フジ『北の国から』第9回

心理学専攻だったくせに随分大きくなるまで「理性」と「感情」の違いが実感としてわかっておらず、20代半ばに異性関係で揉めた時に生まれて初めて自分が非合理な言動をしていることを自覚し、「あー、これが感情に駆られるという状態かー」と妙に感心したという経験のある当方が、BSフジ『北の国から』の第9回を見ましたよ。

* * *

1981年(昭和56年)正月。
純(吉岡秀隆)は同級生の正吉(中澤佳仁)の家へ遊びに行った。純は初めて正吉の母・みどり(林美智子)と話した。みどりは五郎(田中邦衛)とは古い顔見知りのようで、純のことを五郎には似ていないと評した。純にはそれがなんとなく嬉しかった。みどりは五郎に会いたいと懐かしそうに話すのだった。

草太(岩城滉一)とつらら(熊谷美由紀/現・松田美由紀)、そして雪子(竹下景子)が三角関係になっていることは正吉にすら知られていた。ふたりはマセた言葉を交わし、彼らの愛憎劇を面白おかしく見ていた。

その頃、つららが五郎を訪ねていた。
つららは、草太が自分にプロポーズしてくれたことを打ち明けた。しかし、雪子が帰ってきた途端に態度が豹変したと訴えるのだった。つららは物分かりのいい女になりたいと願っている。けれども、自分がどんどん嫌な女になっていることを自覚しているなどと一方的に話し続けた。
つららは、草太と雪子の仲がどの程度進展しているのか五郎に尋ねた。しかし、五郎は自分は恋愛については疎いなどと言い訳して答えようとしなかった。ところが、無器用な五郎の表情は真実を雄弁に語ってしまっていた。つららは、五郎はいい人だと評し、寂しそうに帰って行った。

1月5日、草太は雪子、純、螢、そして正吉をつれて大雪山へスキーに出かけた。
まさにその日、令子(いしだあゆみ)が麓郷に突如現れた。中畑(地井武男)の家を訪れ、五郎の家の場所を教えて欲しいと頼んだ。五郎は郵便物を中畑の家で受け取るよう手配していたので、令子は中畑の住所は知っていたが、五郎の家の住所までは知らなかったのだ。
中畑は令子を案内してやることにした。無視したとしても、令子は手をつくしてどっちみち五郎の家を見つけることだろう。それに中畑は、純と螢が留守にしていることを知っていた。今なら連れて行っても大丈夫だと判断したのだ。

突然の令子の登場に、五郎はひどくうろたえた。しかし、無下に追い返すわけにもいかず、家へ招き入れた。
令子は水道や電気といった公共設備のない住宅に驚いた。子供たちの寝ている部屋が、もともとは馬小屋だったところであり、2階に上がるにも粗末な梯子しかないことに眉をひそめた。それでも、子供たちの寝室を見ているだけで嬉しくて胸がいっぱいになるのだった。蛍のパジャマを長い間抱きしめていた。

令子は子供たちに会いたいとせがんだ。五郎が立ち会ってでも良いので、ふたりに会いたいと頼み込んだ。
しかし、五郎は、今はそれはできないと言って断った。五郎は、自分の一存で母親と子供たちを引き離すことは許されるべきではないと理解している。子供たちも令子に会いたがっているだろうと想像できる。けれども、まだ合わせるタイミングではないと説明するのだった。子供たちは3ヶ月経って、やっと麓郷での生活に慣れはじめた。強くたくましくなり、大きく成長しようとしているところである。そんな矢先に令子に会ってしまうと一気に里心が付き、これまでの成長が水泡に帰してしまうおそれがあるというのだ。1年か2年して、ふたりが十分に成長しきったら令子に会わせると約束した。そして、その時に、子供たちに好きな生き方を選ばせようと提案した。
令子はそれを受け入れた。

その代わりに五郎は、令子が遠くから子供たちの姿を見ることを許した。翌日の昼ころに子供たちを外に出し、中畑の車の中から見えるように手配するというのだ。令子はそれで納得した。
五郎は外で待っていた中畑を呼び寄せ、子供たちが帰ってくる前に令子を彼の車で帰らせた。

純と螢、雪子が帰宅した。
螢は家の雰囲気が違うことを察知し、来客があったのか五郎に尋ねた。しかし、五郎は中畑以外に誰も来ていないと嘘で答えた。
続いて、純は戸棚の上にデパートの包装紙で包まれた箱があるのに気づいた。それは五郎にとっても不意打ちだった。五郎は慌てて包みを奪うと、無造作に中身を取り出した。中からは、電池で動くカセット・ラジオが出てきた。五郎は純と螢へのお年玉だと嘘をついて手渡した。文明的な贈り物に純はたいそう喜んだ。

その隙に、五郎はデパートの包み紙やラジオの箱をまとめ、外に出て迷うことなく焼いた。様子がおかしいことに気づいて追ってきた雪子に、五郎は令子が来たことをこっそり打ち明けた。次の日に車の中から子供たちを見させる予定であることも告げた。五郎は自分は残酷なことをしているかと雪子に尋ねるが、雪子は何も答えなかった。

そんなふたりの様子を見ていた螢は、ますます不審に思うのだった。
夜中に、螢は隣で寝ている雪子を揺り起こした。寝室がなぜかきれいになっている上、自分のパジャマに令子の匂いが付いていると指摘し、令子が来たのではないかと聞いた。雪子は蛍のパジャマを嗅いで見せ、気のせいだと言ってごまかした。しかし、螢は納得がいかなかった。

