当ブログの開設は2003年12月31日です。つまり、今日でちょうど10年。
その間、なーんにも成長していなくて情けなくなるやら、よく考えればいろいろな変化もあったような。ちょっぴり複雑な感慨にふけっております。
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当ブログの開設は2003年12月31日です。つまり、今日でちょうど10年。
その間、なーんにも成長していなくて情けなくなるやら、よく考えればいろいろな変化もあったような。ちょっぴり複雑な感慨にふけっております。
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Transfer payments to the poor have a role as well, because fighting poverty can be viewed as a public good.
貧困との戦いは公共財であるという認識から所得移転が正当化されるのである。
経済学101『グレッグ・マンキュー、トップ1%を擁護する』
あえて暴力的かつ極端な言い方をすれば
「貧乏人は不潔で教養もなく、はたらけどはたらけど猶きゃつらの生活らくにならざりぢっと手を見るばかり。とても目障りで不愉快だ。そんな奴らはこの世からいなくなればいいのに。アンタもそう思うだろ?みんなで力を合わせてこの世から貧乏人どもを駆逐しようぜ!」
ってことだよね。
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まずはオリジナルの山口百恵。
1980年の曲だから、21歳の時だろうか。基本的にベビフェ好きな当方だけれど、このアダルトな色気にはクラクラ。
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0.01ミリ世界最薄コンドーム売れすぎ 相模ゴム工業、開発10年、汗と涙の結晶 (zakzak)という記事を見つけた。
コンドームブランド「サガミオリジナル」でおなじみの相模ゴム工業(神奈川県厚木市)が新発売した世界最薄0・01ミリのコンドームが注目を集めている。発売2週間で売り切れになる店舗も出るなど、大ヒットの兆しをみせているのだ。構想から10年以上かけて開発にこぎつけたという逸品。
「そうそう、俺が6月まで住んでいた厚木市にはかの有名なサガミの本社があったんだよね」
とか
「つーか、非モテの俺には0.01mmだろうが、0.02mmだろうが関係ねーんだよ!使う機会ねーしな!」
とか
「思い切って、使用感レポートでも書けばいいのか?そんなわけで、助手(♀)の募集でもするか!?」
とか、いろいろ思うところもあるわけだが、今回その辺りはスルー。
僕が気になったのは、記事の終盤に書かれている一節。
だが、国内の市場は縮小気味で、総生産数量は年々減少。厚生労働省の調べでは、1997年に約858万箱(1箱当たり144個)だったのが、12年には約457万箱まで激減した。それだけに新商品の開発に力を注ぐメーカー側には「市場活性化の起爆剤にしたい」との思いもあるようだ。
1997年から2012年にかけて、生産量が47%近くも減少している。これは驚く。なんでこんなに減ったんだろう?
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家に帰るため、大阪難波駅から近鉄に乗った。ここからは乗り換えを含めて40-50分の行程だ。車内は混雑というほどではなかったが、座席は全て埋まり、あちらこちらに立っている乗客がいた。
僕は運良く、ドア横の座席に着くことができた。乗換駅の大和西大寺まで快速急行の約30分間の安泰を得ることができた。
やれやれと安堵していると、ドアの前で話をしている女性の声が聞こえてきた。見ると、40歳代らしき母親と高校生らしき娘の二人連れだった。ふたりはミナミでショッピングを楽しんだ帰りのようだった。買い物袋を幾つか腕にぶら下げている。
娘は前から欲しかった「インヒールスニーカー」というものを買ったそうだ。僕は彼女らを盗み聞きしつつ、初めて耳にする「インヒールスニーカー」という単語に対して頭の中で疑問符をいくつも浮かべていた。それは母親にとっても同じだったらしい。娘は、買ったばかりのインヒールスニーカーを袋から出して母に説明している。なんでも、ヒールの高いスニーカーなのだが、靴の中が高く盛り上がっていて、外から見ると通常のスニーカーのシルエットのように見えるものらしい。
なお、amazon.co.jp で調べてみると、おそらく同じものだと思われる商品が見つかった。バンドの付いているのが特徴だったし。これの白だった。
僕は「それって、昔からあるシークレットブーツと同じじゃん!?」と突っ込みたかったのだけれど、いきなり話に参加するのも不審なのでニヤニヤしながら聞き耳を立てるに留めた。ちなみに、その娘は黒髪のロングヘアーで色白ベビーフェイス、上顎中切歯がとても大きかった。僕の好みの女の子のお手本のような女の子だった。
母親は、高校生くらいの娘がいるとは思えないほど若々しく、美人で、生活疲れしているようにも見えなかった。カジュアルな装いで、有名ブランド物というわけではなさそうだったが、上品な着こなしだった。フォーマルドレスを着ればよく映えそうな華やかな顔つきの人だった。基本的に僕のストライクゾーンを外れている造作なのだけれど、この人に言い寄られたら無下にはできないと思うだけの美人だった。
