ビッグイシュー・クエスト

ビッグイシュー日本版 146号 ホームレスの自立支援を目的とした雑誌に「ビッグイシュー日本版」がある。大都市にお住まいの人なら、街角にポツンと立った人が有名人の顔写真が表紙になった雑誌を売っているのを見たことがあると思う。
 ホームレス販売員は、1冊 140円で雑誌を仕入れる。それを定価300円で販売し、利ざやの160円を全て自分のものにすることができる。ホームレスの人に対して一方的な施しをするのではなく、彼ら自身が働いて利益を得ることで自立を助けようという目的のもとに発行されている。

 この雑誌は書店では売られていない。書店で売ると、ホームレスが得るはずの利益が失われてしまうからだ。編集部は、定期購読をきっぱりと断るほどスジを通している。全国主要都市の路上販売所でしか手に入らない。僕も定期的に読みたいと思っているのだが、近所(奈良市内)では販売されていないので叶わない。たまに京都や大阪に出かけ、気づいたときに買うという程度である。そんな感じで、細々と応援していた。

 先日、ビッグイシュー日本代表・佐野章二の回顧録「ビッグイシューの挑戦」が出版されたと知った。講談社から出版され、通常の本屋や amazon.co.jp でも買える。しかし、雑誌と同様にホームレスの路上販売員から買うことも可能だと知った(朝日の書評)。利益はちゃんと販売員の取り分になるという。ならば、彼らから買おうと思い、大阪市内に出かけてきた。


* * *

 本日8時30分、大阪ミナミの到着した。
 今朝はどういうわけか5時に目が覚めてしまった。7時きっかりに参議院選挙の投票を済ませ、その足で大阪ミナミに向かったのだ。

 サイトに記載された販売場所を見て、大阪タカシマヤ南海なんば駅)の前に販売員がいると知ったからだ(地図)。
 京都四条河原町あたりに行くことも考えたが、販売員はいつもいるとは限らない。他の場所を探すにしても、大阪市内だといくつも販売場所があるので移動が楽だと思ったのだ。

 しかし、大阪タカシマヤの前では販売員を発見できなかった。このあたりの土地勘がないので場所を間違えた可能性もあるし、時間が合わないのかもしれないし、天気が悪くてお休みしているのかもしれない。しかし、それを知る確実な方法はなかった。
 近くに、ネットカフェの看板を持った立ちんぼのおじさんがいた。いつもこの場所に立っていると言う。彼に路上販売員のことを聞いてみると、詳しいことはわからないが、何度か姿を見かけたことがあると言う。彼に正確な場所を聞いて(地下街出口)行ってみたが、姿はなかった。時間が早いせいかもしれないと思い、ゆっくりと朝食をとって10時頃にもう一度行ってみたが、今日は発見できなかった。まだ雨は降っていなかったが、天気を敬遠して休んだのだろうと断定した(販売員は、どれだけ仕事をするか自由裁量に任されている)。

 次に、12時ころ、JR天王寺駅そばの販売場所を見に行った。しかし、なんば以上に土地勘が無いので、サイトの地図の場所を全く見つけられなかった。その上、雨まで降りだしたので動きまわるのも大変だった。
 しかし、そのまま引き下がるのも癪だったので、天王寺駅の西北西の位置に有る交番で訪ねてみた。すると、警官はいつも販売員がいる位置を知っていて教えてくれた。天王寺駅10番出口(?)の階段のあたりに居ることが多いという。
 ちなみに、無許可で道路を占拠して物販をすることは法律で禁止されているという。ビッグイシューの場合、警察に相談したのだが許可が降りなかったという。警察の言い分は「ひとつに許可を出すと、際限がなくなる」ということだそうだ。面倒なことにならないように、一律認めないことにしたのだ。ビッグイシュー側は警察と協議し、1日のうちに定期的に場所を移動することによって「占拠ではない」ということにするという運用にしているそうだ(佐野章二『ビッグイシューの挑戦』)。

 今日は雨なので仕事を休んでいるかもしれないと思ったが、念のため確認に警官から聞いた場所に行ってみた。すると、ちょうど地下からの階段(10番出口?)を登り切ったところに販売員がいた。そこには屋根が付いていて、雑誌を濡らさずに売買が出来る場所だった。なお、ビッグイシューの販売員だけではなく、どこかの店のビラ配りも同じところで行われていた。

 ここで、ビッグイシューの最新号を購入。佐野章二『ビッグイシューの挑戦』も買いたかったのだが、彼は仕入れていないため在庫がないとのことだった。一瞬むっとしたが、彼はギリギリの収支の中で仕入れる商品を吟味しているのだろう。たぶん、同書の仕入れ値は1,000円くらいするはずだ。雑誌6冊販売分の利益に相当する仕入れ値であるし、在庫を用意したからといって確実に売れる保証はない。雑誌は300円だが、書籍は1,500円もするのだ。
 彼の置かれた立場を勝手に想像し、特に何も(「絶対売れるから、仕入れたほうがいいって!」とかなんとか)言わず、淡々と雑誌を受け取って去ることにした。

 でも、「雨なのに大変だね。がんばってね」とか一言くらい声をかけてやればよかったかもしれないと、あとで少し悔やんだ。彼はどこかオドオドした態度だったけれど、歳は僕と同じくらいに見えたんだ。幸いにして、「明日は我が身」とまでは心配しなくていい境遇にある僕だけれど、なんだか感じ入ってしまったのだ。

