NHK『風、薫る』第1回

今シーズンの根性だめしを始める当方が、NHK朝の連続テレビ小説『風、薫る』の第1回めをNHK+で見ましたよ。

* * *
第1週『翼と刀』

明治15年(1882年)、文明開化によって東京府は目まぐるしく変化していた。人々は西洋の目新しいものをどんどんと取り入れ、競うようにそれを互いに見せびらかしていた。

そんな街の中で、大家直美(上坂樹里)は異彩を放っていた。
彼女は誰も着ないような古臭い江戸風の装いで歩いていた。マッチ箱製造の手工業で糊口をしのいでいるが、そもそもが薄給のうえ、しくじって材料を無駄にするとその分が給金から引かれてしまう。しかも、親のいない孤児であった。そのようなわけで、好むと好まざるとにかかわらず、薄汚い格好しかできないのだった。

それでも、直美は自分の境遇を嘆いてはいなかった。
小綺麗な格好をした女学生たちにバカにされても
「いかにも、私がみなしごで耶蘇の貧乏女ですが、なにか?」
などと堂々と言い返す強気な性格でもあった。

同じ頃、栃木県那須の農村には17歳になる一ノ瀬りん(見上愛)が暮らしていた。そこは東京の繁栄とは正反対なのどかな田園風景で、彼女は百姓の娘として農作業に従事していた。

彼の父・信右衛門(北村一輝)は、藩の筆頭家老を勤めていたほどの名士である。しかし、ご維新の時に突如として武士を辞め、百姓になった。りんは当時3歳であり、父が武士を辞めた事情を知らない。誰に尋ねても理由を教えてくれなかった。
それでも、父・信右衛門は今でも周囲からの尊敬を集めている。旧藩の関係者は近所に大勢暮らしており、彼らは今でも信右衛門のことを丁重に扱う。家来の中村(小林隆)などは、今では県役人として立派に勤めているが、足繁く信右衛門を訪ねては政府への仕官を勧めてくる。
しかし、信右衛門は百姓の暮らしを変えるつもりはなかった。ただし、頻繁に農作業の手を休めては和歌を詠むなど、どこか浮き世離れしているところもあった。

一方、りんの母・美津(水野美紀)は表面では信右衛門に従っているものの、自身が旧藩主の一族出身ということもあり、内心は家名復活を望んでいた。今でも娘たちに薙刀の稽古をつけ、気位が高かった。

りんと、2つ下の妹・安(早坂美海)は年頃ということもあり、いつか自分たちが結婚する時のことを考えずにいられなかった。女の人生はどこに嫁ぐか次第であり、商家の妻はどうだ、宿屋の女将はどうだなどと、浮ついた話に終始していた。

そんな矢先、りんの縁談話が持ち上がった。相手は東京で手広く商売をしている商家の長男だという。妹がふたりいて、なかなかの男前だという。妹・安は滅多にない良縁だと言って、自分が嫁になりたいと騒ぎ出す始末だった。
しかし、りんは乗り気がしなかった。一ノ瀬家を継ぐためには婿を取らねばならない。大きな商家の長男が婿に来てくれるはずなどないからだ。家のことを思えば、今回の縁談は成立しないと思った。
けれども、父・信右衛門は婿を取らなくてもいいと静かに話した。りんが幸せになるのが一番で、家のことなど考えなくてよいというのだ。
その日は、結論は出ず、保留となった。

実はりんは、近所の百姓の息子・虎太郎(小林虎之介)のことが気になっていた。虎太郎もりんのことをいつも気にしている。農作業中にふと目が合うこともしばしばである。
本人たちはそれを表に出そうとしないが、端から見ている安にはふたりが惹かれ合っていることが明白だった。安が姉への縁談を横取りしようとしたのも、それが多少関係していた。
安から虎太郎に嫁げばよいと冗談を言われ、りんは怒ったものの、やはり彼のことを意識せざるを得なかった。百姓の妻になった自分のことを想像できないでもなかった。

翌朝、畑に向かって歩いていると、向こうから虎太郎が駆け寄ってきた。
真剣に何かを訴えようとする表情にりんはドキリとした。

そんな虎太郎から出た言葉は、コロリ(コレラ)が発生したという知らせだった。

* * *

原作は田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』(Amazonリンク)だそうです。
今回、ダブル主人公体制で、一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)が互いに支え合い、日本の看護師の礎を作っていくお話だとか。

ところで、主人公のひとりが「ナオミ」って名前であるところに最初引っかかって。まぁ、後に解消したんだけど。

何に引っかかったかと言うと、日本で「ナオミ」って名前が一般的になったのは大正以降だと聞いたような気がしていたから。特に、谷崎潤一郎『痴人の愛』(Amazonリンク)の登場人物の名前から日本で知られるようになったというのが僕の理解だった。
というのも、「ナオミ」って元は旧約聖書に出てくる人物の名前らしいじゃん?僕は旧約聖書にあたったことないんだけれど。Naomi Campbellという、久保田利伸と一緒に『LA・LA・LA LOVE SONG』を出したスーパーモデル(死語?)もいるわけだけれど、彼女は別に日本フリークだから日本名の直美とか尚美とか奈緒美とか、その他のなおみとかからつけたわけじゃなくて、旧約聖書の方から来てるわけでしょ?
で、今回のドラマの時代設定は明治15年であって、主人公のひとりの直美は15-20歳くらいだから、幕末ころに生まれてるんだよね。谷崎の『痴人の愛』が出るよりずっと前だし、そもそも鎖国していた日本に旧約聖書はほとんど入ってきてないわけで。どうしてそんな時代の女性に直美って名前がついてんだろうか、と。天下のNHKが時代考証をミスったのかと一瞬がっかりしたんですよ。

ところが、設定を見てみれば、このドラマの直美は孤児で、キリスト教の牧師に育てられたらしい。なるほど、それなら牧師が旧約聖書を引用して名付けたとすれば全く問題ないな。おけおけ。

最後に別の話。
今回、1週間もたないかも。。。主人公ふたりがまだ出会ってもおらず、2地点並行で進行するのは、僕の能力ではまとめにくい。

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