NHK『カーネーション』第117回

僕の指導教官だった人が「優れた研究者は、優れた人格者である」と言っていて、よその人は「お前が言うか!?」と突っ込むのかもしれないが、「いやいや、全くそのとおりでしたよ」と全力で擁護したい当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第117回目の放送を見ましたよ。

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第21週「鮮やかな態度」
1964年(昭和38)年8月。
イブ・サン=ローランがディオールから独立ジャンパールックを発表、ディオールでは新デザイナーにマルク・ボアンが就任しサファリルックを発表するなど、モード界は盛り上がっていた。同時に、日本ではこれまで金持ちの物だった洋服が、庶民の普段着になっていた。販売される洋服の7割が既製服になり、オーダーメイドは3割にまで落ち込んだ。時代が大きく変化していた。

これまで最新モードを毛嫌いしていた糸子(尾野真千子)も、その面白さがわかってきた。優子(新山千春)や直子(川崎亜沙美)が、聡子(安田美沙子)の勉強用に送ってきてくれるデザイン画を、むしろ糸子の方が楽しみに待つようになった。
優子のデザインは女らしく柔らかい線、直子のものは強くて勢いのある線という特徴があることがわかってきた。厳しい競争の中で、それぞれが自分の世界を切り拓こうとする熱意が伝わる。糸子はそこにだんじりのイメージを重ねた。風を切って勢いよく走っていくだんじりのてっぺんで舞い踊る大工方と、優子や直子の姿が重なって見えた。その想像に糸子は興奮した。

一方で、大工方も、時代の先端を切り拓くデザイナーも、若者の役割だと思わざるを得なかった。51歳になった自分の役割ではないと思われた。最新モードのデザインに憧れはあるものの、糸子が実際に扱うのはオバさんたちの庶民的な洋服ばかりだった。

結局、聡子は洋裁学校を辞めてしまった。まだ半人前だが真面目で熱心に店を手伝っていた。
優子も東京から帰って来て店に出た。聡子のデザイナ画を見て、基礎は完成したと褒めた。しかし、単なる職人であればこの程度の腕で良いが、一流のデザイナーになるのだったらさらなる精進が必要だと釘を差した。ここからの伸びが勝負だと言うのだった。

ある日、店に鳥山(末成由美)という客がやって来た。鳥山は洋菓子屋の女社長で、ド派手で悪趣味な洋服を好んで着ていた。鳥山は聡子を指名して服を作って欲しいと告げた。糸子の洋服は婆臭く、優子のものは息苦しいのだとズケズケと言った。聡子の若い感覚に期待し、第一号の客になりたいというのだ。
鳥山は、注文前は自由に作ってよいと調子のいいことを言うが、完成すると決まって難癖をつける。そのため、店では警戒されており、糸子と優子は聡子が引き受けることに反対した。けれども鳥山の強引さに押され、聡子が引き受けることになった。聡子自身も初めての仕事が嬉しかった。
その日から早速デザインにとりかかった。けれども、なかなかこれといったデザインが決まらなかった。聡子は雑誌をめくりながら、自分の大好きなイギリス風のファッションを参考にしながら悪戦苦闘した。

一方、岸和田でも優子の評判が上々だった。庶民的なオバさんを相手にする糸子と違って、上品で洗練された洋服を希望する客は優子が接客することが多くなった。優子の噂を聞きつけ、わざわざ店を探してやってくる客も増えてきた。優子はデザインや洋裁の腕が優れているだけではなく、経理などにも明るかった。東京で鍛えられただけはあると、糸子は一目置いた。

それと同時に、糸子は代替わりを意識し始めるのだった。51歳になった自分は、善作(小林薫)が糸子に店を譲った年齢を超えてしまった。仕事でも優子や直子に敵わないと思うことも多くなった。どのタイミングで引退するべきか、そればかりを考えるようになった。

聡子が鳥山の服のデザインを描き上げた。イギリスの流行を取り入れ、とても丈の短いスカートだった。優子に見せるが、優子の助言は曖昧なものだった。スカートの丈が短すぎることは指摘したが、鳥山が何を好むかは誰にもわからないのだから、意外と気に入るかもしれない、そのまま進めるのが良いという結論だった。

その時、糸子はショックを受けていた。
デザイン画を完成させた聡子は、糸子には一切相談しようとせず、一目散に優子に見せたのだ。
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聡子の初仕事。今で言うところの、ミニスカートをデザインしました。
日本でミニスカートが大流行するのは、イギリス人モデルのツィッギーが来日したタイミングではありませんでしたっけ?Wikipediaによれば、彼女の来日は1967年だそうです。劇中の3年後。
聡子はイギリスの最新流行を取り入れたのですが、日本ではまだ認められておらず、鳥山が激怒するという流れでしょうか。

なお、聡子はかなりイギリスかぶれになったようですね。部屋には大きなユニオンジャックなどが飾られています。イギリスのファッションを紹介する雑誌を見ているのは前述のとおり。
また、”Beatles” と書いた紙も部屋に貼ってありました。ビートルズのデビューは1962年(劇中2年前)で、日本公演が1966年(劇中2年後)です。当時の日本でのビートルズ・ブームがいつ頃始まったのか僕は知りませんが、聡子は割りと目端が利いて早かった方なんじゃないだろうか。

そして、ドラマでは優子や直子の活躍に、糸子が自信をなくし始めています。いつ幕引きしようか、そういうことを考えてばかりです。

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