もう紅白の本編はそっちのけで、テキストエディタと首っ引きになってしまった当方が、NHK第64回紅白歌合戦『あまちゃん』特別編の3回めを見ましたよ。
アキ(能年玲奈)はサカナクションの曲紹介に登場した。司会の嵐から問いかけられ、自分は海が好きだから「さかな」とつくものが好きなのだという。だから、サカナクションのことも応援しているというのだ。
サカナクションが「ミュージック」の演奏を終えると、アキは「たいしたもんだ」とコメントした。
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出演者は豪華だったけれど、内容はちょっとスベったんじゃないかと思う当方が、NHK第64回紅白歌合戦『あまちゃん』特別編の2回めを見ましたよ。
NHKホールの会場からアキ(能年玲奈)が呼びかけると、北三陸駅からの中継が始まった。
駅前では副駅長の吉田(荒川良々)がリポーター役を務めた。しかし、極度の緊張のため吉田はとちってばかりだった。
中継では安部(片桐はいり)と共に、北三陸名物のまめぶが紹介された。2013年、まめぶはB-1グランプリで5位に入賞したという。
続いて、中継カメラはスナックリアスに突入した。するとそこでは、町の人々が集まっての忘年会の真っ最中だった。生中継されていると気づかない大吉(杉本哲太)は、いつもの様にカラオケで「ゴーストバスターズ」を歌おうとした。しかし、そのマイクは弥生(渡辺えり)に奪われ、彼女が「ヨイトマケの歌」を歌い出すのだった。
そして、集まった人々はやっと生中継されていることに気付いた。慌てて取り繕うが、無様な姿が全国に流れてしまった。
騒ぐ人々の中にあって、ユイ(橋本愛)だけはいつもの通り落ち着いていた。カメラ越しに、東京で活躍するアキのことを応援するのだった。
そこへ鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)までリアスに現れた。アキが紅白歌合戦に出演しているとは知らずに、北三陸へ来てしまったのだ。アキはそんな鈴鹿にツッコミを入れた。
それまでカメラを避けるようにしていた春子(小泉今日子)が突然カメラの前に登場した。そして、アキに紅白という晴れ舞台で失敗をしないように発破をかけるのだった。
突然のことではございますが、昨日まで続けていた「15年前の俺の恋の思い出マクラ」はこれ以上掲載しませんし、本ドラマのまとめ記事も今日を限りに終了させていただくことを申し上げる次第でございまして、まとめ記事を終了させる理由は決してこのドラマが面白くないからということではなく、『あまちゃん』連載を半年間続けてきたことによる体力と気力の枯渇というごく個人的な問題であり、今さら言うのもなんだけれど、初めからこの連載は1週間で終わらせることを決めていたことを公表し、みなさまのお赦しを乞うとともに、近いうちにボーナストラックのあることを予告する当方が、2001年度上期NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』の第6回めをBSプレミアム19:00の再放送で見ましたよ。
和也(遠藤雄弥)が亡くなって数日後。上村一家は東京へ帰ることになった。
その前日、恵里(浦野未来)と文也(山内秀一)は海のよく見える丘の上に、和也を偲んで植樹をした。
文也はこの島に来て良かったと話した。東京にいた頃、兄の和也は入院してばかりで、思い出らしい思い出がなかった。ところが、島での和也は快活で、たくさんの思い出を作ることができたからだ。しかし、和也が亡くなったことや、東京へ帰ることを考えると文也の気持ちは沈んだ。
それを見て取った恵里は、変な顔を作って文也を笑わせようとした。文也はつられて笑ってしまうが、照れ隠しで「ブス。結婚してやらない」と憎まれ口を叩いた。恵里はそれは嫌だとさみしそうに答えた。