母親は明らかにファッションセンスの良い人だった。娘とふたりで週末のショッピングに行き、仲良く互いの試着に付き合い、見立てをし合っただろうことが想像された。世間で言う「友達のような親子」の典型例のようだった。
ファッションに詳しそうな母親だけれど、インヒールスニーカーのことはよく知らなかったようだ。娘の説明に聞き入っていた。その様子は、「最近の若い子の感性はわからないわ」と呆れているようでもあったし、娘と対等にファッションの話をできるのが楽しそうでもあった。
見ているこっちも愉快な気分になってきた。めっちゃかわいい母娘だったし。
母娘は立ったまま荷物を持っていたので大変そうだった。母親は1つの荷物を、娘は2つの荷物を持っていた。母は娘を気遣い、荷物を1つ肩代わりすることを申し出た。すると娘は、迷うことなく、大きくてかさばる方の荷物(中身はインヒールスニーカー)を差し出した。
母親は苦笑しながら
「年寄りを労るということを知らない子だ」
などと言っている。
僕はそこで思いっきり吹き出しそうになった。誰が見たって若く見える母親が、自分のことを年寄りなどというのだ。周りには、もっと高齢な乗客もいるのに。その母親より実年齢は下なのに、彼女より老けて見える乗客も何人かいる。彼女らを差し置いて、自分を年寄りだと言ってのける母親が可笑しくて。
僕は、このふたりをいい母娘だなと思った。さっきから話が面白いので、できれば友達になりたいと思った。ふたりと友達になることが無理なら、娘の方とお付き合いしたいと思った(なんてったって、当方のタイプのお手本だったし)。娘と交際することが難しいなら、ふたりが母子家庭だといいのにと願った。その上で、母親と再婚して家庭を持つのもやむ無しと思った。
内田春菊『ファザーファッカー』の父親みたいな生き方もアリかもしれないとチラリと思う。こんなに美人が妻で、あんなに可愛らしいティーンエイジャーが義理の娘になるなんて夢のようじゃないか。娘が急に反抗的になり、妻に「後ろの穴に入れようとしたんでしょ?」と言われる人生もまた乙かもしれない。
2009年11月20日
2011年12月9日
2013年8月2日
「中ぱみゅちゃん」とは、僕が毎朝立ち寄るコンビニの店員さんのことだ。
お人形さんのように白い肌で明るい茶色のロングヘア、少々ポップな化粧を施し、いい意味でエキセントリックな色合いのパンツとスニーカーをいつも履いている。その雰囲気がタレントの中川翔子に似ていたので、僕は心の中で彼女のことを「中川翔子ちゃん」と呼んでいた。
ある時、彼女は髪を切った。前髪をまっすぐに切りそろえたセミロングのボブカットだ。その姿は、もはや中川翔子というよりもきゃりーぱみゅぱみゅであった。
そういう経緯で、中川翔子ときゃりーぱみゅぱみゅを混ぜて、「中川ぱみゅぱみゅ」だとか「中ぱみゅちゃん」だとか呼ぶこととした。
僕が彼女を初めて見たのは、もう2年くらい前のことだと思う。
僕は、人の見た目や職業、出身や学歴、性別、その他などで偏見を持たない人間でありたいと常々思っている。そう心がけているつもりだ。
けれども、彼女を一目見た時、
「うわ、ヤンキーあがりのくだらない女に違いない。こんな子にレジ打ちされるなんて、今日はツイてない」
などと思ってしまった。情けないことに。
ところが、僕の愚かな先入観は瞬く間に覆った。
彼女は僕の目をしっかりと柔和に見据えて、ハキハキと丁寧に挨拶をした。テキパキと商品のバーコードを読み取り、慎重かつ手早く袋詰めしてくれた。ポイントカードの有無の尋ね方や電子マネー読み取り機への誘導も気持ちのよい口調だった。接客マニュアルからそのまま飛び出してきたかと思うほどの適切さであった。お腹の低い位置で両手を合わせ、腰から折り曲げて会釈をする姿には気品が感じられた。接客の間中、常に口角を上げて上品な笑顔をたたえていた。
月に何度かしか立ち寄らないコンビニであったが、気持よく買い物ができたので、それからは週に何度か行くようになった。無論、頻度は増加する一方だった。今ではほぼ毎日立ち寄る。「ほぼ毎日」であって、必ず毎日ではない。なぜなら、今や中ぱみゅちゃんの週4日の出勤シフトを把握したので、彼女がいない日には行かないからだ。
彼女の出勤日には、駐輪場にかわいいスクーターが停まっている。松田優作がドラマ『探偵物語』で乗ってたやつみたいな小洒落たスクーターだ。それがない日はお休みだ。僕はコンビニを素通りする。彼女の休暇予定日でも駐輪場だけは必ず確認する。そこにスクーターが停まっていれば、彼女の臨時出勤かもしれないからだ。
ていうか、あのスクーターかわいい。彼女によく似合っている。2-3回、彼女がそれに乗っている姿を見たこともある。少女向けファッション雑誌のお手本のようだった。
ほぼ毎日顔を会わせているおかげで僕達が親しくなったかというと、残念ながらそのようなことはない。
ふたりの関係で変わったことといえば、彼女が僕の顔と電子マネー利用者であるということを覚えてくれた程度だ。僕が何も言わなくても、率先して電子マネーでの支払いモードに切り替えてくれる。よく言えば「あうんの呼吸」ができ上がったのだ。しかし、そのせいで彼女の僕に対する口数は減ったことになる。親切丁寧で耳障りの良い彼女の声があまり聞けなくなったことは残念だ。
それでも、毎朝の通勤が楽しくて仕方がない。つまらないことがあって会社に行きたくないなぁと思う日でも、その途中に中ぱみゅちゃんがいると思えば会社に行く意欲が湧いてくるし、彼女に接客してもらえば「今日はいい日だ」と前向きな気分にもなれる。ありがたいことだ。
特に親しくなったり、私的な会話を交わすことがなくても、それで良かったのだ。
そんな僕と中ぱみゅちゃんとの関係は、明日の朝を限りに大きく変化することだろう。何がどう変わるかについては、いずれ知れることと思う。