朝の連続ブログ小説『ぼっこてぶくろ』第1回(フライング・スペシャル)

今日から始まる新しい朝ドラ『あまちゃん』のまとめ記事について多少の程度ニーズがあるにも関わらず、その期待を裏切り、半年かけて自慰的小説を毎日連載することに決めた当方がalm-ore朝の連続ブログ小説『ぼっこてぶくろ』の第1回をお届けしますよ。

第1週「ぼくらの七日間戦争」

 1988年(昭和62年)6月。中学2年生の松本里恵(廣田あいか)は憂鬱だった。明日の体育大会が嫌でたまらなかった。

 里恵の生まれ育った北海道苫小牧市は海沿いの街である。いつも強い潮風が吹いている。せっかく髪をセットしても、朝の10分の登校中に風でめちゃめちゃにされてしまう。里恵は毎日それに腹を立てていた。ましてや、体育大会で1日中屋外にいるとなれば、湿気を含んだ海風と巻き上げられた砂ぼこりで髪も肌もベタベタになる。ますます腹立たしい。

 そこで、里恵は体育大会が雨で中止となるよう、逆さてるてる坊主を作成することにした。通常のてるてる坊主が晴れを祈願するものならば、それを逆さに設置すれば雨が降るという理屈だ。

 初めにネピアのティッシュペーパーを材料にして2個作った。数の多さに比例して効力も高まると信じた。油性ペンで悪魔のような顔を描き、不気味な表情に仕上げた。思わず唇を歪めてほくそ笑むほど良い出来だった。そのてるてる坊主を逆さにしてベッドサイドに吊るした。もう夜も遅くなってきたが、里恵は興が乗った。念には念を入れようとも思った。

 通学カバンの中から、新たにピンクのティッシュと空色のティッシュを取り出した。クラスの女子との交換や、給食をこぼしたりした男子にさっと渡してやる時に使う、取って置きのパケットティッシュだ。少々もったいない気もしたが、背に腹は代えられない。ピンクと空色のてるてる坊主は、少しだけかわいらしい小悪魔顔にした。キュートな仕上がりになった。

 4つ並べたところで、黄色が欲しいと思った。黄色は里恵の一番好きな色だ。レモンのような鮮やかな黄色が大好きだった。ただし、普段はレモン色を身につけることはしないし、そのような色合いのものを買おうともしなかった。レモン色は儚い色だから、周囲にある他の色に侵食されてくすんでしまうような気がする。それでは台無しだ。
 サムシングブルーといって、純白の花嫁は何か一つ青いものを身につけて結婚式に臨むという。しかし里恵は、自分の結婚式には誰にも知られないように、青ではなく黄色い何かを用意しようと思っている。

 里恵は引き出しからハンカチを取り出した。去年の誕生日に、親友の武藤佐紀子(近藤理沙)から贈れたものだ。里恵は自分の好きな色のことはほとんど人に話したことはないのだが、佐紀子には一度だけ話したことがあった。そのことを覚えていた佐紀子が、とてもきれいなレモン色のハンカチを見つけてきてくれた。里恵にとって理想的な色で、とても肌触りが良かった。自分が誰といつ結婚するかはわからなかったけれど、必ずこのハンカチを持って式を挙げようと思っていた。ブーケトスは上手く工夫をして、佐紀子がきっと受け取れるようにしようと考えていた。

 そのレモン色のハンカチを丁寧に広げ、丸めたティッシュを頭の芯にして最後のてるてる坊主を作った。今まで、そのハンカチは一度も使わず大切にしまっていた。けれども、てるてる坊主にすることに少しも躊躇がなかった。むしろ、これだけ大事にしておいた宝物で作るからこそ、てるてる坊主の効力も増すだろうと期待した。明日はきっと雨が降る。通常授業になるはずだ。放課後は大急ぎで家に帰り、てるてる坊主を解体しよう。首の部分は輪ゴムで絞った。目や口のパーツは紙で作って両面テープで留めた。これならハンカチをあまり汚すことがない。解体したら丁寧に手洗いをして、柔軟剤に浸けて、よくすすいで乾かそう。乾いたら丁寧にアイロンを掛けて、きちんと畳んで、また引き出しにしまう。大切に大切に。

 これだけやったのだから明日の体育大会は雨で中止に違いない。けれども明後日はきっと晴天だと信じる。ハンカチを天日で思いっきり干そう。黄色が青空に映えて絶対に素敵だ。『幸福の黄色いハンカチ』という映画は見たことがないけれど、無数の黄色い布地が青空にはためく写真は見たことがある。
「ハンカチの枚数が多すぎる、1枚でいいのに」
とは思うものの、里恵はそのシーンを思い出して少しだけ幸せな気持ちになった。黄色いハンカチが恋人同士の仲を取り持つ。なんてロマンチックなんだろう。

 逆さてるてる坊主を作り終えると、里恵はベッドに潜り込んだ。部屋の明かりを消すと、また少し気分が沈んだ。明日の体育大会よりも、もっと嫌なことを思い出してしまった。今日の放課後の出来事だ。

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