その夜、母・勝子(田中好子)は恵里に話をした。文也が東京に帰ることは仕方ないことだから納得しなくてはならないというのだ。そして、悲しい別れはしないように注意した。決して泣いたりせず、笑顔で送り出すよう命じた。その代わり、今夜のうちに泣けというのだ。恵里は勝子の胸で思いっきり泣いた。
翌朝、恵里は文也に餞別を渡した。それは、自分の使っている巾着袋を裂いて作ったお守り袋だった。前夜遅くまで、恵里が自分で作ったものだ。一方の文也は、キラキラと輝くきれいなスーパーボールを恵里に贈った。恵里はそれを大切にすることを約束した。
恵里の作ったお守り袋は、ミンサー織りの生地でできていた。藍色の地に、小さな白い四角形が織り込まれている。その四角形は、表に5つ、裏に4つ付いていた。恵里はその模様には意味が秘められていると告げたが、どういう意味かは教えようとしなかった。文也は聞きたがったが、恵里は絶対に答えようとしなかった。
いよいよ、上村一家を乗せた船が港を出ることになった。恵里は、終始笑顔で文也を見送った。
しかし、船影が小さくなるにつれ、恵里は気持ちを抑えることができなくなった。目に涙を浮かべ、船を追って突堤を疾走した。
船上の文也に向かって、ミンサー織りの意味を叫んだ。それは「いつまでも一緒に」という意味だと説明した。そして、大人になったら必ず結婚しようと念を押すのだった。それが和也との約束だからだ。
それから7年が経過し、1990年7月となった。
古波蔵一家は、勝子のかねてからの希望通り、那覇に移住していた。勝子は親戚の紹介で、市場で野菜を売る仕事をしていた。父・恵文(堺正章)はタクシー会社に就職し、運転手として働いていた。勝子が働き者で、恵文が怠け者だということは昔から少しも変わっていなかった。祖母・ハナ(平良とみ)は那覇でもマイペースで、悠々自適な生活をしていた。
宮古の高校に通っていた長男・恵尚(ゴリ)は、定職にも就かず、風来坊となっているようだ。あまり連絡もなく、何をやっているかわからなかった。
弟・恵達(山田孝之)は県立高校に入学し、現在は高校1年生だ。特に目立つタイプの生徒でもないが、校内ですれ違った女子生徒・金城ゆかり(ベッキー)に一目で心が奪われた。
恵里(国仲涼子)は、恵達と同じ高校の3年生だった。野球部のマネージャーをやっている。いささか男勝りな性格で、エラーをした部員に檄を飛ばすなどしている。野球部のマネージャーは恵里の他にもう1人いる。前原琉美子(前原絵理)は部員たちのマドンナであり、みんなからチヤホヤされている。一方の恵里は、部員たちから女子とは思われていないかのようだった。
そんな中、キャプテンの与那原誠(宮良忍)だけは恵里に心を寄せていた。「ライバルがいないから獲得が容易だ」などと軽口を叩きつつ、冗談めかした口調で恵里に結婚しようと迫った。
恵里も、それを軽く流した。自分には結婚を決めた人がいるので、与那原とは結婚できないと言って、きっぱりと断るのだった。
下校途中、恵里はスーパーボールを取り出して陽に透かした。恵里は今でも文也との約束を守っているのだ。
昨日のマクラでは、手すら握ったことのない某かわいこちゃんからメアドを書いたメモを渡され、それが当時付き合っていた僕の恋人に見つかってしまい修羅場になったという話を報告させていただいたわけだが、なんでそんなに簡単に見つかってしまったかというと、そのメモがポケットに入っていたジャンパーは当時の恋人が僕から借りてよく着ていたものだったからであり、その時も「じゃ、ちょっと出かけてくるね」と言ってそれを羽織った時に見つかったという何のヒネリもない顛末だったわけなのだが、それはそれとして、その男物のジャンパーを無造作に着た時の彼女はとても可愛かったのも事実で、ある時など、彼女が実家に帰省する時にそのジャンパーを着て行くことになり、札幌駅のホームまで見送りに行ったのだけれど、列車に乗り込むジャンパー姿の彼女の様子は今でも脳裏に焼き付いているほど可愛かったなぁとほんわかした気持ちになっている当方が、2001年度上期NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』の第5回めをBSプレミアム19:00の再放送で見ましたよ。
