PEACE BED アメリカ VS ジョン・レノン

本日公開の映画「PEACE BED アメリカ VS ジョン・レノン」を見てきた。
あまり期待しないで見に行ったせいか、実際に見てみるとものすごく面白かった。
とはいえ、200人くらい入る劇場に6人の客しかいなかったけど。




この作品は、政治活動に率先して参加していたジョン・レノンの半生を描いたドキュメンタリー映画。
物事をよく知らない当方なので、現代アメリカ史もよく知らないが、60年代のベトナム戦争とニクソン政権の頃が時代背景となっているようだった。

僕の見たところ、この映画は大きく2部に分かれる。
前半は先に書いたとおり、ベトナム戦争反対運動を主軸に、ジョン・レノンがオピニオン・リーダーの一人として活動をしていた様子。
後半は、政府の陰謀によりジョンが国外退去命令を受け、それと戦う様子(最終的に、退去処分は取り消され、永住権を取得することになる)。

僕にとっては特に前半が面白かった。
泥沼化するベトナム戦争への派兵の是非と米大統領に対する世論の二分化という構図は、今日のアメリカが直面している問題の鏡写しだと思えたから。そして、それに堂々と意見を述べる有名人の存在。例えば2003年のイラク戦争に前後して、ブルース・スプリングスティーンを初めとするアーティストたちが反ブッシュを前面に押し出した活動をして注目を浴びたり。
映画の中でも、ジョン・レノンの登場は政治的メッセンジャーとしてのロックンローラーのはしりとして描かれていた。ただし、映画の中では「活動家の口車に乗せられて、広告塔として利用されただけ」みたいな意見も紹介されていて、単なるジョン賛美映画でないところに好感を持った。

前半のクライマックスは、ジョンとヨーコが平和啓発活動のために、ベッドにこもって1週間を過ごすという “Bed In” イベントを行ったところ。
“Give Peace A Chance”(平和をわれらに!平和にチャンスを)というシンプルなメッセージを、超有名人が歌うことでどれほどのインパクトがあったかを、あらためて教えてくれている。
今日の日本風に言えば
「そんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ、そんなの関係ねぇ!平和をわれらに!」
ってところか。

あと、シビれたのはジョン・レノンがご存知”WAR IS OVER! (IF YOU WANT IT)”というあの有名なポスター広告を世界の大都市に自費で出稿した時の話。
#どんなポスターか知らん人はこちら参照
メディアに「いくらくらいかかったの?」と費用を聞かれて曰く、
それなりに金はかかった。でも、人の命に比べたら全然安い
良いお金の使い方を知っている人だと思った。抱かれてもいいと思った。


前半のテーマは、ジョンが民衆の代表として、人々の自由や権利、平和の主張をしていたということ。
学校で習う歴史のお勉強じゃないけれど、民主制というのは勝手に与えられたものではなく、人々が勝ち取らないと得られないものなんだなと、映画を見ながらぼんやり考えてみたり。
Power to the people だ。

そして、当時はジョンのような一部の超有名人じゃないと、自分の意見を表明できない時代だったんだな、と。
現代では、インターネットで、(他人から注目されるかどうかは別問題だが)誰でも世界に向けて意見を表明することができて、潜在的には60年代のレコードプレイヤー所持人口よりも多くのインターネットユーザに意見を届けることができるんだ。素晴らしい世の中に生きてるじゃないか。
それなのに、あんまり立派なご意見が世間から出てこないように見えるのは、どういうわけだ?
まぁいいけど。


正直、前半の密度が濃くて、いろいろ考えさせられる内容だったのに比べて、後半はちょっと尻すぼみ。
確かに、政府が一個人を徹底的にマークして一方的に権利を奪ったという話はショッキングではあるが、この事件は人々一般の生活とは次元の違う話であり、ごくごく個人的な話が有名人というだけで大げさに取り上げられているに過ぎないと思った。
映画のタイトル的にはここが主眼なのかもしれないけれど。
それでも、話のスケールとしてはちいせぇな。


まとめると、現代アメリカ史とそれに関連したジョン・レノンの活動として、前半部が面白い。
後半はジョン・レノンが大好きな人以外にはあまり楽しめないと思う。

なお、彼の死に関しては歴史的事実を伝えるだけで、事件の背景等には一切触れない。

あと、生成文法で有名な言語学者 Noam Chomsky がインタビュイーとして出てきてびっくりした。
肩書きは言語学者ではなく、「批評家」だかなんだかになってたけど。

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