Wikipediaに書いてあることが本当だとするなら、中村優子の役作りはなんと壮絶なんだと驚くとともに、奈良のスターミュージックも一度行ってみたかったなぁと思う当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第144回目の放送を見ましたよ。
2001年(平成13年)10月。
病院のファッションショーまであと2週間となった。モデルたちのウォーキングの稽古も始まった。糸子(夏木マリ)も出演者たちも、素晴らしいショーを作り上げようと一丸となって取り組んだ。真剣な中にも楽しい雰囲気が満ちあふれていた。
そんな中、毎日練習会場に顔を出す吉沢(中村優子)という末期がん患者がいた。彼女はいつも部屋の隅に座り、誰と話すでもなく、じっと練習風景を眺めているだけだった。糸子も、見るからに重篤そうな吉沢の様子がずっと気になっていた。
その日の練習は終わったが、糸子と総婦長・相川(山田スミ子)だけが練習会場に残るかたちになった。
相川は、自分達のやれることには限界があると話し始めた。現代医学にも限界があって、全ての病気を治せるわけではない。もしかしたら、医学以外にも人の病気に役立つ何かがあるのではないかと、日々悩んでいるのだという。
その話には、ファッションデザイナーの立場から糸子も同意した。糸子は服には人を幸せにする力があると信じているが、その限界も目に見えていると言うのだ。仕事をやればやるほど限界が見えて悩む点は相川と全く同じだというのだ。
相川は、ファッションショーに出演するモデルを1人追加したいと言い出した。その人物は、いつも見学に来ている吉沢だった。相川は、医学的見地から吉沢の病状を考えれば彼女をモデルにするなどするべきではないと思っている。しかし、糸子に任せれば、医学では解決できない、何らかの作用をもたらしてくれると期待しているのだ。糸子は吉沢をモデルにすることを受け入れた。
すぐに吉沢に来てもらい、糸子はふたりっきりで話をした。
ファッションショーに出演できると聞いて、吉沢は心のそこから喜んだ。しかし、その声は弱々しく、表情も能面のようだった。そして、静かに自分の身の上を話し始めた。
子供が2人おり、彼らに自分の晴れ姿を見せられるのが嬉しいというのだ。吉沢は、現代医療では治療不能な末期がんの状態にある。体はやせ衰え、髪も抜けてしまった。自分の体の辛さよりも、母が弱っていく姿を子供たちに見せるのが何よりも辛いのだという。彼らが病室に見舞いに来るときは、いつも怯えたような顔をしているという。その顔を見る度に、子供たちを幸せにしてやれない自分を悲しく思うのだという。
吉沢は、泣きながらそこまで話した。
糸子は、吉沢を慰めるように、つとめて明るく話し始めた。
自分は88歳で、体も弱ったし、いつ死んでもおかしくない歳だ。けれども、3年ほど前に気づいたことがあるという。歳をとることは、人々に奇跡を見せつける資格や使命を得たことになるのだ。若い子供が走りまわっても誰も驚かないが、100歳の老人が走れば驚かれる。そして、その姿を見てみんなが喜ぶ。そうやって、奇跡を起こして人々を喜ばせることを使命だと感じるようになったというのだ。だから、糸子は若い時以上に仕事に精を出し、力いっぱい遊びまわっているのだという。
そうやって、老人とは思えない行動をして人々を驚かせ、喜ばせることで人の役に立っていると主張した。
糸子は、吉沢に向かって笑ってみろと命じた。吉沢はぎこちなく笑った。
糸子は奇跡が起きたと喜んだ。人は、末期がんになると二度と笑えないはずだ。なのに吉沢は笑った。これは奇跡だと言うのだ。末期がん患者の吉沢が、きれいにお洒落をして、ステージを嬉しそうに歩く。それだけで奇跡であり、この奇跡は人々に勇気や希望を与える。
吉沢自身が奇跡となり、人々を喜ばせることこそが使命だと告げるのだった。
中村優子すごいよ、すごいよ中村優子。
抑えた演技でありながら、誰よりも存在感のある演技を見せつけた。思わず朝からもらい泣き。
2-3日前から出演者テロップに名前があったし、画面の端にチラチラと映っていたのだが、今日までセリフ全くなし。画面の周辺に配置して、ワケアリそうな雰囲気を醸し出し、抑えて抑えて、今日ドカンと来た。
久々によい放送だった。
そして、中村優子さんのことはこれまで全く知らなかったのだが、これからはちゃんと覚えておこうと思う。