和也(遠藤雄弥)の強い希望で、一同は無人島へ遊びに行った。和也はかつて見せたことがないほどのはしゃぎようだった。着衣のまま海に入り、恵里(浦野未来)や文也(山内秀一)と水をかけ合って大騒ぎした。静子(真野響子)は初めて見る和也の元気な姿を写真に収めようとするが、涙で霞んでカメラのファインダーが満足に見えなかった。
恵里は、恵文(堺正章)の三線に合わせて小浜節を舞った。文也はうっとりとそれを眺めた。そんな文也の様子を見て、和也は文也の恵里に対する気持ちに確信を持った。
和也は、恵里と文也が将来結婚するよう勧めた。文也は照れてモジモジしたが、恵里はふたつ返事で承諾した。和也が説得すると、文也もそれを受け入れた。文也が約束をしたことで和也はとても喜んだ。親たちも、子どもの言うことだと思いつつも、ふたりを祝福した。
和也はその一日に満足した。再度無人島に遊びに来たいという希望を述べた。一同は無事に家に帰った。
しかし、それからほどなく和也の容態が急変した。その日は和也の父・伸生(勝野洋)が東京から遊びに来ることになっていた。それを家で待っていると、和也は高熱を出して倒れた。伸生が到着したのを見届けると、和也は意識を失い、そのまま事切れてしまった。
学校に行っていた恵里と文也に連絡が入り、急いで家に帰ったが最期は見とれなかった。
恵里は、沖縄の神は和也を見捨てたと言って憤慨した。
しかし、祖母・ハナ(平良とみ)の意見は違った。和也は神の使命を果たすために選ばれた子どもだというのだ。この世で子どもが死ぬことほど悲しいことはない。和也が亡くなることで、みんなは命の大切さを再認識することができた。そのきっかけとなるために和也は神様に選ばれたと言うのだった。
昨日のマクラでは、某かわいこちゃんの家に「ツナグくん」として出かけたことがあることを報告させていただいたが、もちろん「ツナグくん」の定義通り、その日はパソコンの配線以外は何も繋がなかったわけだけれど、彼女から「これ、私のメールアドレスです」とメモを渡されるという幸福な出来事だけはあったわけで、幸福だったにも関わらず、そのメモをジャンパーのポケットに無造作に入れたまま数日間放置するという失態を犯してしまい、しかも不幸なことに、当時付き合っていた恋人にその紙片を見つけられてしまい「ちょっと!女の字で書かれた女の名前っぽいメアドが、なんでアナタのポケットから出てくるわけ!?」と詰め寄られて大変な目に遭ったという経験を持つ当方が、2001年度上期NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』の第4回めをBSプレミアム19:00の再放送で見ましたよ。
夕食の席で、恵里(浦野未来)は沖縄で暮らせば和也(遠藤雄弥)の病気はきっと良くなると話した。恵里は、和也が手の施しようのない重病であることを知らず、明るく励まそうと思ってそう言ったのだ。
しかし、和也の母・静子(真野響子)の機嫌が急に悪くなった。沖縄に来ただけで病気が治るなどといったバカなことはないなどと、子供相手に激しい剣幕で喚き立てた。静子は泣きながらその場を去った。食卓は重い雰囲気に包まれた。
その夜、恵里は寝付けなかった。恵里の母・勝子(田中好子)は恵里に和也が重い病気であることを話した。本当は黙っている約束だったのだが、恵里に話さずにはいられなくなったのだ。恵里の目からは元気に見える和也なのに、近い将来死ぬ人間だとは到底信じられなかった。