 その後、梅田に移動した。そこで書籍『ビッグイシューの挑戦』を売っている人がいないか探そうと思ったのだ。
 JR大阪駅と阪急梅田駅の間の横断歩道(といえば、分かってもらえるはず)の辺りにいることを事前に調べていたこともあり、すぐに見つけることができた。喉が乾いたので梅田でビールを飲んでウダウダしている間に、雨はあがっていた。15時くらいになっていた。

 販売員に『ビッグイシューの挑戦』の在庫があるかと聞いたら、あると言う。朝からの探索がやっと報われた思いがした。

佐野章二『ビッグイシューの挑戦』と路上販売員(白いキャップ) 早速買い求めようとしたが、僕の財布にはは五千円札が1枚入っているだけだった。価格が1,500円なので 3,500円を返してもらおうとしたが、彼はつり銭を持っていないという。僕の目の前で自分の財布を取り出し、千円札を1枚取り出した。それしか所持していないという。確かに、商品の主力が300円の雑誌で、それに高額紙幣を出す人もほとんどいないだろうから釣り紙幣を準備していないのも当然だろう。ましてや、雑誌1冊あたり160円しか現金収入の無い彼が、そもそも3,000円以上の剰余金を持っていないのも当然だろう。

 僕は、そこらで紙幣を崩してくると言って、一度立ち去った。
「1冊しかないから、誰かに買われそうになっても断りますねー!」
彼は、足早に去る僕に向かってそう言ってくれた。なんだかそれがとても嬉しかった。もっと足を早めて、地下鉄駅のキオスクでお茶を買って札を崩した。

 早歩きで戻りながら、彼が財布に大事にしまっていた千円札を思い出していた。彼は、千円札をきれいに4つに折り畳んでいた(いや、3つと表現するのかな?とにかく、2回折り曲げてあった)。それをゆっくりと丁寧に開きながら、1枚しか釣り札がないと僕に見せてくるのだ。それが妙に切なくて。
 歳の頃は、50歳オーバーくらいか。どれだけ頑張ってあの千円札を獲得したのかと思うと、胸が締め付けられた。

 1,500円と引き換えに本を手渡してくれた。本は砂ぼこりや雨で汚れないようにするためだろうか、ビニール袋に入れられていた。仕入れる前からそういう荷姿だったのか、彼が包装材を自腹で買ってそうしたのかは分からない。しかし、あとで『ビッグイシューの挑戦』を読む限りでは、販売資材は全て自腹だという。彼が客のためを思って袋を準備してくれたのかと思うと、ますます胸が苦しい。

 札を崩すためにコンビニで買ったお茶は、彼に差し入れた。ビールをガポガポ飲んだ後で、腹がタポタポしていたし。彼から見れば若造に見えるだろう僕が、上から目線(?)でお茶をおごるなんて、彼の自尊心を傷つけるかもしれないと思った。何かクドクドと理由をつけながら、互いに納得した上で手渡したほうがいいかもしれないと思った。しかし、慇懃無礼になってもいけないと思って、
「これ、差し入れです。どうぞ」
と、可能な限り自然に、素っ気無く手渡した。恥ずかしくて、その時の彼の顔を直視することはできなかった。だから、彼がどういう気持ちになったかは、一切わからない。

 天王寺の販売員と言葉を交わせなかったことを残念に思ったので、梅田の販売員とは今買った本の売れ行きについて少し聞いてみた。
「書店ではずいぶん売れているようですよ・・・」
彼がそこまで言った時、別の女性がやって来て雑誌を買い求めた。

 路上販売での売れ行きこそ聞きたかったのだが、長居して彼の商売の邪魔になるのもどうかと思った。女性客の対応をする彼に目で合図して、僕は帰ることにした。

* * *

 帰りの電車の中では、買ったばかりの『ビッグイシューの挑戦』をむさぼるように読んだ。
 どういういきさつでこの雑誌を起ち上げたか、ホームレス販売員との付き合いはどういったものか、リーマンショック以後のホームレス事情はどうなったか、諸外国との状況の違い、ビッグイシューの社会的意義と今後の社会のあり方などが、かなり詳しく書かれている。ベンチャービジネスの成功譚という側面もあるし、自分たちの生きている社会(特に、暗い部分)を知れるという側面もあるし、一生懸命生きているホームレスの姿に心打たれる側面もある。
 実際、ホームレスの人の苦労話を読んで、僕は電車の中で泣いた。やばかった。

 著者の佐野章二は作家ではない。最初に就職した会社での仕事は都市計画立案に関わるもので、独立後は各種NPO関係の仕事に携わっているようだ。その流れで、ビッグイシュー日本版の代表に就任した。どちらかというと、企画・実務家であり、マネージメントが得意なようだ。雑誌の経営責任を有するが、編集作業にはそれほど携わっていないようだ。編集長は、彼の昔からの右腕の女性だ。

 それなのに、同書の文章はかなりこなれていて読みやすい。構成も抜群で、内容に引き込まれ、退屈するところがない。著者が抜群の文章能力を持っているのか、ブレーンが優秀なのか、わからない。しかし、いずれにせよ、とても読みやすい。

 佐野章二『ビッグイシューの挑戦』は、ホームレス問題に興味がない人も、ましてやそういうことをウサン臭く感じている人であっても、一読をお勧めする。たとえば、事業を立ち上げる時にどんなことを考えればいいかといったヒントも散りばめられているから。

 本来なら、ここに amazon のリンクを貼って僕自身がお小遣い稼ぎをするところである。しかし、今回ばかりはそれを取りやめる。

 街でビッグイシューの路上販売員を探して、その人から買ってやって欲しいと切に願う。

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