NHK『おかえりモネ』第94回

昨夜のバン活が楽しかったので機嫌の良い当方が、NHK朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』の第94回めの放送を見ましたよ。

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第19週『島へ』

百音(清原果耶)は、島に戻ってきてよいか未知(蒔田彩珠)に相談した。

他の誰でもない未知にだけ相談したのは、未知こそが実家や故郷を守ってきた張本人だと思うからだ。実家のカキ養殖だけではなく、地域に普及させるための養殖技術の研究にも携わっている。そのことについて一目置いているのだ。
また、未知との間に無言のわだかまりもあった。東日本大震災の時に不在だったことを未知になじられたことがあった。未知は未知で酷いことを言ってしまったと後悔していたが、当時の百音も未知の心情を受け止めてやることができなかった。それが引き金となって、百音は家を出たのだ。実家に戻るには、未知とのわだかまりの解消が必要だと考えているのだ。二人の関係を修復するためにも戻ってきたいと話した。

初めは冷ややかに聞いていた未知であったが、百音の言葉に心が動かされた。半べそをかきながら百音が帰ってくることに同意した。ふたりで地元を盛り上げようと約束するのだった。

そして、その日のうちに百音は東京にトンボ返りした。
夕方、シェアハウスに戻ると菅波(坂口健太郎)が待っていた。彼は、この後すぐに登米に戻らなくてはならないという。

ただし、その前にボイラー技士の宮田(石井正則)を百音に引き合わせた。彼は菅波が研修医時代に担当した患者であり、渋る指導医を押し切ってガンの手術を行った。そして、いざ開腹してみると手術には適さない病状であったことがあらためてわかった。宮田は著名な楽団のホルン奏者であったが、復帰が叶わなくなってしまった。以後、このことは菅波に暗い影を落とした。

ホルン奏者を諦めた宮田は、ボイラー技士として第二の人生を歩んでいる。部品交換による修理で同じボイラーを使い続けることは、人の体を治療して生きながらえさせるのに似ているというのが宮田の持論だった。自分の病気と治療に重ね合わせ、宮田はボイラー技士であることに生きがいを感じていた。
偶然、菜津(マイコ)のシェアハウスのボイラー修理に来ていて菅波と再会したのだ。

宮田は百音に身の上話を続けた。
小学生になった宮田の息子は音楽に興味を持ち始めた。学校の音楽クラブにも入会し、家でも四六時中楽器を演奏している。ある日、息子は家の中で宮田のホルンを見つけたという。病気の後5年間一度も吹いていなかったが、息子にせがまれておそるおそるホルンを吹いてみたという。往年のように演奏することはできなかったが、息子は大喜びした。
宮田にとっても最高の気分だったという。

前日、同じ話を菅波にしたところ、ホルンを持ってきて欲しいと頼まれたという。そして、宮田に引き合わせたい人がいると言ったという。
会わせたい相手というのはもちろん百音のことであった。

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百音(清原果耶)は故郷にUターンするにあたり、会社を辞めてもよいという覚悟だそうです。「あなたの街の気象予報士: 全国津々浦々計画」を会社に提案しており、それを利用して戻ることを目論んでいるようです。しかし、提案が却下された場合は会社を辞めるつもりでいるようです。会社を辞めてでも、地域密着型の気象/災害にに関する仕事をやるそうです。具体的なアイディアはまだありませんが。

【今日の蒔田彩珠
百音の話を聞いていた未知(蒔田彩珠)は、最初は三角ずわりだったのですが時間が経つとあぐらになっていました。未知のあぐら、最高。

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