翌朝、和也はキジムナー(沖縄に住むという子どもの姿をした妖精)の扮装をして朝食の場に現れた。みんなを驚かせようという算段だ。恵里がひどく驚き、和也のイタズラは大成功だった。一同はそれで大笑いし、前夜のわだかまりはすっかり消えた。
しかし、恵里が和也を心配する気持ちは消えなかった。それと同時に、自分にはどうすることもできないという無力感も感じるのだった。
そして2日後、和也の父・伸生(勝野洋)は東京での仕事のため単身帰っていった。
ある日、和也と文也、そして恵里は祖母・ハナ(平良とみ)に連れられて墓参りへ行った。ハナの説明によれば、沖縄の墓はとても大きく、生きている人の住処よりも良い場所に作られるのだという。
和也は、みんなの前でハナに死ぬのが怖いかと聞いた。ハナは怖くないという。死んだ人の魂は生きている人のすぐそばにある。だから怖くないと答えた。その答えを聞き、和也も死ぬのが怖くないと同意した。
和也の返事を聞いたハナは、恵里と文也に花を摘んでくるよう命じ、遠くに行かせた。そして、和也とふたりきりになると、墓の前で嘘をついてはいけないとたしなめた。死ぬのが怖くないと言っていいのは年寄りだけであり、和也のような若い者が言ってはいけないと言うのだ。
和也は、ハナにだけは正直な気持ちを打ち明けた。本当はとても死ぬのが怖いのだ。それを聞いたハナは、素直で良いと笑った。
恵里と文也は、ハナが自分たちを体よく追い払ったことに気付いていた。花を摘みながら和也とハナの方を伺い、ふたりが深刻な話をしている雰囲気を感じ取っていた。特に心配そうな文也に対して、恵里はおかしな表情を作って笑わせようとした。それを見てつい吹き出してしまった文也は、恵里に対して「ブス。この島にはかわいい女の子はいない」などと口喧嘩をふっかけた。恵里も自分は島内でも器量よしで評判だと、負けずに応じた。
恵里が東京には自分よりも可愛い子がたくさんいるのかと聞くと、文也は照れながら、それほど多くないと答えた。そのやりとりでふたりは大笑いした。
ある日、和也が近くの無人島・嘉弥真島に行きたいと言い出した。小型船をチャーターし、みんなで一緒に出かける事になった。恵里はみんなを笑わせようと、船の上でおどけてみせた。みんなが笑った。
20年くらい前には「アッシーくん」(女性の送迎専門の男性。一般に肉体関係どころか、手を繋ぐこともできない)、「メッシーくん」(女性に食事をご馳走することに特化した男性。一般に肉体関係どころか、手を繋ぐこともできない)などといった言葉が流行したことがあり、15年くらい前のインターネットブームの頃には「ツナグくん」(女性宅の家電製品やパソコンの接続を無償で行う男性。女性と密室でふたりきりなのに、肉体関係は許されない。繋いでいいのは配線だけで、手を繋ぐことはできない)という言葉が新たに生まれたりしたわけだが、ちょうどその頃に国仲涼子と遠縁だというかわいこちゃんの家にツナグくんとして行ったことのある当方が、2001年度上期NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』の第3回めをBSプレミアム19:00の再放送で見ましたよ。
長男・和也(遠藤雄弥)の病気療養のため、東京から沖縄の小浜島に長期逗留に来た上村母子。和也は民宿に滞在したままだが、弟の文也(山内秀一)は翌日から地元の小学校へ通うこととなった。文也が東京で通っていた小学校には1000人以上の児童がいたという。恵里(浦野未来)の暮らす小浜島の人口は500人程度であり、小学生だけでその倍以上の人数がいる計算になる。あまりのことに恵里は想像がつかなかった。
