流階級の美人四姉妹とのことなので、以前からドキドキするやら、ヨダレが出るやら、鼻の下が伸びるやらで、ものすごく気になっていた作品。
しかし、その分量の多さに尻込みしていたのである。

先日、とあるキャンペーンで amazon ギフト券 1,000円分を入手し、使い道を思案していたところ、ふと思い出してポチッとクリック x3 で上中下巻セットで購入。
手元に揃えてしまえば、いくら分厚くても、イヤイヤながらでも読むだろうと思って。ほとんど労なく手に入れたギフト券なので、まぁ読まずにほったらかしてもあんまり惜しくないだろうと思って。
#あと、文庫版の表紙がきれいなのもポイント。


そんなわけで、宅配便が届いて、早速上巻に取り掛かった。
谷崎(エロ・マゾ・フェチ)が描く大阪の美人四姉妹は、どれだけ艶かしいのか、そりゃもうワクワクしながらページをめくった。

最初の3ページで、当方はすでにクラクラしはじめた。
そりゃもう官能に次ぐかんn

否!
登場人物、多すぎ~。
脳内で人物相関図を書くことができず、脳内メモリが溢れてしまった。

どんだけすごいかということを、冒頭3ページ出てくる人物を指す単語を列挙してみよう。しかも、それぞれにあだ名等もついているので、重複を許して列挙する。

・鶴子
・幸子
・雪子
・妙子
・悦子
・井谷
・母
・姉
・本家の姉
・中姉ちゃん
・雪姉ちゃん(きあんちゃん)
・こいさん
・御寮人さん
・MB化学工業の会社員

重複しているとはいえ、いきなり10人以上も出てくるし。全て読み終わった今だからわかるけれど、重複を除いても7人の登場人物が盛り込まれている。
どーすんだ、これ?

しかも、鶴子、幸子、雪子、妙子、悦子 と5人の女性名が出てきて、どっからどこまでが四姉妹かわからないし。
紛らわしーんだよ!

正直、この時点で読み進めるのをやめようと思った。
しかし、自分を励まして、さらに数ページ読んでみた。
すると、特に努力しているわけでもないのに、すぅーっと人間関係が頭に入ってきた。
10ページも読んだころには、完全に頭の中に人物相関図がほぼ完璧に描きあがっていた。

なんていうか、手品の達人にころっと騙されたときのような心持とたとえたらいいだろうか。
知らず知らずのうちに、人間関係がきれいに理解できていた。すげぇ気持ち良い。
確かに、各人物の特徴や来歴がクドいくらいに丹念に書かれているのは事実だが、それを労なく読ませ、読者の頭の中にありありと浮かび上がらせる文章力に、はっと驚いた。
谷崎潤一郎は、ただのエロ・マゾ・フェチ作家じゃなかった。

さらにすごいと思ったのは、見事な伏線のオンパレード、ていうか谷崎の演出力。
一家そろって注射依存症で家に色々や薬品をストックしているだの、きあんちゃんは内気でめったに電話に出ないだの、こいさんが病み上がりのせいか疲れやすいくせに太ってきただの、妙に細かいこと書くなぁなんて思いながら読んでいると、あとでそれらが重要な役割を果たしていたり。

そして、一番ビックリさせられたのが、中巻の22章。
幸子が前年に起きた不幸な出来事をいちいち思い出して鬱々とするシーン。
ネタバレなので、背景色と同じ文字で書いておく。
—ここから—
不幸な出来事の中で、幸子自身がが流産したことだけは一言も書かれていない。
そこを読んだとき、僕は鬼の首でも取ったかのように
「おいおい、谷崎もモウロクしてんのか?あんな重要な事件を書き漏らすなんて、自分の文章を読み返してないんじゃないの?」
なんて、ひとりで突っ込んでた。
すると、その章の最後に、その事件だけ別格の事件としてきちんと取り上げて、書かれていた。
読者を天狗にさせといて、落とすというこの技、すげぇ。
—ここまで—
もう芦屋(谷崎の住まいがあったそうです)に足を向けて寝られない。

今まで、谷崎潤一郎の作品は何本か読んで、普通に面白いとは思っていたけれど、飛びぬけてすごい人だとは思ってなかった。
しかし、「細雪」を読んで、素人ながらこの人はすごいと思った。

最初、美人四姉妹の魅惑の世界を期待して読み始めていた当方であるが、エロいシーンは皆無にも関わらず、読み終わった現在はこれ以上ないほどの充足感。
#ただし、一部でラストシーンの舌足らず感が指摘されているようだが、僕もそう思う。

余韻に浸りつつ、1983年の映画版(市川崑監督、吉永小百合とか出てる)も買ってしまった。
後日見るなり。

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