美人・人妻さんと四条の鳥彌三で水炊きを頂いた後(こちらの記事)、祇園へ繰り出し、バー「祇園サンボア」へ。
彼女が札幌で情報を仕入れて来て、このバーにぜひ行ってみたい、と。
どんなお店かということは、「創業1918年。正統バーの、のれんを守る三代目マスター: 『祇園サンボア』中川立美さんをたずねる。」に詳しい。
#実は、このあと「BAR K6」の記事も書く予定なのだが、上記ページの目次を見ると思いっきり、祇園サンボアとBAR K6の2件が紹介されてる。やられた。
そもそも手ごろなところにバーがないという理由もあるのだが、僕はもっぱら家で一人で飲むスタイル。
だから、あんまりこういうところに出かけたことがなくて、ちょっとビビる。
鳥彌三から少々距離があったのでタクシーで乗り付けたのだが、店の前に到着して、その店構えに一層緊張感が高まる。
僕にとってはほとんど無知の世界で、バーのドアが一昔前の町外れの暗い酒場の雰囲気に感じられてきた。
でも、美人を前に、ビビってる姿なんて見せられないから、堂々とドアを開けてみる。
覗くと、12席くらいのカウンターテーブルが奥まで一直線に伸びている。
先客は8人ほど。ほぼ満席のような状態。みんなが一斉にこちらを向いて、僕らの姿を認めると、ちょっとずつ詰めて座るスペースを作ってくれた。でも、どこか迷惑そうににらまれているような気がするのは気のせいだろうか。
僕が座った席の横には、クロブチ眼鏡に七三気味に髪をセットし、いかにも神経質そうなおじさんが一人でチビチビやってる。席に着いたものの、どこかお尻の座りが悪い。
さっきのサイトは帰宅後に見つけたのだが、まさにそこに書いてある通りの雰囲気。
お客さん同士、見ていないようでいて、よく、見てはりますよ(笑)。
何を見るかとえば、その人が、見えないところの基本に何を持っていていはるか
つまり、人の心のなかにあるものを、見ぬいてしまわれる。
自分の隣の席に腰掛けてウイスキーを飲んでいるこのお人は、果たして、きもったまがあって、飲んでおられるのか、どうか。そこを見る。
せっかくのデート(デート?デートなのか!?)なのに、なんだかあまり大きな声を出してはいけないような気がして、彼女とボソボソと途切れがちにしか話ができない。
何か話題を見つけて話を振らなきゃと思って、カウンターを見回して、話のタネになりそうなものはないかと探す。
作家の山口瞳と、『釣りバカ日誌』の絵の北見けんいちが常連らしい。北見けんいちの色紙を2人で眺めて話題のきっかけにしようにも、僕は彼のマンガを読んだこともないので、今ひとつ。
色紙から目を下に向けると、ガンベルトに銃弾のようなものが刺さっている。
ちょうど、シルベスター・スタローンの演じるランボーが、裸で胸にタスキがけしているようなあんなベルト。
2人で、あれはなんだろうか、と話あって見たけれどよく分からない。
よく分からないままだと気持ち悪いので、ちょっと酔っ払ってきた勢いに任せて、マスターに「あれは何ですか?」と聞いてみた。
バカにされたら、もう来なきゃいいだけだし、と思えば勇気も出た。
すると、僕の心配は杞憂に終わり、マスターが軽く微笑みながら教えてくれそうなそぶりを見せた。
しかし、出入り口の前に座っているおじさんが割り込んで、こっちに声をかけてくる。
客「それは、酔い止めやで」
マスター「またまた。なに言うてまんねん。44度あるんですから、立派な酒です。酔います」
客「いや、外国ではみんな酔い止めに飲んでるって話やで。酒を飲む前に飲むもんや」
マスター「違いますって。”日本人はみんなそう信じてる”って、外国の本でバカにされてるんですから」
と、面白い掛け合いが始まった。
お相手の女性と「話のタネに飲んでみようか、どうしようか」と話していると、ついに僕の横に座っていた神経質そうなおじさんまで口を開いた。
「それは “ウンダーベルグ” という酒。確かドイツ語で、ベルグは山って言う意味で、”山に登る”だったか、なんだかそういう名前」
