ハート田チーム: 幼女と遊ぶ

休日の夕方、特に何もすることもなく、「スーパーでビールでも買ってきて、早い時間から飲みまくるか」というプランを立てた。歩いて5分のスーパーまで出かけ、予定通りビールを買い、買い物袋をぶら下げてのろのろと帰ってきた。

僕のアパートの前では、5-6歳くらいの女の子がふたり遊んでいた。彼女らは僕の方をジロジロと、遠慮もなく観察している。
確かに僕は、平和な住宅街には似つかわしくない風貌をしている。近所の人々から、職業不詳の不審者だと思われていやしないかと、いつもビクビクしながら暮らしている。小さな女の子の半径3m以内に近づいたら、それだけで通報されるのではないかと思い、幼女がいたらなるべく離れて歩くようにするなどの配慮もしている。考え過ぎかもしれないが。

幼女ふたりは、僕が玄関に近づくまでじっと見ていた。僕がドアの鍵を開けて、家に入ろうとすると、にわかに
「ただ!ただ!」
と騒ぎ出した。

文字にするとわかりにくいが、もう少し正確に表記するなら、
「”た”だ! “た”だ!」
という感じ。なんだよ、「た」って?
「た」に妙にこだわる謎の幼女に声をかけられるなんて、自分が吉田戦車の不条理マンガの世界に紛れ込んでしまったかのような錯覚を覚えた。

小さい子供でも、他人が訝しんでいる表情というのはわかるのだろう。僕の怪訝な表情を読み取って、自己紹介を始めた。ふたりの苗字は、「田代」と「田中」だという。僕の家の表札を見て、同じ「田」という漢字が含まれているのを知り、
「田だ!田だ!」
と喜んだらしい。そういうことで喜べるなんて、子供は本当に安上がりでいいなぁ、と思う。

正直に告白しよう。ふたりのうち身長の高い方は、思いっきり当方の好みの顔の作りであった。もしこれが日没後で、他に目撃者がいないようであれば、家に連れ込まないよう自制するのが困難であったかもしれない。
向こうはこちらに親密に接してくるのだが、こちらはこれ以上一緒にいると、本当に理性的倫理的法令的にヤバイ。誰かに見られてもヤバイかもしれない。どう見ても、当方がいたずら目的で幼女に声をかけたかのようなシチュエーションだ。ヤバイので、適当にあしらって家に引きこもった。やれやれと胸をなでおろした。

ビールを冷蔵庫にしまって、さて、ちょっと早い晩酌(16時)でもしようかと思った矢先、家の呼び鈴がなった。映像モニタで確認すると、小さな女の子の頭髪だけが映ってる。「はい?」と返事をすると、ぴょんぴょん飛び跳ねて、さっきの背の高い方(要するに、当方のストライクゾーンの方)の女の子が何か言っている。
要領を得ないし、子供を闇雲に無視するのもかわいそうだと思い、玄関に出て対応することにした。

「私たち3人のチーム名が決まりました。”ハート田チーム”です!私がボスです!」
とのこと。いつの間にか僕もチームに組み込まれていた。自分の苗字を恨むやら、小さくて可愛い女の子と仲良くなれそうで嬉しいやら。

子供たちは僕という人間に物珍しさを感じているようだし、僕もビールを飲む以外に特に用事もないし、お天道様の下でお話に付き合う程度なら世間から後ろ指さされることもないだろうと、彼女らにちょっと付き合うことにした。

すると、これが以外に楽しかった。
最初は、彼女らが小学1年生で同じクラスであること、一番最後にチームに加入した僕が一番下っ端であること、などなど他愛もないおしゃべりをしていた。
次に、ボスの女の子の命令で花集めをさせられた。指令1は花を10個摘んでくること、指令2は草や葉だけを使ってかわいい物を作ること。この司令に失敗するとひどい目に合わされるという。僕はミッションをクリアしたので、どんなお仕置きが与えられるのかは幸いにしてわからない。ちなみに、僕が作ったかわいいものは以下である。

作品名「ねこ」。ボスからは15点もらって合格しました。

草花遊びが終わると、今度は自転車を乗り回すことになった。僕には、子供用のピンクのキックボードが支給された。彼女らが自転車で颯爽と走る後ろを、背中を丸めて小さなキックボードに乗り、無様に追いかける俺。何の罰ゲームかと思った。
しかし、それは最後の遊びに比べれば、まだ大人としての尊厳が保たれていた。

自転車に乗り飽きると、ボスは驚くべき秘密を打ち明けた。
なんと、われわれハート田チームは、「悪のチーム」から地球の平和を守る使命を担っているという。この場に敵が現れたので、これから奴らを退治しなくてはならないらしい。まずは戦うための武器を手に入れろといって、草むらの方を指さした。ボスはすでに小枝のように見える「魔法の杖」を所有しており、それと同様の武器を各自が見つけなければならないという。

僕は自棄になって、高さ1.5mくらいのちょっと太めの草を根こそぎ引っこ抜き、それを武器にすることにした。この時点で、自分の置かれている状況が自分で可笑しくなってしまい冷静さを失っていた。冷静であるならば、自分の得物にかっこいい名称(しかも、小学1年生女子にウケるようなもの)を考えついただろうに、それができなかった。

なお、「ハート田チームとプリキュアはどっちが強いのん?」とボスに聞いてみたら、彼女はちょっと首をかしげ、「ん~、同じレベルにある」との事だった。高校時代にセーラームーンが大好きだった俺は、アラフォーにしてついにプリキュアに並んだ。感慨深かった。

各自が武器を手に入れたら、いよいよ敵をやっつけることになった。僕には見えないが、ボスにはそこに敵がいるのがはっきり見えるという。彼女が魔法の杖を振る先を、僕もめくらめっぽう武器で殴り続けた。もちろん、「えい、えい」と掛け声を出したし、「ビシュっ!ドシャ!」などの擬音語を出すことも忘れなかった。

戦いは困難を極めた。
先日の台風の日、隣家の塀が崩れて僕の車にあたっていると知らせてくれたアパートの隣人に目撃された。穴があったら入りたいと思った。
先日の台風で一色触発のトラブル寸前から、奇跡的に仲直りした隣のおっちゃんにもその姿を目撃された。もう死ぬしかないと思った。

でも、久しぶりに童心にかえって楽しかった。
もっと遊んでいたいと思ったのだが、17時に「おうちに帰りましょうメロディ」がどこかから聞こえてくると、彼女らは蜘蛛の子を散らすように帰ってしまった。「バイバーイ」と声はかけてくれたものの、一度も振り返ることはなかった。女は冷たいと思った。

明日は日曜日。また呼び鈴を鳴らされるんじゃないかと、恐怖していたり、楽しみにしていたりする俺がいる。

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コメント (1)

  1. 木公

    今日は出掛けていたのだが、帰宅すると呼び鈴の映像ログに幼女が映っとった(頭だけ)。5回も遊びに誘いに来てくれたらしい。悪いことしたなぁ。

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