森信雄ーク

タイトルは「もりのぶゥォーク」と読んでください。

2026年1月22日に元棋士にして「ひふみん」の愛称でも知られていた加藤一二三 九段が亡くなった

彼は中学生の時にプロ棋士としてデビューしたのだが、京都府立木津高等学校に進学したという。
同校は木津川市にあり、木津川市民の当方としてはどうしても親近感が湧いてくるのである。なにか縁のものが木津川市(当時、木津町)にないかと少々調べてみたわけで。

わかったことは、彼は南口繁一の内弟子だったそうだ。師匠の家が木津町にあったため木津高校に進学したようだ。それ以上に加藤と木津川市を結びつけるような情報は見つからなかった。
なお、加藤はその後、南口と関係が悪化し、別の人を師匠としたそうだ。

続いて、南口繁一のことを調べてみた。グーグル先生に「南口繁一 木津川市」とお伺いを立てたところ、森信雄のブログ『日々あれこれ日記』がヒットした。森信雄は南口の弟子だったそうだ。
なお、森と南口の関係が悪かったという情報は見つからなかった。
それどころか、森は南口の墓参りなどもきちんと行っているようだ。
たとえば『木津川市に行く』という記事がある。

ていうか、同記事に掲載されている写真の風景にめっちゃ見覚えがある。つーか、当方宅のめっちゃ近所じゃん。これは森信雄の足跡を文字通りにたどるしかないと思ったわけで。

まず、橋の向こうに教会が見える写真。

森信雄『木津川市に行く』より

これじゃん?

踏切から線路を遠く眺める写真。

森信雄『木津川市に行く』より

ここだよね。

森信雄が歩いた川沿いの道。

森信雄『木津川市に行く』より

森信雄の写真には電信柱の影が写っている。あともう少し前で撮影すれば同じ場所だったと帰宅後に気づくなど。

その他、南口の墓所も近所にあるはずなのだけれど、そこは土地勘がなくて訪れる気になれなかった。寒かったから。
森信雄が歩いたのは6月らしいので、忘れてなければその頃また探しに行きます。周りの木々や田んぼなど緑が多くて気持ちよさそうな時期に。

追伸:
森信雄は、故・村山聖の師匠よね。大崎善生『聖の青春』とか読むと、そのトボけたキャラが愛おしいよね。前に当ブログで取り上げてたわ

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