恵里の通う小学校は、複式学級である。5年生の恵里と6年生の文也はクラスメイトとなり、同じ教室で授業を受けた。国語の授業では文也の流暢な標準語が披露され、島の子どもたちはみな感心するのだった。
それから1週間ほどが経ち、和也と文也は島の暮らしにすっかり馴染んだ。放課後には、恵里と和也、文也の3人でいつも屋外に遊びに出た。和也の母・静子(真野響子)は、東京では入院ばかりしていた和也が毎日外で遊ぶことなど信じられないことだった。
その日、東京から和也の父・伸生(勝野洋)がやって来た。民宿に到着した時、和也らは遊びに出かけていたので、恵里の父・恵文(堺正章)に案内してもらい、島の見物がてら和也を探しに出かけた。
その頃、恵里は木に登って鳥を捕まえようとしていた。怪我をした鳥を見つけたので、手当してやろうというのだ。和也と文也は、恵里が木から落ちやしないかとヒヤヒヤしながら見上げていた。
恵文や伸生が森の中で彼らを見つけた。その時、気を取られた恵里は過って木から転落した。ちょうど真下にいた和也が、体を張って恵里を受けとめた。和也は腕に軽い怪我を負ったが、おかげで恵里は無傷だった。
大事には至らずに家に帰って来ることができた。伸生や文也は和也の英雄的な行為を褒め称えた。本人もまんざらではなかった。一方の恵里は、和也と顔を合わせるわけにもいかず、家の中でしゅんとしていた。
夕食の時間になり、みんなで食卓を囲んだ。和也や文也は、久しぶりの父との食事で大いに盛り上がっていた。
一方の恵里は落ち込んだまま、改めて和也に謝った。そして、病気だと聞いていた和也が意外に元気であると言い、病気はすぐに良くなるだろうと明るく話すのだった。
すると、それまで機嫌の良かった静子が急に不機嫌になった。責めるような口調で、気休めを咎めるのだった。
大学院時代のかわいこちゃん後輩が国仲涼子の遠縁だと聞いていたような気がするわけであり、ヒロイン役の国仲涼子を楽しみにしていたと言っても過言ではないわけだが、第1話には登場しなかったのでちょっとガッカリした当方が、2001年度上期NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』の第2回めをBSプレミアム19:00の再放送で見ましたよ。
民宿こはぐら荘に、久しぶりの客が来た。
東京から来た親子で、母・上村静子(真野響子)と和也(遠藤雄弥)、文也(山内秀一)の兄弟だった。
恵里(浦野未来)は、東京からの客と聞いて、彼らに対して興味津々だった。港から民宿までの送迎の車中で、早くもふたりの子どもたちと仲良しになった。父・恵文(堺正章)も久しぶりの宿泊客に興奮するとともに、静子の上品で洗練された美女ぶりに鼻の下を伸ばしてばかりだった。
上村親子は詳しいことは話そうとしなかったが、和也は病気療養のために小浜島に来たのだという。恵里から見ると、和也は明るく元気そうであった。恵里は和也の病気というのはいたって軽いものだろうと想像するのだった。
その夜、子どもたちを寝かしつけると、静子は恵文や勝子(田中好子)、ハナ(平良とみ)に自分たちの事情を打ち明けた。和也は重い病気にかかっており、病院を何軒も回ったが、治療法が見つからなかったという。どの医師からも異口同音に、あとは本人の気力次第であり、好きなように余命を過ごさせるのが良いと言われたのだという。それで、和也が望んだ通り、小浜島に長期療養に来たのだという。
和也が小浜島の民宿こはぐら荘を知った経緯は摩訶不思議であったという。和也は小さな時からほとんど入院ばかりしていた。その日も和也は、病院の屋上のお気に入りのベンチに座っていたのだという。するとどこからともなく、民宿こはぐら荘のチラシが飛んできたのだという。空を見上げても、病院より高い建物は周囲に見当たらない。和也は、この民宿に行くことが、神に定められた運命だと感じたのだという。
