『 リスクに背を向ける日本人』山岸&ブリントン

 本書は、山岸俊男(北海道大学文学研究科教授)とメアリー・C・ブリントン(ハーバード大学社会学部教授)の共著だが、スタイルは対談形式。
 約30年前、山岸がワシントン大学に留学したときにふたりは出会い、それから親しく付き合っているという(p.18)。対談でも、お互いの立場がよくわかっているせいか、スムーズに話が進行していく。

 そういう意味では、ディベートのように対立する意見がぶつかり合うと言ったものではない。だから、弁証法的に新たな提案が導きだされるといった類の展開ではないし、ふたりの意見を読者が咀嚼して自分なりの結論を発見するといった締めくくりでもない。
 両者ともに同じワシントン大学の社会学部で学んだ仲であり、学術的な背景も大きく共有していると思われる。だから、特に意見の対立もなく、スルスルと話が流れていく。誤解を恐れずに言えば、予定調和的な内容だと言えなくもない。

 しかし、それはまさしく著者らの目指した方向性だと思われる。世に問いたいメッセージを明確にし、読者に議論の出発点を提示するという観点から見れば、ひじょうに分かりやすい。今後の日本社会のあるべき姿、および人々が考えるべきことについて、うまくまとめられている。
 対談は2日間に渡って行われたという(p.12)。おそらく、話はずいぶんと右往左往し、発散したのではないかと想像される。それを、一筋のテーマに沿って再構成し、確固としたメッセージを発信できたことに、この本の成功はあると思う。


 本書のテーマは、「社会の流動性を高める必要があるのではないか」という提案だ。
 社会の流動性とは、自分の所属している組織(たとえば、会社や学校、国、地域など)を移ることの自由さが高まることだ。山岸もブリントンも日米比較の研究に長く携わっており、アメリカに比べて日本の社会の流動性が低いと考えている。日本の流動性の低さが、現代日本の閉塞感の根源ではないかというのが彼らの考えだ。

 社会の流動性が高い状態というのはどういう状態か。労働環境で言えば、企業は自由に労働者の解雇ができ、終身雇用は保証されず、みんながいわゆる「非正規雇用」になっている世の中。
 この考え方は、今の日本の主流(?)な世論とは正反対なのでギョッとする。今の主流(?)で常識的(?)世論は、正規雇用をもっと増やすべきで、企業が労働者を解雇するなんてとんでもないことだという考え方にあるからだ。

 とはいえ、学者さん-特に経済学者-の多くは、ずーっと「労働市場の規制緩和 = 解雇規制撤廃」を主張しているから、知ってる人にとっては別に目新しくともなんともないんだけれど。

 しかし、本書では著者らの実体験に照らしてそのことを説明してくれるので、カジュアルに読めて分かりやすくする工夫がされている。若い頃にアメリカで生活してすっかり慣れ親しんだ山岸が、日本に帰ってきて苦労したり工夫したりした話とか。今後、日本でも未婚で子育てしたり、同性愛者が養子を育てるといったことが増えてくると予想されるが、ブリントンは離婚後に中国から養子を迎え育て上げている。伝統的な家族形態とは違った、ひとつの家族のあり方として彼女の言葉は参考になる。

 彼らは社会にある問題を発見・記述し、それに対する対策を述べている。そして評価できるのは、実際にその対策に基づいた行動をとった結果を述べている点にある。本当は、彼らも都市や国といった大きな社会に対してその対策をとりたいと思っているのだろうが、残念ながら彼らにそれだけの権力はない。そのかわりに、自分の所属する大学や家族について実行した例が挙げられているのだ。その分だけ、主張に説得力がある。

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 ところでこの対談は「東京・音羽の講談社ビル」(p.7)で行われたと、場所が特定されている。しかし、対談が行われた日時は記されていない(p.12に、2日間に渡って行ったと、所要時間は書かれているが)。内容がかなり時事問題に触れるものであるし、対談の日時を明記すべきではないかと思った。

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