木公 について

不良青年になりたいのですが、臆病で不良青年になれない当方です。 幸か不幸か、頭と顔と人格は、生まれつき不良品です。 職業は会社員で、やってることは研究関連。 大学での専攻は心理学。 そのせいかどうか知らないけれど、「理屈っぽいうえに、人の弱みを握ってそこをチクチクやるのが上手い。サイアクー」と言われ、あんまりモテない。 北海道出身のくせにスキーは一度もやったことがない。その上、スポーツ全般が苦手。 太陽光線もあまり浴びないインドア派。酔うとすぐにガンダムの話を始める。おかげで「あなたって、面白みのないオタクね。サイテー」と言われ、まったくモテない。 細かいことはあまり気にせず、ちょっとくらいの困ったことなら適当にジョークにして笑い飛ばすように、日々努力して生きています。 そのおかげで「そういう、明るく生きているところだけは、アナタのいいところかもね」と、ちょっぴりだけお褒めいただいております。

メロスのように -LONELY WAY-: 東海道五十三クリング (16)

「気の毒だがネタのためだ!」と猛然走行、たちまち、阿部川を渡り切り、読者が油断した隙に、さっさと走って宇津野谷峠を越えた。

一気に藤枝へ向かったが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、木公は幾度となく道を間違い、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ掛川まで走行し、ついに、がくりと自転車を降りた。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。

ああ、あ、箱根を登りきり、大井川も渡った韋駄天、ここまで突破して来た木公よ。真の勇者、木公よ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する読者は、おまえを信じたばかりに、やがてガッカリしなければならぬ。おまえは、稀代の不信の人間、まさしく「無理だ」と言っていた連中の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。

掛川駅前のホテルにごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を截ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。

読者よ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、読者。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。読者、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 

私は急ぎに急いでここまで来たのだ。箱根を突破した。大井川橋も、するりと抜けて一気に川を駈け抜けて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。

ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。
――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。

 ふとホテルに、爛々、美人なフロント係がいた。そっと頭を上げ、息を呑んで見つめた。すぐ足もとには、黒猫もいるらしい。それらに吸い込まれるように木公は機嫌を直した。ほうと長い溜息が出て、悪夢から覚めたような気がした。走れる。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。

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おはよう舞妓さん: 東海道五十三クリング(15) -3日目-

昨日、予定を丸1日早めることができた。それで慢心してしまったのだろう。今日は最悪な1日だった。

* * *

朝、新しい和手ぬぐいをおろした。手ぬぐいを頭に巻いて、その上からヘルメットをかぶって走っている。昨日までは富士山の柄の手ぬぐいだった(写真上)。

今朝、「よーこがはりますなぁ」というタイトルの手ぬぐいをおろしたのだ。
舞妓さんが自転車で疾走するという柄の、楽しげな手ぬぐいだ(写真下)。
こちらで柄を見ることができる永楽屋という店の商品で、通販もできる。
(富士山のやつもおなじ店のものだ。いろいろあって、心が折れてるので商品情報を探すことができなかった)

手ぬぐい

京都まで自転車で向かう僕にとって、シャレのきいている柄だと思っていた。
本当は最終日のフィナーレに着用する予定だったのだけれど、前倒しすることにした。

理由は、周りのみんなが僕の予想以上の進行に驚いているようだったからだ。「よーこがはりますなぁ」と感心しているように思った。
一方で、もっとトラブルがあると期待していたのに、あまりにスムーズに進むもんだから、呆れている人もいるようだ。「よーこがはりますなぁ」と皮肉を言われているように思った。

だから、今日これを着用するのが、みんなの気持ちを代弁するだろうと思ったのだ。
自分の脚力に自信も付き始めていたので、自分自身を「よーこがはりますなぁ」と褒めてやりたいとも思った。
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どうにもとまらない: 東海道五十三クリング(13) -2日目-

出発前、多くの人から
お前に完走は無理。ましてや、箱根を越えることすらもできないだろう。
と散々言われていた。

その箱根を本日突破。ザマミロ。

箱根
#遠くに富士山も見えるのだが、写真では不鮮明。

自転車に乗ったまま坂を登ることはできず、箱根登山の90%近くは自転車を押して歩いたのだが、そんなの関係ねー。とにかく、箱根の峠を越えたのだ。京都への距離を着実に縮めたのだ。

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東京は夜の七時: 東海道五十三クリング(11) -1日目-

いや、僕の場合は朝の7時だったけど。

日本橋から西を見る

朝7時に東京・日本橋に立った。
そこから西を見た。この道が京都まで続いていて、僕はそこをたどっていくのだ。そう思うと気分が高揚した。

実際には、僕は「旧東海道」を通ることにしたので、時おり国道1号線からは外れるのだが。

日本橋の下には一応川が流れている。けれども、川に沿って真上を高架道路が走っているので、まったく川の雰囲気がない。朝早かったせいなのか、渡る人も自動車もまばらだ。時代劇や古い版画で見る日本橋は、江戸の目抜き通りで、絶えず活気がある。そういうものを想像していると、まったくアテが外れることになる。

けれども、ここはれっきとした日本の道の起点である。

橋の真ん中(車道だよ!)に、「日本国道路元票」というプレートが埋め込まれている。
車の往来が少ないのをいいことに、その写真を撮りに行った。

日本国道路元票

それを出発式に代え、僕は東海道五十三クリングの旅に出た。

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ここにいるよ: 東海道五十三クリング(9)

明日 2011年7月11日(月)7時頃、東京・日本橋をスタートして、東海道五十三クリングに出発する予定。
過去記事で「7月11日()」と曜日を誤記していました。すみません。

道中は、自転車のハンドルにカメラを設置し、風景をUstreamで中継する予定。
また、Google maps 上に現在地を表示する予定。
日程表も以下に提示しておきます。

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You Never Give Me Your Money: 東海道五十三クリング(7)

この夏、東海道五十三次を自転車で走破する予定の当方。

それに合わせて、
「東海道五十三次 郵便消印ラリー」
をやろうと思う。
各宿場からハガキを投函し、宿場名と同じ郵便局の消印を全て揃えようという企画。
同時に、僕が全宿場を通過した証拠にもなる。

もともとは、2006年に放送されたNHK『街道てくてく旅(第2シリーズ)』(wikipediaで調べる)で行われたものらしい。東海道を歩きながら郵便局に立ち寄り、各宿場のスタンプを集めたらしい。

そして今回、これを読者参加型企画にしようと思う。
希望者に宛てて、僕が宿場からハガキを投函します。全55郵便局(宿場53に加えて、東京・日本橋と京都・三条大橋)の消印の付いたハガキがあなたの手元に届くという企画です。

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