静子の夫は東京で小さな貿易会社を経営しており、東京を離れるわけにもいかない。静子は乗り気ではなかったのだが、希望を叶えてやることが本人の生きる活力にも繋がると周囲から勧められ、こちらに来ることを決意したのだという。
恵文は、和也が拾ったというチラシを調べ、それが本物のチラシであることを認めた。10年近く前に印刷し、東京の旅行代理店に頼んで置かせてもらったものだという。それ以来、増刷したこともないので、今頃それが出てきたことを不思議に思った。そしてますます、神の思し召しだという話を信じるのだった。
その頃、離れの客室では、和也と文也が話をしていた。弟の文也は、沖縄の小浜島に来たことにまだ戸惑っていた。そんな彼に対して、和也は精一杯楽しんで、見たことや感じたことを全て覚えておいて欲しいと頼んだ。自分は近いうちに死んでしまうだろうが、この島で一緒に過ごした時間をずっと覚えていて欲しいと願っているのだ。
そんな話を聞かされ、文也はいたたまれなくなった。ついと部屋を出て行くと、大人たちが話をしている母屋に向かった。そして、何も言わずに母・静子にすがりついて泣くのだった。上村母子の事情を聞いた恵文らは、文也の悲しい気持ちを察した。
その騒ぎに、眠っていた恵里も目を覚ました。ふすまを開けてそっと居間を覗いた。前後の細かい事情はさっぱりわからなかったが、和也の病気に関して文也が胸を痛めているのだろうことは想像できた。恵里は、沖縄の風土が和也の病気を癒やし、文也の悲しみも払拭してくれるだろうと信じるのだった。
今朝1回限りでやめてしまった『ごちそうさん』まとめ記事のラストには、「次は、あの朝ドラで会いましょう。」とだけ書いて作品名は曖昧にしておいたのだが、2014年度上期に吉高由里子主演で放送される『花子とアン』(制作発表)ではなく、これまで一度も見たことのなかったこの作品を指していたのですよと、ネタばらしする当方が、2001年度上期NHK朝の連続テレビ小説『ちゅらさん』の第1回めをBSプレミアム19:00の再放送で見ましたよ。
沖縄県の八重山諸島に属する小浜島に、古波蔵(こはぐら)一家が住んでいた。
古波蔵恵文(堺正章)は三線ばかり弾いていて、真面目に働かない男だった。一方、その妻・勝子(田中好子)は働き者だった。ふたりはサトウキビ農家として生計を立てていた。ただし、畑に出ても恵文はサボってばかりで、もっぱら勝子が仕事に精を出していた。それでも夫婦仲は良かった。
勝子の実家は那覇にあり、小浜島の古波蔵へ嫁いできた。姑・ハナ(平良とみ)と同居しているが、嫁姑の関係は良好だった。むしろハナは、実の息子よりも勝子の味方をすることが多いほどだった。他に、息子の恵尚(宮谷恵多)がいた。
1972年(昭和47年)5月15日、それまでアメリカの占領下にあった沖縄が日本へ返還された。
沖縄の人々の生活が劇的に変わるわけではなかったが、恵文はそれを好機だと捉えた。日本人が自由に行き来できるようになるので、小浜島にも大勢の観光客がやって来ると読んだのだ。自宅で民宿を経営すると言い出した。
ハナはいつも恵文の思いつきに振り回されるのでまともに相手にしなかった。夫に口答えすることがほとんどない勝子は、何も言わずにいた。
その日、それよりも大きな出来事は、身重だった勝子が産気づいたことだ。そうして無事に長女・恵里が生まれた。長男の恵尚と同様に、父・恵文から一文字授けられた名前だ。恵文はたいそう喜び、恵里に「ちゅらさん」と呼びかけた。それは沖縄の言葉で、美しいという意味だった。
1983年(昭和58年)11月、恵里(浦野未来)は小学5年生になっていた。
現在、兄・恵尚は石垣島の高校に入学し寮生活を行っている。古波蔵家には、次男・恵達(村上雄太)が生まれ、恵里と同じ小学校に通っている。恵里の夢は、祖母・ハナのように立派なおばばになることだった。恵里はいくぶんおてんば娘に育ち、弟の恵達にも威張ってばかりいた。
