連ドラ「だんだん」 第23回 (10/24)


 1日3回の「だんだん」だ
 完全無欠の視聴中
 7時半 7時45分 8時15分
 毎日書いてる 「だんだん」日誌
なんて、歌を一人で歌っている当方が、「だんだん」の23回目の放送を見ましたよ。

なお、元歌は劇中バンドのテーマソングです。

 一日一杯のシジミジル
 完全無欠の自然食
 ビタミン 鉄分 カルシウム
 健康一番 シジミジル

老人ホームで慰安ライブを行うシジミジル。はじめは不機嫌で聞こうとしなかった老人が、介護福祉士の機転で誰よりも楽しみだす。福祉士が「あの子たちに歌を教えてあげてください」と耳打ちしたことで、老人は自尊心が高まり機嫌を良くしたのだった。人を気持ちよくさせることに一生懸命な介護福祉士の姿を見て、めぐみ(三倉茉奈)は自分も介護福祉士になることを決心する。しかし、島根には福祉系大学がないので、京都に行くことを希望する。早速のぞみ(三倉佳奈)に報告しようと電話をかけるのだが、彼女のケータイは没収されていたため、母・真喜子(石田ひかり)が電話に出る。真喜子は優しく話を聞いてやるが、双子の二人を再び引き離すような真似をするのは残酷であると悟り、ケータイをのぞみに返却する。

以前から、「主人公たちは自分で進路を切り開いていない。周りに言われるがままだ」とムカムカしながら見ていたのだが、今日、ついにめぐみが自分だけの意思で進路を決定した。本人も、母親に向かって「生まれてはじめて、自分ひとりで決めた」と語るなど、周囲に流されるがままの自分の人生を自覚はしていたようだ。やっと、自分の生き方を自分で掴むという、朝ドラのヒロインらしいレールに乗ってきたことに、ほっと胸を撫で下ろす当方。
この後しばらくは、親元を離れることに関して、松江の家では一悶着あるんだろうなぁ。忠(吉田栄作)だけがガンコに反対して、他の家族全員(特に義弟が勢力の中心)がめぐみを後押しするという分かりやすい展開になるんだろうなぁ、と漠然と考えている。

一方、のぞみの方も、「自分の意思で舞妓になったのか?」となんどか突っ込まれるシーンがあった。音楽スカウトマンの石橋に祇園の町を歩きながらそう聞かれたことがあった。離散した家族が松江で再会した時にも、松江の祖母は舞妓になった理由をのぞみ本人にではなく、母・真喜子に聞いていた。のぞみの進路も彼女自身の選択ではないという含みがたっぷりと残されている。おそらくは、単身京都に出てきためぐみの姿に感化されて、のぞみも自分のあるべき姿を考え直すという展開になっていくのだろう。

まぁ、それはそれで王道でいいのだが。
ただ、もう少し、主人公が感化されていく様子を丹念に描いてもいいんじゃねーか。
今まで看護師になりたいと言っていためぐみ。それが、たった今日の15分の放送の中で、突然介護福祉士になることを決意。これまで、介護福祉士という職業の片鱗もなかったのに、この変わり身の早さ。心変わりに関する描写は、たぶん放送時間で言えば、5分にも満たないのでは。老人ホームに行くまでそんな職業があるとは知らなかった彼女が、ホームを出るときには完全に進路を変更していた。ちょっと強引過ぎるんじゃないんですか?
担任教師は「田島さんに向いてる」って。めぐみがその職業に向いていることをほのめかすシーンは、僕の思い出す限りなかった(ていうか、なにがあればその職業に向いてるのかもよーわからんが)。それを突然「向いてるのだ」といわれても、まったくピンと来ない。あえてピンとくるとするなら、脚本の都合のよさというか、詰めの甘さだ。
「バンドの解散」「他人(不機嫌な老人)との対立と和解」「主人公の新たな決意」「親しかった家族からの旅立ちの予感」など、丹念に書けばずいぶんと美味しい(そして、視聴者としても深く感じ入るであろう)ネタがゴロゴロしていたのにもかかわらず、リニアモーターカーくらいのスピードで通過していくんだから、当方の動体視力では面白がれなかった。

あと、のぞみを巡る人々(本人含む)の態度もコロコロ変わりすぎで。
はじめ、「舞妓は修行中の身だから、ケータイをもつのはご法度」という話だったと思うのだが、本日あっさりと真喜子がケータイをのぞみに返却。おいおい。
昨日、見習いの少女に「里心がつくから、実家とはあまり連絡をとるな」と説教をした彼女が、舌の根も乾かないうちにケータイを取り戻したことに歓喜し、さっそくめぐみに電話をかけてるし。説教された彼女が知ったら、ブチ切れじゃねーの?
松江での一家再会の後、各人は大きく成長したという描写は結局昨日の放送1回だけで、今日は(のぞみの進路決定以外)悲しくも元通り。なんじゃこりゃ。

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