セルフスタンドでの引火事件、店員を書類送検

今、NHKが報道していた。

ガソリン引火で書類送検へ

先月、神戸市のガソリンスタンドで、客が持参した容器に自分でガソリンを入れて引火する火事がありました。警察は、ガソリンスタンドの店員が客の行動への注意を怠っていたとして、この店員を消防法違反の疑いで書類送検することにしています。


店員による監視が法律で定められている以上、悪法も法ですので仕方がないこととは思いますが、市民感情としてはこの店員が不憫だなぁ。





ところで裁判員制度。
世論では「やりたくない。特に人を裁くことなんて絶対やりたくない」という意見が主流っぽいけど、僕は例えば今回のようなケースならばむしろ積極的に参画して、かの店員さんが無罪になるよう働きかけたいけどな。
ただ、ニュース報道だけで判断するのは危険で、きちんと検分した上で判断を下さないといけないと思うけど。

僕の勝手な想像だけれど、世の中で起きた凄惨な事件報道を聞いて「あんな容疑者は極刑に処すべきだ」と言っている人と、「私は人を裁くことなんてしたくないから、裁判員にはなりたくない」と言ってる人って実は重なってるんじゃないかと思ってみたり。
この思い込みがはずれてるならいいけど、当たってるとするなら無責任なことだなぁ、と思う。

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コメント (4)

  1. | 世の中で起きた凄惨な事件報道を聞いて「あんな容疑者は極刑に処すべきだ」と言っている人と、「私は人を裁くことなんてしたくないから、裁判員にはなりたくない」と言ってる人って実は重なってるんじゃないかと思ってみたり。

    僕もそういう意地悪な?想像をしていたところです。自分で死刑のボタンを押してもいいと思えないのなら、死刑になんてするべきじゃないと思うな (これはひどい悪文だね)。そのくらいの重みを持って裁判に望んでもらいたい。

    アメリカの陪審だと宥恕バイアスなんてのがあったと思うけど、日本の裁判員制度だとどうなるんだろうね。reasonable doubtの話が最初にされるのなら、やっぱり判決は緩いものになりがちなのかしら。

    でもあれだね、自分が裁判員として関わって死刑にした容疑者が、刑の執行後にえん罪だったと分かったら相当渋いね。きっと誰かが「心のケアが必要」とか言い出すんだろうけど。

  2. 「宥恕」なんて言葉知らないよー。辞典で調べたら、「寛大な心でゆるすこと」と書いてありました。読み仮名は「ゆうじょ」。だから、簡単な内容をを小難しい言葉で語るのは・・・ってこの前はなしたじゃないですか。

    でも、宥恕バイアスってのは確かにあるかもなぁ、と思っています。僕の本文がそもそも、宥恕バイアスがかってるかもしれないし。
    でも、絶対的に正しい量刑なんて、人間には決めようのない問題なのですから、バイアスがあろうがなかろうが、それを受け入れるしかないんだろうなと思ったりしています。

  3. おいおい遊女も呼べないのかよ、じゃなくて、宥恕も読めないのかよ、それって恥だぜ、というK先生の声が聞こえてくるようです。でも、「宥恕バイアス」でググっても何もでてこない。定訳だと思っていたのに、違ったのか? ここらへんはR先生にご登場願うしかないですな。

    このコメントを書いていて、そもそも「宥恕バイアス」の「バイアス」って、何の基準からずれていて「バイアス」なんだろう? と分からなくなりました。

  4. 宥恕バイアスという言葉すら知らなかった僕なので適当に書きますが、裁判官と一般の人では、一般の人の下す判断が寛容になるという傾向だろうか。つまり、プロの裁判官の判決が基準?

    過去の事件の判例を見れば、裁判官がどういう判断を下したかがわかるわけで。
    まったく同じ事件の判決を伏せて、一般人に判断させたら、裁判官よりも軽い判断が出やすいってこと?

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