恵文の開いた民宿は、最初の年こそ何組かの客が来たが、その後は全く客足がなかった。恵里は物心ついて以来、一度も客を見たことがない。恵文と勝子は相変わらずサトウキビ畑で働いており、その稼ぎでは一家が食べていくだけで精一杯であり、蓄えをすることもできていなかった。
勝子は一家の将来が不安になった。特に、子どもたちの教育費が全くないことを心配した。これからの時代は大卒が当たり前になると言われているのに、一家には子どもたちを大学に行かせる余裕が無いからだ。勝子は、恵文に那覇へ引っ越すことを提案した。そこで稼ぎのいい仕事に就き、子どもたちの養育費を捻出しようと提案した。ハナは勝子の意見に半ば賛成だった。
しかし、恵文はのらりくらりと受け答えするだけで、小浜島を出るつもりは全くなかった。
まさにその時、東京の客から予約電話がかかってきた。母と2人の息子で長期滞在したいのだという。恵文は喜び勇んでそれを受け入れた。勝子も、客が来るということで那覇行きの提案を引っ込めた。むしろ、10年ぶりの客を受け入れる準備に張り切るのだった。
電話の翌々日、東京からの客を出迎えるため、恵文と恵里は港へ向かった。
港に入ってきた小型船には、上村母子が乗っていた。母・静子(真野響子)は、小浜島が見えてくるにつれ、何もない町並みに不平を言った。この島に来たいと言い出したのは、長男の和也(遠藤雄弥)だったのだ。和也の病気療養のため、次男・文也(山内秀一)と共にやって来たのだ。静子は、和也の快復のためにはなんでもする気でいた。
色白ベビーフェイスが大好きな僕なので、今回のヒロインには何も惹かれるものがなくスルーするつもりだったが、「子役は文字通りべビーフェイスだな、うん」と考えなおすことにした当方が、NHK朝の連続テレビ小説『ごちそうさん』の第1回めの放送を見ましたよ。
1911年(明治44年)春、東京・本郷。
め以子(豊嶋花)は6歳だった。無類の食いしん坊で、毎晩食べ物の夢ばかり見ている。誰よりも朝寝坊だが、朝食の準備ができたといって起こされると、シャッキリと目を覚ます。
その日の朝食は、とても大きなオムレツだった。洋食店・開明軒を営む父・大五(原田泰造)の自慢料理の一つだ。卵を大量に使い、分厚くてフワフワに仕上げてある。それが大好物のめ以子は、口いっぱいに頬張って食べた。
母・イク(財前直見)も大五の店を手伝っており、彼の料理の腕には一目置いている。しかし、家族の朝食用に大量の卵を使ってしまったことにブツブツと小言を言うのだった。
小学校の昼食用に持たされた弁当はケチャップライスだった。それもめ以子の大好物だ。ガキ大将の源太(屋島昂太)は、め以子の弁当が美味いことを知っている。今日もめ以子の弁当をつまみ食いしようとしたが、め以子は取られる前に大急ぎでかっこむのだった。
放課後、め以子は校庭の鶏小屋に立ち寄った。産みたての卵で作ったオムレツを食べてみたいと思ったからだ。鶏小屋に侵入し卵を盗もうとしたが、抵抗した鶏たちに襲われてしまった。全身傷だらけになるとともに、イクが学校に呼ばれて叱られた。
その晩、め以子は夕食抜きの罰を受けた。食べることが何よりも好きなめ以子は落ち込んだ。祖母・トラ(吉行和子)は、隠しておいたカステラをこっそりとめ以子に食べさせた。め以子は美味しいカステラに喜んだ。
それと同時に、トラはそこらにある物を取って食べないよう注意した。おかしなものを食べると腹をこわすからだという。腹をこわしてしまうと、美味しいものが食べられなくなる。それは損だから、拾い食いはするなと言い含めるのだった。
ある日、め以子が遊び場の寺に行ってみると、ガキ大将の源太に声をかけられた。お堂を覗くと、見たこともない赤くて丸い果物(いちご)が供えてあった。め以子はそれを食べてみたくて仕方なくなった。