山瀬まみと岡崎京子の対談記事(1989年)

当方の宝箱(山瀬まみ関連のグッズをしまってある段ボール箱)を久しぶりにひっくり返していたら、CUTiE 1989年12月号が出てきた。CUTiEは今でも発行されており、個性的なファッションを主体にした若い女の子向けの雑誌らしい。

どうして僕がこの号を持っているのか、入手した経緯は覚えていない。ひとつには、ネットオークションで落札した可能性が考えられる。しかし、もっとありうることとしては、クラスの女の子からもらったものかもしれない。
当時、山瀬まみは正統派アイドルとしての活動に陰りが見え、バラドルになりかかっている頃だった。しかし、一直線にバラドルになるわけでもなく、「個性的なファッション・モデル」の道も模索しつつあった。そのため、女の子向けファッション雑誌によく出ていたのだ。僕のクラスメイトの女子たちが買うような雑誌にしばしば山瀬まみが掲載されていた。当時から山瀬好きで有名だった当方なので、よく女の子から雑誌のお下がりや切り抜きをもらっていたりした。
そのような経緯で所有しているのだと思う。

さて、この号の表紙は当方の大好きな山瀬まみ。
そして、目玉記事として「山瀬まみ: 日本一のおサイケ娘」というインタビュー記事が掲載されている。全3ページの記事で、トビラに山瀬のショットが2枚と見出し。次のページにインタビュー、最後のページに違う衣装のショットが3枚という構成。

インタビューページでは、若干20歳の山瀬まみがファッション遍歴について語っている。
そして、その聞き役が漫画家の岡崎京子だった。昔の僕は岡崎京子という人を知らなかったので、あまり気にしていなかった。しかし、今の僕は岡崎京子のことを多少知るようになったので、「えっ、元気にこんな仕事もしてたの!?」と驚いたわけである。

CUTiE の山瀬まみと岡崎京子の対談記事

山瀬まみと岡崎京子の対談記事


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NHK『カーネーション』第61回

カーネーションの絵葉書を数枚ゲットしたので、送り先を明記してメール(matuda@alm-ore.com)で申し込んでいただいた先着5名様に、直筆の微妙な何かを書いたり描いたりして送って差し上げるつもりの当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第61回目の放送を見ましたよ。

カーネーションのポストカード


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第11週「切なる願い」

油の瓶を火鉢に落下させてしまったせいで、炎が上がった。瞬く間に善作(小林薫)は火達磨になった。
金切り声をあげるばかりで立ちすくんでいる千代(麻生祐未)やハル(正司照枝)に代わって、身重の糸子(尾野真千子)が率先して消火活動に当たった。全身を水で濡らし、なんとか火を消し止めることができた。そのまま、休むことなく木岡(上杉祥三)と木之元(甲本雅裕)の力を借りて善作を病院に担ぎ込んだ。

対応が早かったため、善作は一命を取り留めた。ただし、1ヵ月は安静に過ごさなくてはならないという。

ほっと安堵した糸子は、自分が臨月の妊婦であることをやっと思い出した。濡れて体を冷やしたことが子供に影響を与えるかもしれない。妊婦が火事を見ると、生まれてくる子供の体にアザができると言い伝えられている。
医者(江口直彌)は糸子の活躍を褒めると共に、迷信を信じないよう注意するのだが、糸子は心配でならなかった。

一夜明けて、善作は全身を包帯で巻かれて帰宅した。二階の寝室に寝かされたが、善作は体を動かすことも、しゃべることもできないままだった。心労のため放心状態になっているハルも善作の隣に寝かされた。彼女も何も口が聞けずに寝るばかりだった。

火災の起きた一階の部屋は、急いで修理された。店を臨時休業にし、糸子が陣頭指揮をとった。修繕屋が次々にやってきて、その日のうちに家はほぼ元通りになった。

ところが、その修繕の最中に糸子の陣痛が激しくなった。すぐさま、善作の隣の部屋でお産の準備が始まった。
火事と家の修繕では気丈に働いていた糸子であったが、お産が始まると急に心細くなった。これまで、なんでも自分一人でこなしてきたと思っていたが、本当はそうではなかったということが身にしみたのだ。特に、勝(駿河太郎)と善作、ハルの3人には大きく依存していた。しかし、今、自分のお産に彼らは立ち会うことができない。それが糸子の不安をかきたてた。

それでも、3人目の娘が無事に生まれた。
すぐに、隣室に寝ている善作とハルに赤ん坊を見せた。寝てばかりだったハルは、知らせを聞いて飛び起きて元気になった。目玉しか動かすことのできない善作であったが、なんとか顔に笑みを浮かべようと、焼けた肌を引きつらせた。

火災騒ぎから一日、やっと一家に笑顔が戻ってきた。糸子は、新しい赤ん坊は一生分の手柄を立てたと思うのだった。
赤ん坊の体にアザもなかった。

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