NHK『ゲゲゲの女房』第39回

 紙芝居といえば、幼稚園の時に先生が何か見せてくれたなぁ、よく憶えてないけど・・・と遠い目をした当方が、NHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の第39回めの放送を見ましたよ。

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「消えた紙芝居」
 茂(向井理)を訪ねてやって来た杉浦(上條恒彦)は、神戸で紙芝居屋をやっていた。

 ふたりが出会ったのは昭和26年だった。茂は神戸でアパート経営をしていた。アパート管理をしながらも、絵の仕事で生計を立てていきたいと模索している時でもあった。道端で偶然に杉浦の紙芝居に出会い、相談を持ちかけ、紙芝居作家となった。

 杉浦は、どういうわけか茂の苗字が村井であることをなかなか覚えられない。その代わりに、茂のアパート・水木荘の方ばかりを覚えてしまい、「水木さん」とばかり呼ぶ。それがきっかけて、茂のペンネームは水木しげるになった。

 杉浦の評によれば、茂の絵はイマイチであったが、ストーリーはとても良かった。新作の相談をしている時に、杉浦が昔流行った物語について話し始める。「墓場鬼太郎」というタイトルで、墓場で生まれた子供の話だが、古いことでそれ以上は覚えていないし、紙芝居も残っていないという。それをヒントに茂が「墓場鬼太郎」の紙芝居を作り、それは子どもたちに大受したという。

 紙芝居は、作家が紙に直接描いて使いまわすものであり、古くなったら捨てられる消耗品だった。そのため、当時の茂の紙芝居も残っていなかった。ただし、杉浦は「墓場鬼太郎」の表紙絵を1枚だけ持っていて、それを布美枝(松下奈緒)に見せてくれた。その絵と杉浦の語り口から、当時の茂の紙芝居の様子について想像を膨らませる布美枝であった。

 昔の子供達は紙芝居に夢中だったが、最近はテレビが普及してきたせいで商売は芳しくないという。昔の紙芝居作家たちは、多くが茂のように漫画家に転身していったという。それでも、杉浦は再起を図るため紙芝居の業界団体を立ち上げるために奔走しているという。今回も、会議のために上京してきたという。

 食事をし、一通り思い出話をした後、杉浦は疲れはてて眠りこけてしまった。

 茂が神戸を出るころ、紙芝居業界はひどい状況だったという。あっという間に廃れて行き、杉浦も借金がどんどん増えていったという。そのため、彼とは連絡がつかなくなり、今日まで音信不通だったのだ。昔世話になった義理があるので、何か力になりたいとつぶやく茂だった。

 夜もふけたころ、布団に寝かせてもらっていた杉浦が、突如目を開いた。

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 茂が絵を生業にするきっかけ、ペンネーム誕生秘話が明かされた回。杉浦は良い人として描かれてきたけれど、最後に狸寝入りをしていたことが判明。ドキドキする展開です。

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