『ニシノユキヒコの恋と冒険』川上弘美

タイトルが示すとおり、ニシノヒキヒコという男性の一生をとりあげ、彼にはどんな女性遍歴があり、彼の生い立ちのトラウマが何かということが語られる小説。
ただし、10の小編に分かれていて、それぞれ狂言回しが異なっている。各物語には、ニシノ氏と付き合った別々の女性が登場し、彼女らの視点からニシノ氏がどんな人物であったかが語られるというスタイルになっている。

このニシノユキヒコという人物、僕には結局つかみ所がなくて、なんだかよくわからない男だった。
しかし、「つかみ所がない」というのは多分間違った印象ではなくて、彼と交際のあった女性たちにとってもニシノ氏はとてもつかみ所のない男であったようだ。
けれども、そのつかみ所のなさが、女の子のハートをがっちりと掴んで離さないみたいだけれど。さらに、彼女らの独白によれば、ニシノ氏はハンサムで優しい紳士で、仕事もできるエリートっぽい落ち着いた男性らしい。これだけでずいぶんと女心をくすぐるんだろうけれど、女性の懐に入る甘え上手な上に、セックスも上手いらしいよ。その反面、どこか幸薄そうな影をたたえていて、そのミステリアスさが一層女の子を虜にするらしい。
もう非の打ち所がないですな。僕もあやかりたいくらいだ。

しかし、その完璧さが、女性にとってはちょっと重荷に思えてしまうことがあるらしい。
そんなわけで、ニシノ氏はいつも女性から一方的に捨てられるという悲しい目にあう。
#実際には、そのタネを自分でまいている(浮気性)ということも、コミカルに書かれてるけど。

ここまでニシノ氏をちょっと美化して書いたけれど、見る人が見れば、”だめんず” 何だと思う。
あんな男が世の中にいて、女性を独占していたら悔しいから、僕もニシノ氏をとりあえず「プレイボーイのダメ男」となじっておくことにする。

ただ、こんなことを書いてしまっては、女性の皆さんから抗議の声が上がるかもしれないけれど、女の子だってダメ男に惹かれてしまう気持ちってどこかにあるよね。
ちょっとキケンな臭いのする男に惹かれる気持ち。


個人的な話をすれば、僕は昔から、同性の友達よりも女の子の友達の方がはるかに多い境遇で。
性的な関係はないんだけれど(ここ、ニシノ氏と違って、僕がピュアな人間であることを強調しておきたいところ)、お酒を飲みながら愚痴を言ったり聞いたりということを頻繁にしてきた。
僕も相手の女の子も、年頃なわけなので、自分の交際している相手のことなんかをよく話し合ったりしてきた。

僕自身、気づくのがかなり遅かったと思うのだが、女の子が恋人のことを話すことにはわりと普遍的な構造がある。
1)ちょっと気になる男の子について、ちょっと胸キュンなエピソードを語る、2)実は付き合うことになって、することもしちゃいましたなんて報告を受ける、3)相手のどんなところが素敵なのか”自分に言い聞かせるように”話す、4)相手の気に入らないところが見えてきたと言い出す、5)別れたという報告を受ける。

『ニシノユキヒコの恋と冒険』を読んでいても、大体このパターンに落ち着いているらしい。
そんなわけで、昔から女の子の異性がらみの愚痴を聞いてきた身としては、友達と酒を飲みながら聞き役に徹しているような、そんなわりと日常っぽい話の展開だった。
そういう話を聞くのが嫌いじゃない人には普通に読める小説だと思うけれど、逆に男に関する愚痴を聞くことに虫唾が走る人はやめたほうがいいと思う。

ただ、女の子からコイバナをたくさん聞いてきた僕ではあるが、自分の経験とこの小説との最大の違いは、「多くの女の子が、1人の男について語る」という点だ。普段の僕なら「少数の女の子が、てんでばらばらの男について語る」という経験しかないから。
多数の視点から1人の人物を描写して浮かび上がらせるというのは、芥川竜之介の「藪の中」っぽいといえば、っぽいのかも。

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