最初はウケ狙い漫画かと思って読み始めたけれど、深いテーマを持ってる。
密かに売れてる理由もよく分かる。
主人公の井之頭五郎は個人で輸入雑貨の貿易商を営んでいる。
ただし、店舗は構えていない。
結婚同様 店なんかヘタにもつと
守るものが増えそうで人生が重たくなる
男は基本的に体ひとつでいたい『孤独のグルメ』p.17
その言葉どおり、中年に差し掛かっている彼は独身。
絵柄を見る限り、割とハンサムだし、身なりも良いし、言動も紳士的。
留学生のバイトを理不尽なまでに怒鳴り散らす店主に対して、堪忍袋の緒を引きちぎる正義感も持ってる。
そんな主人公が、大都会をさまよい歩き、グルメ本には絶対のならないような大衆食堂に立ち寄る。
そして、孤独に飯を食う。
ここまでならかっこいいのだが、彼は実は小心者である。
初めて訪れる街で、飛び込みで店に入る勇気はあまり持ち合わせていない。
あちこちの店構えを品定めしては、あーでもない、こーでもないと独り言を言いながらぶらぶら歩く。
やっと店を決めたかと思うと、優柔不断で食べるものが決められない。
アレも食べたい、コレも食べたい、とついついたくさん注文してしまい、酷い目にあってしまう。
その上、彼は地元密着型の店を好むくせに、地元の常連客というのが大の苦手。
大阪の人懐っこく、それでいてどこか下世話な常連客に絡まれて、ものすごく居心地が悪くなってしまう。
だったら、そういう店に行かなきゃいいのに。
店員がマニュアル通りに行動し、客すらもマニュアルに定められた「モノ」のように匿名で扱ってくれるファースト・フードやファミレスに行けばいいものを。
しかし、彼は人の温かさのある店にこだわる。
店主の人柄、客同士の繊細な距離感、街の中におけるその店の立地。
それらを十分に観察してから、食事をはじめる。
この漫画は、タイトルにグルメと付いているが、美味そうな食べ物はあんまり出てこない。
ていうか、グルメはあくまで話のきっかけにしかすぎない。
飲食店の背後にある、人の温もりがテーマだ。
そう思って読むと、そっけない描写の一つ一つに人の体温が感じられるから不思議だ。
そして、孤独な彼の視点を通して、人と人とのふれあいもまた暖かく見えてくるから不思議だ。
同書に関しては、原作者の久住昌之がちょうど1週間ほど前に自身のblogで言及している。
11月末に朝日新聞で取り上げられたとか、最初はあんまり人気がなかったけれど地味に長く売れてるとか、中川翔子もファンだとかいろいろ書いてある。
その中で、
来年、また新装版でA5版で出してもらえる事になってい嬉しい。
文庫だとせっかくの谷口サンの細かい絵がつぶれて残念んだし、僕も谷口サンも字が細かくて、自分のマンガなのに老眼で読みにくい(笑)
という記述を発見。
文庫本買っちまったよ。ちょっぴり残念。
しかし、文庫じゃなかったらそもそも買おうと思わなかった可能性が高いし、そうするとこんな名作に出会えてなかったら、結果オーライ。
あとちなみに、wikipedia に妙に詳しく書かれていて笑った。
そんなわけで、普段からひとりで飲食店に出かけて食事することの多い当方にとっては、自分の境遇と重ねてとても面白く読めたわけです。
久住昌之のあとがきも秀逸。野武士と”自分”の対比が笑けるし、気持ちがよく分かる。