天王山・久修園院: 西国愛染明王ツアー(12)

久修園院の御朱印

西国愛染十七霊場の12番、大阪府枚方市の久修園院(くしゅうおんいん)に行ってきた。

ここに収蔵されている愛染明王は、高さが6尺(約2m)もあり、日本で最も大きい愛染明王像ではないかと言われているそうだ。確かに、薄暗いお堂の中で見ると、その巨大さに思わず息をのんだ。造形も雄々しく、なかなかの迫力。この愛染明王の前では、悪いことできないなぁ、って感じになってくる。

愛染明王と言えば真っ赤なボディが特徴だが、ここの愛染明王は黒くすすけている。指の間やわきの下など、かげになる部分は赤い色が見て取れたが、それ以外は黒くなっていた。
案内してくれたおばあさんの話(後述するが、彼女の話は要領を得なくて、僕の理解が間違っているかもしれない)によれば、一度火災に巻き込まれて、煤だらけになったそうだ。煤を払って身を清めようとしたのだけれど、当時の住職さんの「仏さんの体に軽々しく触れるべきではない」という意見に従ってそのままにしてあるとか。

母屋さて、本日、久修園院を訪問して、ちょっと複雑な思いをしたのが、案内をしてくれたおばあさんだ。

丑年生まれで、2日前に84歳になったというおばあさん。髪の毛は真っ白だし、顔はしわくちゃ。聞けば、この寺に生まれて、現在までずっとここで暮らしているらしい。

最初に到着したときに時間を戻す。
久修園院の駐車場横に小さな入り口があり、「参拝者は、こちらのブザーを押してください」と張り紙がしてある。言われた通りにインターフォンを押したのだが、全く返事がない。仕方ないと思い、そばにあった地図を手がかりに、勝手に境内へ入って、母屋の方へ向かってみる。

母屋の玄関には柴犬が1匹いたのだが、僕の姿を見るや、吠えることもなく、少しだけ開けられた引き戸の隙間から玄関の奥に引っ込んでしまった。まったく、番犬失格だ。
そんな犬なので、僕もビビることなく玄関から中を覗き、2、3度声をかけた。声をかけて、1分くらいすると、こちらへ近づいてくる足音をやっと捉えることができた。
そこで出てきたのが、ヨボヨボのおばあさんだ。

別棟の愛染堂の見学をしたいことと、御朱印が欲しい旨を伝える、おばあさんはちょっと困ったような顔をする。
足が悪くて、動きがのろくて申し訳ない
ボケてしまって寺が書けない(特に、”愛”と”染”が難しい)
と、言うではないか。
心の中で、愛染明王の朱印集めも11番までで終了かと、ちょっと悲しくなり始める当方。

とりあえず、朱印は事前に娘(?)が書置きしたものがあるとのことなので、それでお願いすることにした。冒頭写真がそれだが、十分立派なものである。日付部分はおばあさんが書いてくれたものだが、確かに頼りない姿になってしまっている。

愛染堂の鍵を開けてもらうために、母屋からおよそ100mくらい歩かなくてはならない。
おばあさんは外履きのサンダルに履き替えようとするのだが、いつ脱ぎ捨てたのか、サンダルはひっくり返って散乱している。腰をかがめるのも億劫なようで、つま先でサンダルの向きを揃えようとしている。人として、ごく当たり前のことだから、僕は彼女のサンダルを拾って、彼女が履きやすいようにそろえてやった。

すると彼女は、少し厳しい顔になって
男の人が、女の履物なんかに触ってはいけません。相手がめでたきお方ならまだしも、私のような下の者の履物なんて、もってのほかです
と言うではないか。
21世紀にもなって何を言ってんだこのばーさんは・・・と思ったわけだが、これまた人の常識として、ご老人の倫理観(しかも、僕に迷惑はかからない)に異議を申し立てるのも無礼だと思い、それに従った。

その後、愛染堂へ向かう道中、花を付け始めた1本の木の前で足を止めて「自分で植えた木なんだけれど、名前がわからんよーになった。この木の名前知らんか?」と聞かれたり(当然、当方は知らなかった。しかも、復路でも全く同じことを初めてのように聞かれた。)、「3年前に脳梗塞になって、それからみるみるボケてしまって自分でもどうしようもない」と当方にはどうしようも力になりようのない打ち明け話をされたり、20個以上の鍵の束の中から目的である愛染堂の鍵を見つけることができなかったり(代わりに当方が探し、施錠までの間当方が鍵を管理する始末)と、当方は生まれて初めてボケ老人とマン・ツー・マンで対応してしまった。
それは、僕の人生にとって、ちょっとしたショックであった(いい意味で)。

久修園院の愛染堂で、肝心の愛染明王と対面したのだけれど、おばあさんは「自分はすべてさーっぱり忘れてしまった」の一言で説明を終えてしまった。仕方ないので、そこにおいてあったパンフレットを自分で読んだ。

久修園院の愛染明王は、1674年に同院の宗覚律師が、実母の死後8年目に母を思い自ら制作したそうだ。その縁により、母の愛を慕う「慈母愛染」であるとされているそうだ。

件のおばあさんは、そういう縁起をはっきりと思い出すことはできなかったようだけれど、幼い頃からこの寺で育った結果だろうか、自然に「そこにある鐘を突いて、お参りしてください。お父さんやお母さんのことをお祈りしなさい」と口に出して言ってくれた。

こんなことを堂々と書いたら絶対にバチがあたるだろうから、今まで書いてなかったけれど、僕は見仏をしても、今まで仏像の前で手を合わせたことはほとんどない。
でも、今日はおばあさんに言われたことに自然に従ってしまって、そして、自分の親ではなくて、おばあさんのことを祈ってしまった。彼女がもう少しだけ長生きできますように、と。
これまで神仏にお祈りするときには、完全に自分の利益になるようなことしか願ったことのなかった当方だけれど、今日だけはなぜか他人の幸せを祈ってしまった。
最初、このおばあさんを見たときは、動きがスローだし、要領を得ないし、ものすごくイライラしていたはずなのに、どこでどう間違っちゃったのかは、よーわからんかった。よーわからんし、もうその原因はどうでもいいと思うし。

猫ホステスその後、「お茶でも飲んでいき」と言われ、猫のホステスらにモテモテになりながら、コーヒーとチョコレートでおもてなしいただき、30分くらいお話して帰って来た。

本当かどうかは知らないが、おばあさんは「私は人の好き嫌いが激しくて、いつもはこんなことしない。おにいさんは特別や」と言ってくれた。
その言葉が本当かどうかは知らないが、コーヒーを淹れて持ってきてくれたとき、さっきと比べて唇が鮮やかになっていた。どーも、口紅をさしたっぽい。僕が特別だというのは、どうやらウソじゃないらしい。

いつもなら、「おばあちゃんも、あと50歳若ければ、この場で押し倒したんだけどねー」なんて軽口を叩く当方なのだが、今日はさすがに言い出せなかった。
その代わり、「愛染さんの御朱印が全部揃ったら見せに来るから、それまでは体に気をつけて元気でいてくださいね」と言って帰って来た。

残りあと5箇所。

※余談: 4年前に訪問したぴっかり食堂のすぐそばでビックリした。

久修園院【久修園院(くしゅうおんいん)】
住所: 大阪府枚方市葛葉中之芝町2-46
Tel: 072-857-3969
駐車場: 境内に5-7台(無料)
交通アクセス: 京阪橋本駅 徒歩すぐ


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コメント (2)

  1. alm-ore

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