本日のお相手の美女さんのご主人が、ドイツへの留学経験があったという事実を思い出し、彼にドイツ語の意味を聞いてみようということになった。
しかし、電話は通じなかった。
また、話題が収束して、お尻がモゾモゾしてくる。
妙にもぞもぞするな、と思ったら、お尻のポケットに入れていた僕のケータイがなった。
電話に出ると、さっき電話をかけた、彼女のご主人だ。
どうも、彼女が着信音に気付かず電話に出なかったので、同行しているはずの僕に連絡をつけてきたらしい。
新年の挨拶もそこそこに、「ドイツ語でウンダーベルグってどういう意味ですか?」と聞いてみた。
彼の説明を要約すると
「Underberg は”山の下”という意味。英語で言えば、under mountain。でも、食前酒として有名だね。酔い止めとも言われてる。俺らは通称 “シモヤマさん(下山さん)”って呼んでた」
とのこと。(ウンダーベルグ普及委員会も参照のこと)
びっくりしたのは、酒の名前だともなんとも言ってないのに、彼がそれを言い当てたこと。酔い止めの話(マスターによると、これはガセらしいけど)の話まで、まるで僕らの話を盗聴していたようだ。
電話を切って、周りの人に今聞いた話を伝えたところ、僕の横の神経質そうなおじさんが
「そうか、そうか。山の下か。なるほどぉ。勉強になるなぁ」
と、ニコニコしながら紙ナプキンに今聞いた話を書き留めた。
この時になってやっと、この人が人懐っこい人なのかもしれないと気付き始めた。
それでも、彼女と2人、ボソボソと話をしていて、何の話題だか忘れたけれど札幌の天使女子大学の話になった。
その瞬間、隣のおじさんが目を輝かせて
「ウチの女房は、天使なんですよ!」
と声を上げた。
おっさん、ウィスキーの飲みすぎで、自分のカミさんが天使のように美しいと自慢でもしたいのかよ、と心の中で突っ込んだとか、突っ込まなかったとか。
いやいや、よく話を聞いてみると、彼の奥方は実際に札幌の天使女子大学に通っておられたそうだ。
俄然盛り上がる3人。
・僕、彼女、おじさんの3人は全員札幌に住んだことがある
・彼の奥さんの出身地は静内で、僕の故郷が苫小牧なので、実はご近所さん
・彼の家で飼っている犬は、苫小牧生まれなので「とまちゃん」という名前
・彼の奥さんの家系は、札幌農学校時代から毎世代、北大出身者
なに、この、奇跡。
めったに祇園には来ない人間たちが、どうして偶然ここで出会うの?
ちょっと感動。
店に入る前には、あんなに気分が沈んでいたのに、「もう一生ここにいても良い」くらいの心地よさ。
僕らは先に店を出たのだけれど、七三のおじさんとの別れは名残惜しかったなぁ。
かといって、名刺交換とかするのも、野暮な気がするので、互いのはっきりした素性は分からない。
彼は娘さんを北大に入れることを計画しているらしい。
「農学校時代から、ずーっと北大に通っている家というのはそんなになさそうでしょ?うちの娘が北大に入ったら、もしかしたら日本で1軒の珍しい家として取り上げられるかも」
と、小さな夢にニヤニヤしていた。
娘さんは今、小学校6年生とのことなので、6年後に大学受験。
そのとき、新聞でその記事が読めればいいな。
きっとそのときに彼の名前がわかって、感動するんだろうな。
さっきのサイトからの引用の続きにはこう書いてある。
それは、こわいものですよ(笑)。けれどその半面、そういう人を見る目がおありですから、お客さん同士、意気投合なされると、そういう時には、かたい結びつきのような、深いおつき合いが生まれることもあるようです。
一見、つめたいようでいて、でも実は、あたたかいものが生きている。それが京都と、思います。
いい街だし、いいバーだ。本当に。
【祇園サンボア】
住所: 京都府京都市東山区祇園南側有楽町570
電話: 075-541-7509
営業時間: 18:00-1:00(土0:00)
定休日: 月曜