『微視的(ちまちま)お宝鑑定団』を読んだ

 僕の大マイブームは東海林さだおだ。

 僕はメディアマーカーというサイトで読書記録を付けている。
 そのサイトで、自分がどれだけ東海林さだおを読んでいるか調べてみたところ、今日までに24冊だった(2010年9月11日現在)。
 本格的に読み始めたのが昨年の10月なので、平均すれば月に2冊ずつのペースだ(記録を見ると2008年になぜか1冊読んでいるが、これは無視する)。
 これだけ読んでいるのにまだ飽きることはないし、まだ読んでない本もある。基本的に彼のエッセイしか読んでいない。しかし、漫画(たとえば、毎日新聞の『アサッテ君』など)まで含めて全部読もうと思ったら、その営みがいつ終わるのかよくわからない。




* * *

 僕は去年の10月から東海林さだおを集中的に読み始めたわけだが、そのきっかけははっきりしている。中島らもから誘導されたのである。

 『砂をつかんで立ち上がれ』は、中島らもがあちこちに書いた文章を集めたものだ。特に、本にまつわるエッセイが重点的に集められている。雑誌『一冊の本』に掲載された連載エッセイを筆頭に、他の作家の本に寄稿した解説なども収録されている。

 収録された約70編のエッセイのうち、東海林さだおに触れられているものが少なくとも4つある。そして、そのいずれもが東海林さだおをべた褒めなのである。僕が面白いと思っている書き手の中島らもが薦めている書き手なのだから、きっと面白いんだろうなと思ったのがきっかけだ。

 中島らもの推薦文で、特に今でも心に残っているのは、東海林さだお『ニッポン清貧旅行』に寄せた解説の一節だ。

 東海林さんほどのエンターテイナーはいない。完璧なプロである。でなければ毎週毎週「カツ丼の食べ方」とか「立ち喰い天ぷらそばの食べ方」なんかを書いていけるわけがない。中にはとてもブルーな日だってあるはずだ。東海林さんはそんなことを毛ほども感じさせず、何年、何十年と書いてこられた。これはプロの職人の技だ。


 東海林さだおは40年近くエッセイを書いており、それをまとめた文庫本もすでに60冊近く出ている。その間、私生活の不満をエッセイに反映させるという失敗を犯したことは一度もないのだろうか?中島らもが言っていることは本当なのだろうか?

 実は、中島らもが薦めていたから読み始めたというのは、一部正しくない。もちろん面白そうだと思ったのは事実だが、一方で中島らもが嘘を書いていないかどうか確かめたくなった。僕は中島らものことを良い意味の「嘘つき」だと思っている。エンターテイメントとしての嘘をつくのが上手い人だと思う。そして、中島らもの嘘の尻尾を掴むのもなかなか楽しい(完全な嘘ではないが、サブルの件とか)。

 東海林さだおに関しても、一つくらいはブルーな私生活に関するエッセイがあるのではないか。中島らもの断言には間違いがあるのではないか。その証拠を見つけたくて膨大な東海林さだお・エッセイを読み始めた部分もある。

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 この夏、当方が主催した読書感想文大会に東海林さだお『微視的(ちまちま)お宝鑑定団』の感想文がエントリーされた。応募者のnobug氏は、僕が東海林さだおを読みまくっていることを知っており、また僕が同書を持っていないことを知り、読み終わったあとにそれを譲ってくれた。ありがたく読ませてもらった。

 本書『微視的(ちまちま)お宝鑑定団』は、普通の人ならきっとやらないであろうツマラナイことを一生懸命行って、それを紹介するという内容。

 たとえば、混浴露天風呂にはどんな人々が来るのか、秋田県の乳頭温泉郷まで参与観察にでかけたり。東海林さだおが報告するところによれば、シワシワのジジババだけではなく、見目麗しい女性も入浴していることがあったという。すごい。ただし、それを目当てにやって来たらしい、見た目の気の毒な男性グループの方が圧倒的に多いそうだ。

 それから、木造船を1隻買ってしまったという話。いつもしみったれた立ち喰い天ぷらそばとか食べているくせに、東海林さだおもなかなか儲かっているらしい。船のスペックは、全長450ミリメートル、総トン数0.0012トン、排水量100ccだそうだ。購入価格は12,700円。
 ちゃんと細かい数字まで読んで、「何かおかしい」と気づいたあなたは注意深い人だ。何のことはない、居酒屋の刺身盛り合わせ用船皿を買ったという話を東海林さだおは大仰に書いていたのだ。

 そんなことがたくさん書いてある。この本を読んだからといって、アタマが良くなるわけではないし、現代社会の問題点に目が啓かれるわけでもない。むしろ、微視的(ちまちま)なくだらないことにばかり目を向けられて、脱力してしまう。油断だらけの人生になってしまうかもしれない。

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 でも逆に、と思う。油断だらけの人生もアリっちゃ、アリなんじゃないかと。

 僕は本書に収録されている「脱力リーグ マスターズリーグ」という1編に、思わずキュンとさせられてしまった。東海林さだおでホロリと来たのは、これまであまり記憶にない。

 マスターズリーグというのは、プロ野球OBが5つのチームにわかれて戦う野球リーグだそうだ。それを東海林さだおは3,000円ほど支払って見に行く。
 ところが、現役を引退した野球選手というのは腹もボテボテで見た目は悲惨らしい。先発ピッチャーは江夏豊だったのだが、投球練習でキャッチャーから投げ返されるボールを受け取れずにこぼしてしまったらしい。それを他の選手が拾って投げ返すのだが、それもまた取れなかったらしい。しまいには、拾った選手が歩いて江夏に手渡したそうだ(ただし、これはファンサービスのコントの可能性があるという)。
 現役時代は花形だった選手たちも、マスターズリーグでは見る影がないという。

 しかし、プロ野球OBたちは現役時代よりも楽しそうに、良い意味で精一杯プレイしているのだという。
 打率だの、防御率だの、年間200本安打だの、月間MVPだの、来季の年棒だのといったことを気にせずに、「純粋に好きだったはずの野球」を心から楽しむ老選手たちの姿には心うたれるのだという。

 言われてみれば、好きで始めたはずなのに、「好き」以外の理由で物事を続けていかなくちゃいけないことというのが世の中にはたくさんある。「好き」だったものが「生活のため」だとか「世間体」とか「周りからの期待」とか「これ以外に自分のアイデンティティがない」だとか、だとか。

 現役プロ野球選手は名誉だとか富だとかいった世俗的な夢を僕らに見せてくれるけれど、「楽しい人生」といった夢は引退プロ野球選手でなければ見せることができないってのは皮肉だなぁ、と。

 そして、自分にとって「楽しい人生」ってのはなんだったっけ?と思うと、ちょっと胸がキュンとしてしまったり。リタイアしたとにそれを思い出して手に入れるんだとすると、随分先が長いよなぁと、これまたキュンとしてきたり。

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 しかし、キュンとして、後ろ向きになっていても物事が解決するわけでもなく。

 こういうシンドイ人生を生き抜くコツってのは、とてもブルーな日があったって、そんなことを毛ほども感じさせず、何年、何十年と暮らしていくことなんだろうな、と思う。
 そのことを、中島らも & 東海林さだおに学んで現在に至る。


 そして、東海林さだおがブルーな状態で書いたらしい原稿はいまだに見つけられずにいる。

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