翌日、五郎は風力発電機を作る計画を発表した。これまでせっせと描きためた設計図を披露し、今日は木を切ってプロペラを作ると宣言した。一同は外に出て作業を始めた。五郎がのこぎりを持ち、純と螢には木を抑える役割を与えた。
そこへ、中畑の車がやって来て、少し離れた所に停まった。純と螢はそっちへ迎えに行こうとしたが、五郎は木から手を離すなといって止めた。中畑が一人で近づいてきたので、五郎はのこぎりを純に任せ、中畑と立ち話を始めた。
その見せ場を、令子は言いつけ通りに中畑の車の中からじっと覗いていた。

間の悪いことに、草太が車でやって来た。中畑の車の横に自分の車を停めた。そして、家の方へ歩いてくる途中で、中畑の車に見知らぬ美女が乗り込んでいることに気づいた。草太は中畑をからかうように、遠くからこの女は誰だなどと叫ぶのだった。
雪子は慌てて草太の方へ走っていった。草太の腕を取ると、彼の車の方へ押し戻した。中畑の車にさり気なく近づいて、令子に姿を隠すよう指示した。そして、草太を車に押しこめ、自分も乗り込んで発進させた。
大人たちの奇妙な様子に、純は中畑の車が気になった。目を凝らして車の中の人物を確認しようとしたところ、螢が手を休めるなと叱咤した。言われるままに、純は木を切り続けた。

中畑は頃合いだと見て取り、用事があると言って帰って行った。令子は走る車の中から、ずっと子供たちの方を振り返ってみているのだった。そして、そのまま旭川空港から飛行機で帰京した。
令子が去ったのを確認すると、五郎は作業の終了を宣言した。純と螢を連れ出してソリ遊びに興じた。3人とも心の底から楽しんだ。

その頃、雪子は草太に事情を話していた。話を聞いた草太は怒りに駆られた。螢がうすうす勘づいていると聞いて、ますます腹を立てた。すぐに会える所にいる母子を会わせないでいること、しかも螢の気持ちまで踏みにじる五郎の所業をあまりに残酷だと言って怒り震えるのだった。

五郎は、子供たちを雪山に残し、先に帰宅した。物思いにふけながら、令子の置いていったラジオを手にとった。
そこへ、正吉の母・みどりが訪ねてきた。ふたりは幼馴染みで、20年ぶりの再会であった。会うやいなや、互いに配偶者と別れたことを報告し合い、それがおかしくて笑いあった。片親で子どもを育てる苦労について、互いに同情し合った。
みどりは、離婚に際して子供だけは絶対に手放さなかったことを話した。女にとって子どもは、腹を痛めて生んだのであり、自分の体の一部を切り取ったものだから、何よりもかわいいと言うのだった。みどりは旭川で働いているので正吉とは離れて暮らしているが、彼に会えることが何よりも嬉しいのだと話すのだった。五郎は複雑な表情でそれを聞いていた。

そこへ草太が怒鳴りこんできた。みどりがいるのも構わず、五郎が母と子供たちを会わせなかったことを激しい口調で糾弾した。普段は雪子にデレデレしている草太であるが、今日ばかりは雪子の静止にも取り合わなかった。五郎はうなだれて言われるがままであった。

その時、みどりも口を挟んだ。ただし、草太を加勢するかわりに、草太のことをどやしつけた。人にはそれぞれ、その人にしかわからない、理屈では説明できないような気持ちがある。それをわからないような若造が、他人の心の中にズケズケと入り込むのではないと、草太を撃退した。

場が鎮まり、一同は周りを見渡した。気づくと、ソリ遊びから帰ってきた純と螢が戸口に立っていた。どうやらふたりは話を聞いてしまったようだった。

夕食の時間になった。五郎と雪子は気まずそうに俯いていた。一方の純と螢は、どんなにスキーが楽しいか、目を輝かせてしゃべり続けていた。
頃合いを見て、五郎は令子がラジオを持ってきたことを告白した。

けれども、純と螢は即座に話題を変えた。風力発電装置が完成したらテレビが見られるどころか、電気代もタダだと言って大はしゃぎした。沢から自力で引いてきた水道もタダだし、素晴らしい生活だと言うのだ。純は今は令子のことに触れるべきではないと考えていた。申し合わせたわけでもないのに、螢も同じ気持でいるらしいことがよくわかった。

* * *

ラストシーンが涙を誘います。せっかく母(いしだあゆみ)が来ていたのに会えなかったことの無念さを思うと、純(吉岡秀隆)と螢(中嶋朋子)に同情します。残念に思っているだろうに、五郎(田中邦衛)のことを慮って、そのことには触れないように務めています。なんていい子たちなんだ。

草太(岩城滉一)とみどり(林美智子)もアツい。
つらら(熊谷美由紀/現・松田美由紀)を酷いやり方で捨てようとしているクズな草太なのに、母子を合わせようとしないクズな五郎を一人前に説教してやがる。クズがクズを罵っているだけなのに、妙にかっこよかったんだ。後先考えずに感情で突っ走るクズっていうのは、たまにすごくかっこよく見える。
みどりは、子どもがいかにかわいいかを滔々と語り、母子の愛着の強さを切々と話す。この観点から見れば、五郎のやったことは許しがたいことだ。けれども、酸いも甘いも噛み分けたであろうみどりは、人には理性では説明のできない複雑怪奇な感情があることを指摘し、五郎を弁護する。かっこいいじゃないか。祖父に子どもを預けて、都会で水商売をやっているクズなのに。
アツかった。

そんなわけで、アツいクズ全員に今回のナンバーワン・クズ賞をあげたい。

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